145話 悪魔の策略(3)

  息が……苦しい。


  これが上位悪魔が発する魔力……。

  私たち人類最大の脅威なの……?


  私は初めて出会うその存在に押し潰されそうだった。


  だけど、私はこので潰れるわけにはいかない。

  ケビンとアリエルを助け出さないと!


  「おれがケビンを引き受ける。ネルはアリエルを頼めるか?」


  悪魔のお姉さんの話では二人はあの上位悪魔に思考支配をほどこされているらしい。

  そして、二人を助けるには彼らの意志に呼びかけるしかないらしい。


  やったことなんてないけど、私たちはやるしかないんだ!


  「わかった。ケビンのこと、アベルに任せたよ」


  私はアベルの指示に従ってアリエルを助けるため、彼女のもとへと向かった。


  「アリエル! 目を覚まして!」


  私は彼女に呼びかけてみる。


  だが、彼女は言葉ではなく鋭利な刃で私に返答する。

  彼女の剣が私の髪をかすめた。


  「どうやら言葉が通じないところは変わってないみたいね……」


  アリエルはゆっくりと私との距離を詰めて歩く。

  そして、彼女の口から言葉が発せられる。


  「ワタシ……ヤットナレタヨ。カタリーナサマニ」


  アリエルが濁った瞳の感情のない表情でそう語る。



  カタリーナ様になれた?



  私はアリエルの言葉の意味がわからなかった。

  次の瞬間、彼女の剣が輝き出す。


  「嘘でしょ……」


  信じられない。

  あれは光属性魔法……?


  七英雄カタリーナ様以来、光属性は人族では使える者がいなかったはずだ。

  それをどうしてアリエルが?


  次の瞬間、私の目の前にアリエルがいた。


  彼女の光輝くつるぎが私の心臓に狙いを定める。

  余りの美しさに瞳を奪われてしまっていた。


  しかし、ここで気づく。

  このままでいけないのだと。


  「雷の盾ライトニングシールド!!」


  私は防御魔法で彼女の攻撃を防ぎ切る。


  彼女が今まで使えなかった光属性魔法。

  もしかしたら、アリエルはあの上位悪魔によって何かされたのかもしれない。

  だとしたら、早く私が助け出さないと!


  私は身体中に雷を帯びてまとう。

  これは防御魔法の一種だ。


  「アリエル! 今助けてあげるからね!!」


  どうしたらいいのかわからない。

  だけど、とにかく呼びかけることはしないといけない。


  だが、ただでさえ強いアリエルが更なる力を手に入れたのだ。

  戦いながら声をかけ続けるのはつらい。


  「タスケル……? ワタシハマンゾクシテイルノ。コノチカラデ、ワタシハエイユウニ……」


  アリエルが光の一刀を放つ。

  私はそれを防御魔法で防ぐので精一杯だった。


  身体能力も魔力も強くなっている。

  それに光属性魔法だって……。


  「ワタシハエイユウニナルンダ!!」


  アリエルは光の弾丸の放つ。

  そのまばゆ閃光せんこうとともに放たれた魔力の塊は私をめがけて飛んでくる。


  「雷の盾ライトニングシールド!!」


  私にできるのは防御魔法で耐え忍ぶことだけ。

  私はまだ未熟なため、使える雷属性の攻撃魔法には回数制限がある。

  今は隙を見て攻撃に転じる機会を伺うのだ。


  私とアリエルの魔法がぶつかり合う。

  そして、魔法が相殺されたことによる衝撃波が襲ってくる。


  さぁ、どうしたらいいのか。

  だが、アリエルは悩む時間を与えてくれない。


  アリエルは私との距離を詰めて剣術で勝負を挑んでくる。

  私はそれを真っ向から受け入れた。


  剣と剣がぶつかり合い、魔法の火花が飛び散る。

  そこで私は彼女に話しかける。


  「私と剣で対等に戦えるなんて強くなったじゃない……。でも、それってあなたの努力によるものなのかしら?」


  正直なところ、今はアリエルに押されてしまっている。

  このままでは私がやられてしまう。

  早く元に戻りなさいよ、バカ!


  「コノチカラハ、マルチェロサマニイタダイタモノ。ワタシハコレデエイユウニナルノ!」


  アリエルの力強い言葉に私は思う。


  マルチェロという悪魔にもらったという力。

  だけど、あなた本当にそれでいいの?


  ずっと一緒にいた私だからわかる。

  アリエルは心の底から喜べていないことに。


  感情が見えない今だって私には感じ取れる。

  心のどこかにある後ろめたさが、あなたが憧れたカタリーナ様とのギャップに戸惑う気持ちが……。


  今、その呪縛から私が解き放ってあげるから!


  状況はいまだ劣勢。

  だけど、勝負をかけよう。

  今私が持てる最大の力で!


  「雷撃ライトニングバースト!!」


  私は放った電撃がアリエルをめがけて突き進んでいく。

  それに対してアリエルも魔法を発動する。


  「光弾シャイニングショット!!」


  先程と同じ魔法だ。

  まばゆ閃光せんこうとともに魔力の塊が放たれる。


  そして——。


  私たちの魔法は衝突して拮抗し合っていた。

  しかし、私の魔法が呑み込まれ、アリエルの光弾が私に襲いかかる。


  防御魔法として一応身体中に雷はまとっている。

  だが、大ダメージを負ってしまった。

  何とか立っていられるがとても苦しい。


  「ドウ? コレガエイユウノチカラ! カタリーナサマトオナジ! ワタシハヤット、カタリーナサマトオナジエイユウニナレタ!!」


  歓喜の声を上げるアリエル。

  だが、これは彼女の本心からの言葉なのだろうか。

  私は彼女のこの姿を見ていてつらくなってしまった。


  「確かに、今のあなたは英雄並みの強さね。だけど……こんなの間違ってるよ……!」


  私の頬に雫が流れる。


  アリエルはこんなことをするような子じゃない。

  アリエルはこんなことで喜ぶような子じゃない。


  「マチガイ? ナニガマチガイ?」


  アリエルは私の言葉の意味がわからないようで不思議そうに首を傾げる。


  「今のあなたは本当にむかし憧れていた英雄の姿になれたの? あなたが憧れてたのはカタリーナ様の力にだけだったの? カタリーナ様は悪魔に魂を売ったりなんて絶対にしないよ!!」


  私はアリエルに向かって必死に今の気持ちを叫ぶ。

  すると、彼女の様子が変化する。


  「チガウ……。ワタシガナリタカッノハ……私がなりたかったのは……。ウワァァァアアア!!!!」


  突然アリエルの瞳に光が戻ったと思った瞬間、彼女は苦しみ出した。


  マルチェロという悪魔め……。

  私の大切なアリエルに……絶対許さない!!


  「ウルサイ……ウルサァァァァィィイイ!!」


  アリエルが再び光弾シャイニングショットを私に向かって解き放つ。

  その威力は今日見た中で最大のものだろう。

  だけど、私は負けるわけにはいかない。


  待っててね、アリエル……。

  今からあなたを取り戻す!!


  「雷撃ライトニングバースト!!」


  鋭い電撃が爆音とともに宙を切り裂き一直線に突き進む。


  私の解き放った電撃は、今度こそアリエルの魔法を打ち砕いた。

  そして、彼女に電撃が襲いかかる。


  しまった!!


  電撃はアリエルを直撃して爆発する。

  周囲に爆風が広がり、砂けむりが舞い上がる。

  この様子がアリエルが受けたであろう衝撃の大きさを物語っている。


  「アリエル!!」


  私はアリエルがいたところへ駆け寄る。

  彼女を早く助けないと!


  だが、彼女の前にたどり着くと、アリエルがいたところは何やら黒い霧のようなもので覆われていた。


  「どうやら間に合ったみたいだな」


  後ろからアベルの声が聞こえた。


  振り返るとアベルと元に戻ったケビンがいた。

  アベルがケビンを助けてくれたらしい。


  「よかった……」


  ケビンが無事でいてくれたことに私は安堵あんどする。

  そして、この黒い霧の正体もきっと……。


  「ほら! 感動のご対面だ!」


  アベルが黒い霧を打ち消す。

  すると、中から静かに息をして眠るアリエルが出てくる。


  「アリエル!!」


  私は彼女に飛びついた。

  無事でよかった……。

  私の魔法で大怪我を負わせてしまうところだった。

  そして、彼女は目を覚ます。


  「あれ……ネル? わたし……夢を見てたのかな?」


  さっきまでと違い、瞳に輝きが灯るアリエル。

  いつものアリエルがそこにはいた。


  「うん……悪夢を見ていただけなの。だから安心して。もう大丈夫だから」


  私の瞳から涙があふれ出る。

  アリエルが無事でよかった……。


  「ふふっ、泣き虫ネルちゃんなんだから……。でも……なんだかありがとう。そう言いたい気分ね」


  静かに笑うアリエル。

  ようやくマルチェロの思考支配が解けたのだ。


  こうしてケビンとアリエルを取り戻した。

  あとはセアラちゃんだけだ。


  そして、悪魔マルチェロ。

  お前だけは絶対に許さないからな……。

  私は静かに憎悪を燃やすのだった。

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