70話 再会そして争い

  アイシスは強い魔力と魔法の発生源へと向かって転移魔法を使った。


  転移したおれたちの目の前には広がる燃えさかる炎があり、直径数百メートルほどの円となりおれたちを囲んでいた。


  木々は鋭い刃物で切り落とされたかのように辺りに転がり燃えている。

  そして、おれたち以外に三人がこの炎の円に包まれていた。


  一人目は高貴な黒と金の服に身を包まれた男。

  おそらく、この男がこの森を焼き払っている張本人だろう。

  金髪で鋭い目付きをしており、とても強い魔力を感じる。


  そして、二人目はおれの記憶にあったハリスという精霊だ。

  しかし、彼女は金髪の男に踏みつけられて倒れている。

  生きているようだが彼女はだいぶ傷ついているようだ。


  そして、三人目は中年小太りの男で……。

  もしかしてこの人は——。


  「悪魔か……?」


  金髪の男がおれたちに聞こえる声でつぶやく。


  「きみたちはいったい!? いや、それよりここは危険だ!!」


  おれたちの側にいた小太りの男がおれたちを見て忠告する。


  この人は人間だ。

  ここで戦闘が始まろうものならばすぐに命を絶ってしまうだろう。

  どうにかしてこの人だけでもここから逃したい。


  「貴方は……ヴァンパイアですね」


  アイシスが金髪の男に向かって話し出す。


  「ふっ、そうだとも劣等種。悪魔であるお前がどうしてこんな魔力が薄い下界にいる」


  どうやらあの金髪の男はヴァンパイアのようだ。

  だが、おれの知っているヴァンパイアと違って尖った牙や爪もなければ日光に弱いといったこともなさそうだ。

  そして、こいつは明らかに危険な存在……。


  「どうして……あなたがここに……にげ……」


  精霊ハリスがおれたちに気付く。


  本当にボロボロの状態だ。

  早く回復魔法をかけないと!


  「うるさいぞ……」


  ヴァンパイアは精霊ハリスを蹴り飛ばす。


  ハリスは宙を舞っておれたちの方に飛んできた。

  おれはとっさにハリスを受け止めて抱きしめる。


  「ハリスさん! 大丈夫ですか!!」


  おれは魔道具の収納袋から低位の回復魔法が発動する使い捨ての巻物を出してハリスに使う。

  すると、少しだけハリスは回復したようだ。


  「ありがとうございますアベル様……。しかし、どうして貴方様がここに?」


  どうやらハリスはおれのことを覚えてくれていたようだ。


  「アベルだって……? それは本当なんですかハリス様!?」


  小太りの男がおれとハリスに向かって叫ぶ。


  そうだ……この人はおれの本当の父親。

  生きていてくれたんだ。


  「これが終わったらゆっくりと話しましょう……。お父さん」


  しかし今は過去の思い出や再会の感動に浸っている場合ではない。

  ハリスや父さんに会えたのは喜ばしいことだけど、まずはこの状況を何とかしないとな。


  「なるほどな。お仲間が助けて来てくれたってか……。だが、虫唾むしずが走るぞ」


  ヴァンパイアがおれたちに向かって魔法を発動する。


  おれたちに向かって目には見えない風の刃が襲いかかる。


  風の刃は森の木々を切り裂き、大地を切り裂き、そして辺りに広がっていた炎を吹き飛ばした。


  おれは父さんとハリスさんの分も含め三面防御魔法を展開して防いだのだった。


  「ほぅ、なかなかいい防御魔法だ。お前何者だ?」


  ヴァンパイアは余裕そうな表情でおれたちに尋ねる。


  魔王クラスともなれば当たり前だが、あのヴァンパイアは無詠唱で魔法を使う。

  さらに、あの余裕はまだまだ全然本気ではないということだろう。


  一方おれは本気で防御魔法を展開して何とか持ち切ったという感じだ。

  やはり実力差は大きいな。


  「今の防御魔法はアベルが使ったのか!? やはりお前は魔法の才能が——」


  「マルクス、今はそんなことを話している場合ではありません。落ち着きなさい」


  父さんがどうやら興奮しているようだがそれをハリスさんが落ち着かせる。

  おれは気を取り直してヴァンパイアを見つめる。


  「お前こそ何者だ!」


  おれはヴァンパイアに向かって声を上げる。


  いったい、あいつは何者なんだ?

  そして何が目的なんだ。


  すると、さっきおれに質問をしたヴァンパイアの表情が曇る。


  「おれはお前みたいな劣等種ゴミに尋ねたわけではない。お前らは黙っていろ」


  「なっ……」


  ヴァンパイアはまるで興味の無さそうな表情でおれをゴミ呼ばわりする。

  自分で質問をしておいて何なんだよあいつは。


  「なんだ? もしかしてお前……おれの攻撃を防いだとでも思っているのか?」


  ヴァンパイアは少しばかり笑みを浮かべておれにそう尋ねる。

  おれは質問の意図を理解できなかったが一応答えることにした。


  「そうだ! もちろんお前が本気で魔法を使っていないことはわかっている。だけど、見ての通りおれたちはお前の魔法で傷ひとつ負っていない!」


  おれはヴァンパイアの質問に答える。

  そうだ、おれもハリスさんも父さんも、今のあいつの風属性魔法で誰一人ダメージを負っていない。

  それなのにいったい何がおかしくてあいつは笑っているだ。


  「ふっふっふっ、ハッハッハッハ! これはおもしろい。なあ、そこの悪魔。本当のことを教えてやったらどうだ?」


  ヴァンパイアはアイシスに向かって何か言っている。


  どういうことなんだ?

  疑問に思うおれはアイシスの方を見て驚く。


  なんと、アイシスが傷ついているではないか!?


  「おい、劣等種。お前じゃおれの攻撃は防げないんだよ。だから、そこの悪魔が防御魔法を複数展開してお前らを守ったんだ。まぁ、そのせいでそこの悪魔は自分の防御の方が手薄になってしまったわけだけどな」


  どうやらアイシスは防御魔法を複数展開して、おれが発動した防御魔法の上に、さらに防御魔法を重ね掛けしてくれていたらしい。

  そして、アイシスはそのせいで自分を守る方に魔力を割けなくて傷ついてしまった。


  おれのせいだ……おれが弱いから……。


  「おれが何者かって言ってたな劣等種。これから死にゆく愚かなお前に教えてやる」


  ヴァンパイアが不敵に笑ってその名を口にする。


  「おれの名はカインズ=フォークランド=ゼッケンドルフ。優等種のヴァンパイアにして魔界の魔王となる男だ」


  カインズ……。

  こいつが以前おれたちの村を襲ったエルダルフの親玉であるカインズなのか。

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