33話 アイシスと共に

  おれは再び魔族が人間界にやってきても戦えるだけの力を付けようと訓練をしている。


  最初はジャングルでの自給自足という精神的な訓練だった。

  そして今は魔法と剣術の訓練だ。

  おれを鍛えてくれているのは魔界からやってきた悪魔であるアイシスである。


  ちなみにおれは召喚術師というスキルを持っており、精霊体と呼ばれる存在を召喚したり契約したりできるのだ。


  悪魔は精霊体の一種なので、おれはアイシスと契約していると思われるかもしれないが実は彼女と契約はしていないのだ。


  おれが契約をしているのは漆黒の悪魔であるカシアスというやつだ。

  なお期間はおれの命が尽きるまでである。


  正直、悪魔と一生を共に過ごすというのは気がひけるものだがいつも一緒にいるというわけではない。

  それが唯一の救いだ。


  なぜ今、契約をしているカシアスではなくアイシスと行動を共にしているかというと話はおれが村を旅立つときまでさかのぼる。




 ◇◇◇




  おれの暮らしていた村は魔界からやってきた魔族——ライカンのエルダルフというやつに壊滅させられてしまった。


  生き残ったのはおれと、義理の姉であるサラだけ。

  サラは中等魔術学校に通うためにエウレス共和国のテスラ領の都へと旅立つことにした。


  ちなみに、おれたちのいた村はテスラ領の外れ地にある山奥にあった。


  そして、おれは将来サラが通うであろう高等魔術学校の入学費、おれ自身が魔術学校に通うための入学費、それに都で暮らしていくための生活費を稼ぐことにしたのだ。


  おれとサラがお互いのこれからを決めたそんなときだった。


  「お二人の会話の最中に申し訳ありません。アベル様、今後についてですが、私がアベル様と行動を共にすることは覚えていらっしゃいますでしょうか?」


  おれと契約した悪魔、カシアスがおれに確認してくる。


  「安心してくれ。もちろん覚えているよ」


  おれは嫌々ながら答える。

  本当はやめて欲しいんだけどな。


  「あのライカンが言っていたカインズという存在もあります。また魔界から魔族がやってくるかもしれません」


  カシアスがとんでもないことを口にする。

  だが、確かにこの予想は十分にあり得る話だ。


  おれはエルダルフのボスがどんなやつだかは知らないが、エルダルフはそいつにこの世界を捧げると言っていた。

  つまり、再び魔族が人間界にやってくることがあるかもしれないのだ。


  「おい、それをめるどうすればいいんだよ」


  おれはカシアスに尋ねる。


  「アベル様はどうしたいのですか?」


  そんなおれにカシアスはそう尋ね返す。


  「もちろん、守りたい! 大切な人と大切なものをな」


  おれは迷わずにそう答えた。


  「それでは僭越せんえつながら、私がアベル様を鍛えるというのはどうでしょうか? アベル様はまだまだ強くなることができます。せっかく一緒に過ごすのですから、私と訓練されるのはいかがでしょうか?」


  カシアスがおれを鍛える提案をしてくる。


  確かにおれはとても弱い。

  人間や魔物が相手なら十分戦うことができたが、魔界の魔族相手には手も足も出なかった。

  一方的にやられるばかりだった。


  正直なところ、今現在魔法も剣術も一人では行き詰まってしまっている節がある。

  カシアスの提案はおれにとって嬉しいものであった。


  「わかった。カシアス、おれを強くしてくれ。どんな厳しい訓練にもおれは耐えてやるぞ」


  このときのおれの意思はとても固かった。


  「ちょっとアベル、大丈夫なの?」


  サラがおれを心配してくる。

  厳しい訓練に対して言っているのか、それとも悪魔であるカシアスに頼んでいることに言っているのかはわからないがどちらでも構わない。

  おれは強くなる必要があるのだ。


  「それではアベル様は私が訓練しながら金銭を稼ぐ日々を送るということですね。セアラ様に関してはアイシスを側に置いておくことでよろしいでしょうか?」


  「ちょっと待ってくれカシアス! 一体どういうことだ? なんでサラにアイシスが付くんだよ」


  おれはカシアスを問い詰める。

  なんでそういう話になる。


  確かにサラはまだ12歳で少し頼りない所もあるが、それでも魔術学校では寮に入る予定だし、なんら問題はないはずだ。

  しかし、カシアスはそうは思わないようであった。


  「もしも魔族がセアラ様のところへやってきたらどうされるのですか? アイシスに身辺を守らせるのは当然のことだと思いますが」


  こう言われてはおれは何も言えなくなってしまう。

  確かに、カシアスの発言にも一理ある。

  しかし……。


  「それならばおれも都へ行くよ! そこでお金を稼ぜばいいんだ」


  「私は人間たちの社会について詳しくありませんが、10歳ほどの何のツテもない少年が、生活をしながら貯金ができるような環境で働けるものなのですか?」


  「そっ、それは……」


  おれは全くといっていいほどこの世界のことを知らない。

  どんな仕事があってどれほど稼げるのか。

  例えば労働者のための法律などあるのだろうか?

  おれのような子どもが数年で大金を稼ぐことなど不可能なのではないか。


  そんな不安が押し寄せてくる。

  すると、そんなおれを見かねたカシアスが話し出す。


  「しかし、アベル様には力があります。魔法も剣術もあるのです。年齢など関係ありません。これで稼げばいいのです」


  そうだ!

  おれには力があるじゃないか。

  魔族には通用しなくても魔物相手なら十分に勝てるのだ。

  上位の魔物である大狼の群れにだっておれは勝ったんだ。


  「魔界でも力がある者にはできる仕事がありました。それは——」


  そうだよ!

  冒険者になればいいんだ!


  よくあるパターンじゃないか。

  転生した異世界では魔物がはびこっている。

  そんな世界だからこそ魔物退治をする冒険者という職業が存在するのだ。


  そして、おれは年齢こそ子どもだが魔物退治ができる。

  きっと、ランク制度があってどんどんとランクが上がっていくのだ。

  それで……。


  「それは犯罪者狩りです!」


  はい!?

  犯罪者狩りって?

  あれ……冒険者じゃないの?


  「具体的には、指名手配されている犯罪者を捕えるなり殺すなりしてお金を稼ぐのです。魔界でも治安維持組織に捕まれられない指名手配の犯罪者たちを狩る者たちが存在します」


  あぁ、なるほどね。

  指名手配中の犯罪者たちをね。


  てか、魔界にも警察みたいなのがあるってことか?

  まぁ、この世界に警察という組織があるのかはわからないが、存在したとしてもきっと検挙率は100%ではないし、指名手配中のお尋ね者たちもいるのだろう。

  警察組織が存在した前世の日本ですら犯罪者たちが蔓延はびこっていたんだ。


  それに、おれは上位の魔物に勝てるんだし人間相手ならあのカイル父さんよりも強いのだ。

  これでお金を稼ぐというのもありだな。


  しかし、冒険者ギルドみたいなものがあるのならそちらも捨てがたい……。

  でも、とりあえずお金の方はなんとかなるだろう。


  「ですので、もしもアベル様がこの方法でお金を稼ぐというのならば世界中を飛びまわることもあるかもしれません。それに関しては私の転移魔法があるので問題はありませんがセアラ様の身の安全が確保できません」


  うっ……。


  確かに子どもおれが大金を稼ぐ手段を都で見つけるのは難しいだろう。

  ならば、やはりカシアスに協力してもらうしかない。

  しかし、そうすると魔術学校に通わなくてはならないサラが無防備


  だが、アイシスは悪魔だ。

  おれは悪魔たちのことをよく知らないし、サラは精霊術師なのだ。

  何かに上手くつけ込まれて悪魔と契約してしまわないかと心配だ。


  おれのときは魔王なんちゃらの転生者だからとか言って生き延びることができたがサラはどうだ?

  おそらく悪魔たちから価値のない命だと判断されてしまったらサラは殺される。

  具体的にはおれが魔王の転生者ではないとバレたりだ……。


  それこそ歴史上に残っている悪魔と契約して命を落とした者たちの仲間入りだ。

  それだけは絶対に避けたい。


  「アイシスには感謝している……。これは嘘偽りはない。本当だ! だけど……おれは悪魔をまだ完全に信用できてはいないんだ……」


  本当にアイシスには申し訳ないと思う。

  少ししか話してはいないが、アイシスはきっといいやつだ。

  おれの命もサラの命も救ってくれた。

  おれたちのために、カイル父さんとハンナ母さんの身体も綺麗にしてくれた。


  だが、おれにとってサラは最後に残された何よりも大切な家族なんだ。

  出会ったばかりの悪魔が四六時中付きまわるなんておれには……。


  「そういうことでしたか。私たちの気が利かずに申し訳ありませんでした。そうですね……それでは精霊なら信用できますか?」


  カシアスがおれとサラに尋ねる。


  「なんか悪いな……。でも……まあ精霊なら」


  「えぇ、わたしも……」


  おれとサラが答える。

  すると、カシアスはどこか遠い方を眺めている。

  そして——。


  「今、念話でセアラ様をお守りしてくださる精霊をお呼びしました。もうすぐこちらへ現れると思います」


  カシアスがそう話してからしばらくするとおれたちの目の前が光り出す。

  その光が人の形をかたどってゆく。

  そして、おれたちの目の前に精霊が現れた。


  「初めましてアベル様、セアラ様。私の名前はリノ。どうぞよろしくお願いします」


  リノと名乗る精霊はとても高貴で美しかった。

  色は黄緑がかった光に包まれており髪の長い女性の姿をしていた。

  服は神話に出てくる神々が着るような白いヴェールのようなものを身に纏っていた。


  「お久しぶりですリノ様。再び会うことができて嬉しく思います」


  アイシスがリノに頭を下げて挨拶あいさつをする。

  この二人は知り合いなのだろうか。


  「久しぶりねアイシス。1000年ぶりくらいかしらね? 相変わらずそんな口調で。私にはもっと気軽に接してくれていいのよ」


  「いえリノ様、立場が違いますゆえこのように接するのは当然のことであります」


  1000年だって!?

  おれは思わずに口に出してしまいそうだった。


  アイシスは見た目が女子高生くらいだし、リノという精霊は20代前半くらいに見える。

  精霊体の年齢ってわからないな。

  それに、悪魔であるアイシスより精霊であるリノの方が立場が上っていうのも意外だな。


  「まったくもう……。でも、貴女らしいわね」


  精霊のリノがつぶやく。


  「アベル様、こちらにおられる精霊のリノ様にセアラ様の安全をお守り頂くことについて不満はありますでしょうか?」


  カシアスが呼び出したこの精霊。

  とてつもない力を持っているはずだ。


  おそらく魔力を抑えているのだろう。

  完璧に魔力を抑えているという異常さをおれは今ひしひしと感じている。

  おれの記憶にあった、おれに思考誘導をほどこしたハリスという精霊もとてつもない力を持っていたがそんな彼女を軽く凌駕りょうがしている。


  おれは恐れながらもリノに尋ねる。


  「あの……リノ様。セアラを守ってくれるんですか?」


  なんとも幼稚な質問だろう。

  しかし、他に言葉が出なかった。


  「呼び捨てで結構ですよアベル様。もちろん、アベル様に誓ってもいいです。セアラ様を絶対にお守りします」


  リノの言葉をおれは疑うことはなかった。


  「サラ。精霊のリノにきみを守ってもらいたいんだけど彼女、きみの側に一緒にいても大丈夫かな?」


  おれはサラに尋ねる。


  「えぇ、アベル。なんでかわからないけれどリノのこと気に入ったわ。よろしくね、リノ! 私はセアラ=ローレン。サラって呼んでいいわよ」


  サラもリノのことを気に入ってくれたようだ。

  リノならばサラを任せても大丈夫だろう。

  これでおれは安心して旅立てる。


  「えぇ、よろしくねサラ。それじゃあカシアス、さっき話してたことだけど……」


  リノはカシアスに何かを伝える。


  「はい。それではアベル様、私は魔界での仕事ができましたので数年は魔界に戻ることにします」


  えっ?

  カシアスの突然の発言におれは驚く。

  さっきまでとは違って逆に困るんだけど。

  カシアスがいないとおれは強くなることも資金を稼ぐこともできなくなる。


  「それは困るよカシアス! おれは数年間何をすればいいんだよ?」


  サラの身の安全はリノという精霊が守ってくれるにしてもおれの計画はどうなってしまうんだ?


  「問題はありません。アイシスをアベル様に付けます。彼女は剣術も魔術も秀でていますし、転移魔法も使えます」


  急にカシアスがアイシスをおれに付けるとか言ってきた。

  確かにカシアスの言うことが本当ならばそれについては問題はないんだけど……。


  「それではアベル様、よろしくお願いします」


  おれに挨拶をするアイシスが少しだけ怖い気がした。


  おいおい、おれはさっきアイシスは信用できないからサラには付けられないって本人の前で話してたんだぞ!

  そこんところわかっているのかこの悪魔は……?


  「よっ、よろしくなアイシス」


  こんな感じで彼女とはぎこちない関係でのスタートを切った。

  とまあ、こうしておれとアイシスの二人での旅は始まったのだ。

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