62話 グランドマスター (1)

  「君は天使や悪魔を召喚したことがあるかい? そして、『補助サポートスキル』という言葉に聞き覚えはあるかい?」


  笑いながらおれにそう質問する男の目は決して笑っていなかった。


  天使や悪魔を召喚したことがあるかだって?

  それに補助スキルのことをこいつは知っている。

  いったい、こいつは何者なんだ……。


  「……」


  おれは黙ってしまっている。

  何を答えるのが正解なんだ?


  沈黙がしばらく続く。


  「君のその力はとてもじゃないが人間のそれではない。召喚魔法に闇属性魔法、そして地龍を操ることを考えると、持っている固有スキルは……『精霊術師』、『魔法剣士(闇)』、『魔物使い』ってところかな?」


  おれが話さないのをみると男は勝手に話し出す。

  スキルのことを固有スキルと呼んでいるあたり、やっぱりこの男は補助スキルについて知っている。

  それにおれの持つ固有スキルも推測されてしまっている。

  しかし、『魔王』のことはバレていないようだな。


  「それほどの力を持っているということは天使や悪魔も召喚したこともあるのかな? って思っただけだよ。あぁ、スキルのことは知らないのならいいんだ、忘れてくれ」


  男は流暢に話ながらもおれのことをしっかりと見ている。

  おれの動揺などを見ているのだろうか。


  精霊のみんなは黙っていてくれている。

  それにヴィエラもだ。


  「その質問に答える意味があるんですか? 仮に召喚していないと言ったところで、それを証明する方法なんてありませんし、嘘をついていてると言われたら反論できませんよ」


  この男が何者かはわからないがおれに害を与える存在かもしれない。

  召喚についても補助スキルについても証明できないのだから答えないのがベストな気がする。


  それを聞いて男は驚いた顔を見せた後に笑った。


  「はっはっはっ、君はおもしろいな。本当に子どもなのかね。まぁ、確かに証明できないことを聞いているね。だけど僕は君を罰するために聞いているわけじゃない。それでどうなんだい?」


  悪魔だけでなく天使も召喚することは全大陸全国家で禁止されている。

  もしもおれがイエスと答えたところで罰するつもりがないのだろしたら、この男の目的はなんなのだろうか?


  「罰するのが目的でないとしたら貴方の目的はいったいなんですか?」


  おれは男に質問をする。


  もしかして、今こいつが融合シンクロしている精霊体が上位悪魔の可能性はないか?

  するとこいつがバルバドさんやカトルフィッシュを操っていた黒幕なのか!?



  だとしたら冒険者ギルドとの繋がりもあるし、ニルヴァーナと共におれの前に現れたのも納得がいく。

  おれが天使や悪魔を召喚できるとしたら仲間になれとか言われるのか?


  おれは急に怖くなる。


  今アイシスはいない……。


  上位悪魔は単体で人間界を滅ぼすことすらできる力がある優等種と聞いた。

  今のおれでは相手にすらならないだろう。


  すると男は語り出す。


  「質問に答えてくれたら、僕も質問に答えると言ったはずだが……まぁ、いいだろう」


  男は少しあきれた様子でおれを見る。

  おれは男の口から何が語られるのかビクビク怯えながら震えていた。


  「まず、僕はこの世界の調停者とでも言うべき存在——。七英雄賢者ロベルト様の末裔にして、冒険者ギルドグランドマスターのヴァルター=カルステンだ」


  七英雄の末裔……?

  冒険者ギルドグランドマスター……?


  おれは突然の男の告白に驚いてしまう。


  「もしも君が天使や悪魔を召喚したり、補助スキルというものに手を出してしまったのだとしたら、七英雄様たちが築きあげてきた人間界の平和を壊しかねない。今すぐに対処しなければいけないかもしれないのだ」


  男の目は真剣なものだった。

  おれはこの男の言葉を信じて良いのだろうか……。


  もしも、この男の言っていることが本当ならば、かつておれが恐れていたことが起きてしまう。

  おれがこの世界を滅亡へと導くのだ。


  だが、おれは悪魔が人間界で語られているほど危険な存在ではないと思う。

  それはアイシスと2年間一緒に過ごしてみてわかったのだ。


  出会ったばかりのこの男を信用するか、恩人でもあり師匠でもあるアイシスを信じるかなど選ぶまでもない。


  そんなとき、彼女の声が聞こえた。


  「その話……詳しく聞かせてもらえませんか?」


  なんとおれの背後にいきなりアイシスが現れたのだ。


  おれは驚きと喜びの感情が同時に起こる。

  これで、この男が上位悪魔を従えていようとアイシスがなんとかしてくれるかもしれない。

  他力本願になってしまうのは悪いと思っているが、今のおれでは上位悪魔が本気を出せば瞬殺されてしまうとアイシスも言っていた。

  こればかりは仕方ない。


  「君はいったい誰なんだ……? いつからそこにいた!?」


  ヴァルターは突然のアイシスの登場に驚きを隠せない。

  アイシスは現在人間の姿をしているし、魔力も抑えている。

  悪魔ということはそう簡単にバレないだろう。


  「どれだけ七英雄について調べても出てくる情報は『神話の時代』について書かれた御伽話おとぎばなしのみ。曖昧なことが多く真実に迫ることはできない。貴方は何か知ってそうですし、話してもらえませんか」


  アイシスがヴァルターにそう告げる。


  どうやらアイシスは独自に七英雄についてのことも調べていたようだ。

  本当に色々と任せっきりだな。


  「ヴァルター、こいつ悪魔よ! 気をつけて」


  突然、ヴァルターの横に精霊体が現れる。


  どうやら本当に融合シンクロしていたようだ。

  その精霊体は黄色い髪をした少女の姿をしていた。


  「まさか本当に悪魔を召喚していたとは……。君はその行為がどれほど危険な存在なのかわかっているのか!?」


  ヴァルターはおれを怒鳴りつける。

  どうやら彼は上位悪魔を従えるおれたちの敵ではないようだな。


  しかし、またこれは別の問題となりそうだ……。


  「じゃあ、貴方は悪魔を召喚するしかどうしようもない状況になったことがあるんですか? 実際に悪魔を召喚して危険な目に遭ったんですか?」


  おれはヴァルターに問う。


  「おれは悪魔を召喚したことを後悔したことは一度もありません。そうしなければおれは大切な人を守れなかったから。おれはそのときにどんな犠牲を払っても構わないと誓ったんです。だから仮に危険だろうが何だろうがおれには関係ありません」


  そうだ。

  おれは全てを投げ捨てて悪魔を召喚して契約したんだ。


  ヴァルターはおれの言葉を聞いて少し考える。


  「確かに僕は悪魔を召喚したことがないし、この目で悪魔を召喚して殺された人も見たこともない……。先祖代々伝わる言伝いいつたえによって洗脳されてしまっているのも確かだ」


  どうやらヴァルターはおれを執拗に責めるつもりはないらしい。

  なんだか彼は柔軟な考えを持っている者なのかもしれない。


  「君の話を聞かせてくれないか。どうして悪魔を召喚する必要があったのか。そして、どうやって悪魔を召喚できたのか。そしたら僕も自分の中の考えが変わるのかもしれない」


  そう話すヴァルターはどこかさみしげだった。


  おれはチラリとアイシスの方を見る。

  すると彼女は頷いた。

  これは話しても問題ないということだろう。

  そして、アイシスは精霊たちのもとへと向かっていった。


  おれはヴァルターに悪魔カシアスを召喚することとなった経緯を話すことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る