75話 欠格の魔王 vs 氷獄の悪魔(1)

  「お久しぶりですアベル様。こうして直接お会いするのは2年ぶりのことですね」


 おれの目の前に漆黒の悪魔が召喚される。


  漆黒の悪魔カシアス——。

  おれが2年前の悲劇の夜に契約を交わした悪魔だ。


  「カシアス、頼む! おれに力を貸してくれないか。おれ一人じゃ、みんなを守れないんだ」


  おれはカシアスに協力を要請する。

  魔王クラスの実力を持つカインズを相手に一緒に戦ってくれなんて悪いと思っている。

  おれと一緒に死んでくれと言っているようなものだ。


  だけど……だけどもう、おれには他にどうしようもないんだ。

  お前と融合シンクロして戦うしか可能性が残っていないんだ。


  今のおれの身体で、膨大な魔力を扱うことが自殺行為だってことはわかっている。

  だけど、それでも助けたいと思える人たちがいるんだ!


  アイシスも、ハリスさんも、こんなおれを守るために命をかけてくれた。

  だから今度はおれが命をかけて二人を守りたいんだ!



  「……」



  カシアスはおれの側に倒れ込むアイシスとハリスさんを眺める。

  そして、視線を移しおれの全身を下から舐めるようにして見てゆく。


  「アベル様はもう戦える体ではないようですね。大人しくここでお待ちください」


  カシアスはおれにそう告げると、おれを視界から外してアイシスのもとへと向かう。


  「アイシス、リノ様から聞きましたよ。どうしてもっと早く私を頼らないのです」


  カインズの言葉を聞き、アイシスの身体が動く。

  そして、アイシスはうめきを上げるような声で話す。


  「申しわけ……ありません。わたし一人で……なんとかなると……」


  「貴女はまだ本調子ではないのですから、無理はしないようと言っていたはずです。あとは私に任せて貴女はゆっくりと休んでいてください」


  「ただ、アベル様を危険な目に遭わせたことは後でしっかりと反省してもらいますよ」


  「はい……」


  僅かに見えたアイシスの顔はとても苦しそうだった。

  しかし、その顔はどこか安心しているように見えたのだった。


  カシアスはアイシスにそう告げた後、カインズの方へと向かって歩き出す。


  もしかして、カシアスは一人でカインズと戦おうというのか?

  そんなの無理だ!!


  いくらカインズがアイシスとの戦闘後からといって、上位悪魔でないカシアスが勝てるわけがない!

  無謀だ!!


  「随分と私の知り合いたちを傷つけてくれたようですね、欠格の魔王カインズ」


  僅かに見えるカシアスの顔は、カインズをはっきりと睨みつけていてとても怖かった。


  「まさかとは思ったが、やはりお前が駆けつけてくるか……。魔王序列第4位 《氷獄ひょうごくの悪魔》カシアス」


  おれはカインズの言葉を聞き、無意識に震えてしまう。


  カシアスが魔王……?

  なんだ……どういうことなんだ?


  「その言い方はまるで、私がやってくるのがわかっていたみたいですね」


  カシアスはカインズにそう告げる。

  二人はおれの理解を置き去りして話を進めていく。


  「《天雷てんらいの悪魔》を裏切り逃げていた《常闇とこやみの悪魔》をお前が命をかけて救ったことは魔界では有名な話だからな。もしかしたら現れるとは思っていたぞ」


  カインズはニヤニヤと笑いながらそう話す。


  「それに関しては一部の者しか知らないはずなんですけどね。貴方が誰からその話を聞いたか吐いてもらいましょうか」


  「ふっ、やれるものならやってみろ」


  こうしてカシアスとカインズの戦いがはじまった——。


  カシアスは瞬時におれやアイシス、ハリスさんを守るようにと防御魔法を展開する。


  おれたちに流れ弾が当たらないようにケアしていてくれているのかもしれない。


  おれがそんなことを気にしていた一瞬のうちに事態は大きく動いていた。


  カインズは風属性の攻撃魔法をカシアスに向けて連打する。

  高密度のエネルギーを持った風の弾丸がカシアスを襲う。

  だがカシアスは——。


  「ほう……流石欠格の魔王と呼ばれるだけのことはありますね。他の魔王たちに引けを取らない攻撃です」


  カシアスはカインズの攻撃を体がギリギリ入るほどの薄い闇属性の防御魔法を発動して全て受けとめる……。


  だが、そんなもろそうな防御魔法だったが、カシアスの身体に傷ひとつ付けずに防ぎ切る。


  「噂以上の実力だな……だが、おれをあまりなめるな!!」


  カシアスの言葉にカインズがブチ切れる。

  カシアスに向けて、先程完全に防ぎ切られたにも関わらず、絶えず攻撃魔法を撃ち込む。


  それに対してカシアスは転移魔法を複数回使ってカインズの攻撃を全てかわす。


  そして、転移するたびに自分の方へ近づくいてくるカシアスに恐怖したのかカインズは自身に風属性の防御魔法を張る。


  おれが先ほど、ふいうちからの魔法連撃をしたにも関わらず全く歯が立たなかった防御魔法だ。


  しかし、カシアスはその防御魔法に対して右手で直接触れただけで、いとも簡単にカインズの防御魔法を破壊する。


  なんだと……。

  何が起こっているんだ?


  おれは信じられないカシアスの強さを目の当たりにして、言葉を呑み込んでしまう。


  そして、至近距離のカインズに向かってカシアスは闇弾ダークショットを放った。


  闇を帯びた弾丸が直撃し、カインズは吹き飛ぶ。

  彼は地面を転がり、そしてゆっくりと立ち上がる。


  「くそっ……どうして……」


  あれほどおれたちが苦戦していたカインズを相手に、まるで赤子をひねるかのように難なく追い詰めるカシアス。

  これが……魔王序列第4位の魔王の実力なのか……。


  「抵抗しないのならば殺しはしません。速やかに投降して我々の魔王城まで付いて来てください」


  カシアスはカインズに降伏するように言い聞かせる。


  今見ている感じだと、とてもじゃないがカインズに勝ち目などはないだろう。

  元々おれたちを相手に傷も負ったし、一度は落ち詰められていたんだ。

  そして、連戦でカシアスの相手をしている。


  冷静に考えればもう終わりだ。


  「ふざけるな! 認めない……おれはお前らを認めない!!」


  カインズは立ち上がり、転移魔法でカシアスの目の前に転移する。

  そして、その右手には魔剣を握りしめていた。


  マズい!!

  いくらカシアスでも魔王クラスの実力を持つカインズが魔力を込めた魔剣で斬られたら大変なことになるはずだ!


  だが、そんなおれの心配すらカシアスには無用だったようだ……。


  カインズが魔力を流して振り抜いた剣をカシアスは何事もないように素手で直接受け止める。


  カインズは力を入れているようだがカシアスはピクリとも動かない。


  「もう……やめてください」


  カシアスは悲しそうな表情でカインズを見つめる。

  それを間近まぢかで見たカインズはカシアスから離れ、叫びだす。


  「なんでだよ……どうしてなんだよ! お前も! あの魔人も! 何の努力もなく、生まれながらにして選ばれている。おれをあざ笑うかのようにあっさりと魔王になりやがる!!」


  「いったい何のことですか?」


  カシアスはカインズに聞き返す。


  「かつて《銀氷ぎんひょうの死神》とまで言われ、恐れられていた一匹狼の貴様がなぜ魔王になる必要がある!! 金か? 地位か? 権力か?」


  「どうして、何の努力もしてこなかったお前らが魔王になれて、おれは魔王になれないんだ!!」


  カインズが叫び訴える。

  魔王になりたくてもなれない者がいる……。

  カインズもその一人なのだろう。


  「どうして貴方はそこまでして魔王にこだわるのですか?」


  カシアスがカインズに尋ねる。

  すると、カインズは憎悪に満ちた顔で答える。


  「見返してやるんだ……。おれを見捨てた連中を……おれを見下してきて連中を……。全ての不条理を覆しておれが魔王となり、どんな魔王より豊かな国を、強い国を作るんだ! そのためにおれは魔王にならなきゃいけないんだ!!」


  カインズは身体中に風が集まってくる。

  彼を中心にして暴風が吹き荒れる。

  砂嵐が舞い、大地が揺れる。


  おれはカインズの魂の叫びを聞き、復讐にとらわれた一人の魔族の人生に同情をしてしまった。

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