143話 悪魔の策略(1)

  景色が一転して、茜色に染まる木々に囲まれた森へと出た。

  太陽が落ち、もうすぐ夜がやってくるのだ。


  それにしてもここにサラがいる様子はない。

  若くして立派に生え立つ木々があるだけだ。


  これは精霊たちが一生懸命魔法も使って育てた努力の結晶だ。

  おれは復興が着実に進んでいることを感慨深く感じていた。


  だが、今気にすることはそこじゃない。


  「アイシス、何かサラに関する手がかりがあったのか?」


  おれはアイシスに問いかける。

  何か彼女が見つけたのではないかと期待して——。


  「いえ、セアラ様は関係ないのですがあそこにいる者……」


  アイシスの視線の先には一人で歩く青髪の女性がいた。

  こんな時間に女性が一人で大森林に何の用があるのだろう?


  少し怪しんで彼女を見ていると、彼女はおれがよく知る人物だとわかり安心する。


  「エマさーん!!」


  おれは一人で歩いているエマさんに向けて声をかける。

  すると、彼女もこちらに気づく。


  「あれ? アベルくんじゃない!」


  彼女はエマさん——カルア王国の冒険者ギルド本部で副ギルドマスターをしている女性だ。


  昔お世話になったこともあるし、武闘会にも来てくれていた。

  この世界では珍しく、しっかりとしているまともな人だ。


  この世界は変人だったり、尖ってるやつばかりだからな。

  だけど、エマさんは何でここを歩いてたんだ?


  「エマさんはこんなところで何をしていたんですか?」


  おれは疑問に思って彼女に問いかけてみる。

  すると、エマさんは何やら考え出す。


  「うーん……。アベルくんになら話しても大丈夫かな?」


  そう言って、彼女はおれたちに話してくれた。


  「実は今朝、冒険者ギルドに国王名義で通達があったの。『カルアの大森林へ立ち入ることを禁ず』ってね。どうやら冒険者ギルドだけでなく、商人や周辺住民にも同じような通達がされていたみたいなの」


  国王名義で大森林へ入るなだと?


  これはますます国王ダリオスがサラの誘拐事件に関わっている可能性が高まってきたな。

  早く先を急がないと!


  だが——。


  「では、どうしてエマさんはここにやってきたんですか? 来ちゃいけないって言われてたのに……」


  おれはエマさんに尋ねてみる。

  どうして彼女がこの場にやってきているのかと。


  すると、彼女は真剣な顔つきで答えるのであった。


  「今日のお昼頃から突然、冒険者ギルド宛にカルアの大森林周辺の住人たちから連絡が来始めたの。大森林から大量の動物たちが街へ溢れ出てきてるって……」


  何だ……その異常事態は?


  「我々、冒険者ギルドの役目は王国の国民たちを護ること。国王の通達から王国側が何か企んでいるのかもしれない以上、国民たちを救えるのは冒険者ギルドだけ。それで私がまず一人で調査に来たの」


  なるほどな。

  それでエマさんが一人で大森林に。


  「そんなことになっていたんですね……」


  国王ダリオスが大森林で何か怪しいことをやっているのはもう明確だ。

  早くやつを……。


  その時、突然草をかき分ける音がおれの耳に聞こえてきた。



  ザッ、ザッ、ザシュッ


  ザッ、ザッ、ザシュッ



  おれはすぐさま音のした方を振り向く。

  すると、二人の影が見えた。


  だれだ!?


  エマさんの話では、彼女は一人でこの大森林へとやってきたと言う。

  つまり、エマさんの仲間の冒険者ギルド関係者ではないということ。


  何者なんだ……。


  そして、足音を立てていた二人が姿を現す。

  それはおれもよく知る二人。



  「あら、ケビンとアリエルじゃない!」



  ネルが突然現れた二人に声をかける。

  怪しい二人組はケビンとアリエルだったのだ。


  だが……どうして?


  おれは自分自身に問いかける。


  二人は学校でサラの手がかりを探してくれていた。

  おれたちが王城から帰ってきた時だって、二人には会っていない。


  どうして大森林に二人はいるんだ?

  大森林が怪しいとどこで知ったのだ?


  いや……そもそも情報を集めて大森林が怪しいと気づいたとして、この短時間でどうやって二人は大森林までやってきたんだ……。

  学校と大森林の距離を考えれば時間的に移動などできない。


  そう……転移魔法を使わなければ——。



  ネルが不用意に二人へ近づく。



  「アベル様……やられました」



  アイシスがつぶやく。

  この言葉の意味をおれは察する。


  明らかにケビンとアリエルの様子がおかしいのだ。



  「ネル! 二人から離れろ!!」



  おれは大声でネルに向かって叫ぶ。


  「えっ?」


  不思議そうにおれの方へ振り向くネル。


  すると、その隙にケビンとアリエルはネルに襲いかかった。


  二人は人を殺せる鋭利な真剣を手に持ち、高速でネルへと向かう。

  ネルも異変に気づいたようだが既に遅い。


  おれは急いで闇の壁ダークウォールを発動する。


  ネルの目の前に漆黒の鉄壁が現れ、彼女を守る。


  「なにっ……」


  ネルは突然の出来事に言葉を失い、戸惑ってしまっている。

  おれは防御魔法でネルを守っている間にネルに駆け寄り、そして動けないでいる彼女を抱えてアイシスの側へと戻った。


  防御魔法が解けて、ケビンとアリエルは目の前からネルが消えていることに驚く。

  ネルはいまだに状況が掴めていないようだった。


  「アイシス! これはどういうことだ!?」


  おれはアイシスに状況説明を求める。


  どうしてケビンとアリエルがここにいるんだ!?

  どうして彼らはネルを襲ったんだ!?


  すると、彼女はおれたちに自分の考えを語った。


  「私たちが王城に向かった直後、二人は悪魔に捕まったのでしょう。二人は今、その悪魔に思考支配をかけられて操られています……。このレベルの思考支配を使えるということは敵は間違いなく上位悪魔です」


  アイシスが話し終わった直後。

  突如としておれたちは強大な魔力に襲われる。

 

  この息苦しい感じ……覚えがある。

  アイシスやカシアスが魔力を解放した時と同じだ……。


  「ピンポン、ピンポーン! 正解でーす」


  突如、ケビンとアリエルの背後に現れた人物が高らかに声を上げる。

  そいつは漆黒のシルクハットと服に身と包み、紫色の髪をしていた。


  おれにもわかる……こいつは上位悪魔だ。

  そして、アイシスと同レベルのバケモノでもある。


  「どうかな。ボクからのプレゼントは喜んでくれたかな? キミたちを驚かせるためにこの二人にはちょっと協力してもらったんだよね〜」


  悪魔はケビンとアリエルを眺めてそう笑う。


  そうか……こいつが二人を操っている犯人なのか。


  絶対に倒す!


  「ふふふっ、ボクの名前はマルチェロ。こうして会うのは久しぶりだね……。いや、そのからだでは初めましてと言った方が良いのかな……」


  太陽は完全に沈み、悪魔を闇が包みだす。

  不敵に笑う悪魔と対峙するおれたち。


  これから仲間たちを取り戻す激闘が始まろうとしていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る