73話 欠格の魔王 vs 常闇の悪魔(1)

  カインズの右手に魔力が収縮されていくのを感じる。


  さっき、カインズを追い詰めて地上に落とした際に絶えず追撃をするべきだったか?

  だが、おれもハリスさんも既に限界なんだ。

  カインズにトドメを刺せるほどの攻撃は結局できなかっただろう。


  「死にやがれぇぇぇぇええええ!!!!」


  カインズの右手から風の刃が放たれる。

  おれたちにはもう為す術がない……。


  すると、ハリスさんが融合シンクロを解除した。

  ハリスさんから僅かに受け取っていた魔力の供給が切れ、おれの足場が崩れて落下しそうになる。


  ハリスさんはいったい何をするんだ?


  「光の壁ライトシールド!!」


  ハリスさんがおれたちの目の前に防御魔法を発動する。


  しかし、ハリスさんも限界に近い。

  詠唱することによって無理やり防御魔法を発動した。


  これでカインズの本気の攻撃魔法を防げるはずもなく……。


  「ぎゃあぁぁぁあああ!!!」


  おれとハリスさんは風の刃で切り刻まれ、吹き飛ばされ地上に墜落する。

  上空百メートルから落下して生き残れるわけがない。


  だが、地上でハリスさんの仲間である精霊たちが風属性魔法を応用しておれたちの落下を優しく受け止めてくれた。


  しかし、おれもハリスさんも虫の息だ。

  今助かったところでこれからカインズに殺される。


  すると、精霊たちがおれたちに回復魔法を使ってくれる。

  傷口が激痛とともに無理やり塞がってゆく。


  精霊たちのおかげで何とか助かった。

  だが、ヤバいな……このままだとこの精霊たちも巻き込んでしまう。

  どうしたら……。


  すると、カインズがおれたちの目の前に転移してきた。

  最悪だ……結局何の解決案も浮かばなかった。


  「まだ生き残ってたのか。しぶといやつらだ。そうだな、先にお前らの仲間を目の前で殺してやる」


  カインズはそう言うと精霊たちに向かって風属性魔法を発動する。

  精霊たちは恐怖に怯えて縮こまってしまっている。


  「やめなさい!!」


  するとハリスさんが精霊たちの前に立ち、壁となってカインズの攻撃を真っ向から受ける。


  そんな!?

  無防備過ぎる!!


  ハリスさんは後ろにいる精霊たちを守るために全ての攻撃を受けきった。

  そして、その場に崩れ落ちる。


  「きゃーーーー!!!!」


  精霊たちの悲鳴が辺りに鳴り響く。


  「魔力が拡散してねぇな。まだ生きてるってことか。もう一発……」


  カインズは右手をハリスさんに向ける。

  おれはカインズのしようとしていることに気づく。


  「やめろ!!」


  おれは倒れ込むハリスさんをかばうようにカインズの前に立ち塞がる。


  「何だ劣等種、先に死にたいのか?」


  カインズは冷めた口調でおれに話しかける。


  ハリスさんを庇うために動いたのはいいが、今のおれにはどうすることもできない。


  ちきしょう……どうしておれはこんなに弱いんだ……。

  どうして大切な人たちを守れないんだ……。


  おれの瞳から涙が溢れ落ちる。


  「どうした? 死ぬのが怖いのか。ならば這いつくばって謝罪でもしてみせろ。殺すのを考えてやってもいいぞ」


  カインズは愉快そうな表情でおれを見つめる。


  別に今のおれは死ぬのが怖くて泣いているわけではない。

  だだ、自分の無力さが情けなくて……。


  「お前なんて……」


  「あん?」


  「お前なんて魔王になる資格はねぇ!! おれの知っている魔王ヴェルデバランは、劣等種たちの為に魔王になったんだ。生きるのがつらい人々や困っている人々を助けたいから、護りたいから魔王になったんだ」


  目の前にいるハリスさんを、精霊たちを助けたい、護りたい。


  魔王ヴェルデバランのようになりたい!


  誰かを護れるように強くなりたい!!


  「お前みたいに他人を傷つけて、気持ちを踏みにじるやつはどれだけ強くても魔王になる資格なんてない! おれは絶対にお前に屈しない! 絶対にお前を認めない!!」


  カインズはおれの言葉を聞き様子が変わる。


  「ヴェルデバランだと……? あいつのせいで……あいつのせいでおれはどれだけ……」


  カインズの右手にものすごい勢いで風が収縮させてゆく。

  彼の右手には莫大なエネルギーを持った球体が生まれる。

  おそらくだが、あれを食らったら生きてられないだろう。


  「おれは……魔王になるんだ。親父を……家族を……あの魔人を……」


  カインズの様子がおかしい。


  冷静な状態ではないのはもちろんだが、どこか意識がはっきりとしていないように見える。

  今のカインズは何をしでかすかわからない。


  もう……終わりなのか。

  おれたちには打つ手がないのか。

  おれがうつむき、諦めかけたそのときだった。



  「そこまでです!!」



  女性の声が響く。


  おれは声のする方を見る。


  黒く伸びた髪に黒曜石のように光る黒い瞳、あらゆる光を呑み込んでしまうかのような漆黒の翼。


  漆黒の悪魔の姿をしたアイシスがおれたちの目の前にいた。

 

  アイシス……無事だったのか。


  おれは彼女が生きていてくれたことに安堵する。


  「もう抵抗はやめて降伏しなさい。今の貴方に勝ち目はありません」


  アイシスは傷つきながらもおれたちの目の前でカインズに立ち向かっていた。


  「常闇とこやみの悪魔アイシス……。そうか、回復魔法で態勢を整えたか。ハッハッハッ。確かにおれはそこのできそこないたちに一度はやられてダメージを負っている。だが、それでも今の貴様に負けるようなおれではない」


  カインズは右手にあるエネルギーの塊をアイシスに向かって撃ち込んだ。


  やばい!!

  あれは流石に防ぎ切れない。

  それに、ここにいるみんなを瞬時に転移させるなんて……。


  アイシスは両手を前に突き出して防御魔法を発動させる。

  アイシスの目の前には巨大な闇の壁が出現する。

  そして、激しい衝撃を受ける。


  風が吹き荒れ、大地は砕け、精霊たちの叫びが聞こえる。


  だが、おれたちは生き残っていた。


  アイシスがカインズの攻撃を防ぎ切ってくれたのだ!


  「ほう、今のを止めるとは流石は常闇とこやみの悪魔。かつて、天雷てんらいの悪魔にその実力を称賛されていただけのことはあるな」


  二つの魔法がぶつかり合いによりできたクレーターを挟んでカインズとアイシスは向かい合う。


  「随分と私のことを知っているんですね、欠格けっかくの魔王様。姿を隠してからは、そのようなくだらないゴシップ情報を集めていたのですか?」


  アイシスはカインズを煽るように言う。

  あの二人はいったい何のことを話しているのだろうか。


  アイシスが常闇とこやみの悪魔?

  それに、ハリスさんが次期精霊王候補とも言っていた。

  そして、カインズは欠格の魔王?


  おれは何か大きな事件に巻き込まれている気がしてやまなかった。


  「欠格の魔王か……。あの魔人から聞いたのか?」


  「いいえ、ウェイン様から伺いました」


  二人は何やらおれにはわからない会話を続けている。


  「ふっ、あの犬っころは口が軽かったからな」


  「それに、ヴェルデバラン様は貴方のことを認め、高く評価しております。ですからもう——」


  アイシスがカインズにそう告げたときだ。


  「ふざけるな!!」


  カインズが声を荒げる。

 

  「あいつがおれを認めているだ? 同情のつもりか!! そんなはずない、あいつはおれを見下しているんだ。『魔王』スキルを持たない優等種のおれを、『魔王』スキルを持っていた劣等種のあいつは……」


  「ヴェルデバラン様はそんなことをするお方ではありません。しっかりと話し合えば——」


  「だまれ!!!!」


  どうやらその話題がカインズのカンに触る内容だったようだ。

  カインズはアイシスの言葉を遮る。


  「そうだ、予定が変わったからな。お前を人質として精霊リノをおびき出すとするか」


  カインズがアイシスを見てニヤリと笑う。


  「そんなことは絶対にさせません! もう私は負けませんので覚悟をしておいてください」


  そして、二人の戦闘が再び始まった——。


  おれはただアイシスの無事を祈ることしかできなかった。

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