55話 2年間の成長(3)

  この世界で約800年前——《神話の時代》にあったとされている魔族の人間界侵攻。

  そしてこれに関わっているとされている魔王の存在。


  かつてのおれは自分自身が魔王となり、この世界を滅ぼす存在なのではないかと恐れていた。


  魔界の魔王は闇属性魔法を使えるそうだ。

  そして、実際におれは人間界では有史1000年以上の間、人類のだれ一人として使えなかった闇属性魔法を使いこなしていたからな。


  まぁ、おれが闇属性魔法が使えたのは『魔法剣士(闇&火)』のおかげらしいけどな。


  スキル『魔王』……。

  これはいったい何なのだろうか。

  おれが考えて込んでいたときだった。


  「最後は『魔王』についてですね。今まで、アベル様に尋ねられてもお答えしてきませんでしたが、本日はある程度、私の方からお話することにしましょうか」


  アイシスはそう言ってスキル『魔王』について話し始めた。

  おれは唾を呑み込み、アイシスの話に耳を傾ける。


  「『魔王』スキル。それは魔界において魔王となるために必要不可欠なスキルです。『魔王』スキルを持っている者、全員が魔王になれるわけではありませんが、魔王となるためには『魔王』スキルは絶対に必要です」


  どうやら、『魔王』スキルというのは魔王となるための資格として必要なものらしい。

  つまり、『魔王』スキルを持つおれは魔王となる可能性があるということでいいのだろうか?


  「魔界は、この人間界の何千倍もの土地が広がっており、魔力も人間界よりも満ちています。余談ですが、天使や悪魔が人間界に存在しないのは人間界が魔力不足で彼らにとって居心地が悪いからです」


  魔界の魔力の話となったところで、アイシスの突然の告白におれは驚いてしまう。


  もしかしたら、アイシス自身も人間界にいるのがつらいのかもしれないな……。


  おれのためにすまない、アイシス。

  おれはこの話を聞いて真っ先にそう思った。


  しかし、魔界というのは随分ずいぶんと広いんだな。


  「そして、その広大な土地に国を作り治める者たちを我々は魔王と呼んでいます。そして現在、魔界には魔王が62人おり、そのうち58人が魔族、4人が精霊体です」


  人間界の何千倍もある土地に対して62人の魔王か。

  思ったよりも全然少ないんだな。


  ちなみに人間界には現在、国が20個ほど存在しているので王様は20人ほどってところだな。


  「そして、魔王たちは自国のたみを護るために『魔王』スキルを持つ者のみが扱える《結界魔法》という魔法で、国家全体を覆う結界を張っています。この結界というのは、結界を張った魔王本人とその魔王と契約し支配している配下以外の転移魔法を阻害する働きがあります」


  《結界魔法》か……。

  国全体を覆う結界とは随分とすごい規模の魔法なんだろうな。


  「そして、魔界という喰うか喰われるかの弱肉強食の世界では、他国や魔物から民を護るために、この《結界魔法》というのは絶対になくてはならない存在です」


  魔界の知識のないおれからしたら、魔王とは強ければそれで良い気もするが違うのだろうか。


  「『魔王』スキルを持たない者が魔王となり国家を作れば、転移魔法を使いたい放題に使われ攻め込まれてしまいます」


  「魔界では勝者こそが正義です。よって、『魔王』スキルを持たぬ者のもとへ民衆は集まりません。つまり、どれほど強くとも、どれほど周りに信頼されていようとも『魔王』スキルを持たぬ者は魔王にはなれません」


  かつておれの村を襲撃したエルダルフが言っていたことを思い出す。

  『強いやつが弱いやつの命を支配する』まさにそれが魔界というわけか。


  「『魔王』スキルが魔王になるために重要なことはよくわかったよ。ありがとう。質問なんだけど、おれは『魔王』になることができるのか?」


  おれは『魔王』スキルを持っている。

  今は《結界魔法》なんて使えないけれど、『魔王』スキルを持っている者が使えるのなら覚えられるはずだ。

  別に魔王になりたいわけではないが、昔からの疑問としてこのモヤモヤを解消したい。


  「現状では100%無理ですね」


  アイシスらしいスッキリとした返事だった。


  魔王にならないという意味では嬉しいのだが、100%無理と言われてしまうとそれはそれで悲しいものがある。


  「理由も聞いていいか?」


  おれとしては結果だけでも聞ければ満足であったのだが、男のプライドとでもいうのだろうか?

  どこか悔しい気持ちがあり、おれが魔王になれないわけを聞きたくなった。


  「はい、『魔王』スキルを持っていることは魔王となるための必須条件であるとお話しましたが、他にも魔王となるための条件があります」


  確かに『魔王』スキルを持っている者が全員魔王になれるわけではないって最初に言っていたな。


  「じゃあ、おれは他の条件を満たしていないってことか?」


  「はい、魔王が使う《結界魔法》には、とある魔道具を使う必要があります。その魔道具は魔界に100しか存在しておらず、現在62人の魔王が使っていることから残り38しか残っていません。よって、魔王となるためには他の魔王たちからの厳重な審査があります」


  どうやら、《結界魔法》というのはいつでも使える万能な魔法ではないらしい。

  確かに、発動すれば国全体を覆えるほどの範囲で自分の味方以外の転移魔法を封印できるんだ。

  もしも魔道具なしで使えるのだとしたら、戦闘においてこれほど強い魔法はないだろう。


  そして、魔王になるためには他の魔王たちの審査があるか……。

  つまり、おれはその審査を通ることはできないとアイシスは言いたいのだろう。


  「どうして、その魔道具を使うために魔王たちの審査が必要なんだ? それに、その魔道具は新たに作ったりはできないのか?」


  「説明不足で申し訳ありません。アベル様の知略をもってしても、私の先程の説明では論理の組み立てができぬことに気づけていませんでした」


  アイシスが頭を下げておれに謝る。

  こいつ、おれを煽っているのか?


  普通ならそうとしか思えないが、2年間一緒に過ごしてきたおれにならわかる。

  アイシスはマジだ。


  おれを魔王ヴェルデバランの転生者だと思っているし、おれを天才か何かだと思っている。

  うん、期待され過ぎるってつらい。


  「いやいや、アイシスは悪くないよ! 顔を上げて。それで、どうしてなの?」


  「はい、魔王たちには派閥が存在しており、魔界におけるパワーバランスを取っています。ですので、《結界魔法》を発動する魔道具を『魔王』スキルを持っているからという理由だけで渡すことはしません」


  「そして、アベル様が魔王たちの審査を受けたとしても、間違いなく承認はされないでしょう」


  なるほどな、魔王たちにも派閥なんて存在するのか。

  そして、おれは魔王たちに承認されない……。


  「それはおれが人間だからか?」


  おれはアイシスに聞いてみる。


  「はい……。《結界魔法》によって張れる結界の広さは魔王となる者の魔力量で決まります。そして、人間であるアベル様が張れる程度の結界では国を覆う結界を作るのは不可能です」


  「ですので魔王たちは、アベル様が派閥のパワーバランスに影響与えてしまうということではなく、希少な魔道具を与えるに値しないと判断するでしょう」


  話を聞いて納得はできるがやっぱり少しだけ悲しいな。

  まぁ、想像はしていたけれど人間という劣等種では魔王たちの勢力図に微塵も影響を与えないんだな。


  「また、その魔道具に関してですが言い伝えでは《原初の魔王》と呼ばれる最初に生まれた魔王が作ったとされており、現在でも複製に成功した者はおりません。よって、理論上魔王となれる者は最大で100人です」


  どうやら魔道具の複製も不可能らしい。


  つまり、魔王という存在は生まれながらにして魔王となるための資格『魔王』を持ち、さらに《結界魔法》で国全体を覆えるほどの強大な魔力を持っていて、他の魔王たちに認められる存在でなければならないのか。


  そして、おれはそんな選ばれし魔王の一人の転生者だと思われている……。

  そりゃカシアスやアイシスたちがおれを崇拝するわけだ。


  「魔王ヴェルデバランはおれと違って選ばれし者だったんだな」


  おれは鼻で笑ってしまった。

  おれと魔王ヴェルデバランの共通点は『魔王』スキルを持っているだけ。

  おれは他に何もない劣等種の人間だ。


  「いいえ、アベル様。かつての貴方様も今のアベル様と同様に、劣等種でありながら大切な方々を守ってきたお方です。決してアベル様がヴェルデバラン様と違っているなどということはありません」


  アイシスが真剣なまなざしでおれにそう告げる。

  なんでだかわからなかったが、彼女の言葉はおれの胸にとても響いた。


  「魔王ヴェルデバランもおれと同じ劣等種だったのか……?」


  そんな話一度も聞いたことがなかった。

  ずっと魔王ヴェルデバランはエリート道を歩み続けてきたものだと思っていた。


  「はい……。元々ヴェルデバラン様は魔王になる資格はありながらも魔王になるおつもりはなかったそうです。しかし、劣等種と呼ばれる者たちを少しでも救うためにヴェルデバラン様は劣等種として史上初の魔王となったのです」


  おれは魔界の魔族というのはエルダルフのようなやつばかりだと思っていた。

  このとき、おれは初めて魔王ヴェルデバランの人柄を知った気がした。

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