14話 訓練初日(1)

  魔法使いとは何を持って魔法使いなのだろうか。

  魔法が使えれば魔法使いなのか。

  それだとしたらおれはいつから魔法使いなのだろう。


  サラの火球ファイヤーボールを闇の壁で防いだときからか。

  それとも使おうと思えば使えた物心ついたときからなのか。

  厳密な定義はわからないが魔法について鍛錬に励む日からだとすれば今日からに違いない。


  いや、一人で闇属性の魔法を練習してはいたからそれだと今日からにならないな。

  ええい、とにかく今日は特別な日なのだ!


  今日からおれは父さんに魔法の訓練を受けることとなった。

  長く待ち遠しい日々だった。

  自分の存在が嫌になることもあったが今は前を向いて進んでいる。


  おれは女神様の言う通りに運命から逃げたりはしない。

  きっと、おれがあのスキルを持っていたことも運命なのだ。

  だとしたらそれを受けとめて絶望の道へと進まぬように歩み続けるしかない。


  「今日から一緒に訓練ねアベル。わたし、あなたには負けないから!」


  これから家の外に出ようとしていたところを階段から降りてきたサラが宣戦布告してきた。


  「ベルちゃん、サラちゃんはああに言ってるけど、ベルちゃんと一緒に訓練できるのが嬉しいのよ」


  「ちょっとママ! そんなことないわよ!」


  ハンナ母さんがいつものようにサラをからかっている。

  本当に仲の良い親子だ。


  「それじゃあサラ、一緒に行こうか」


  おれは一人で先に父さんが待つ草原へ向かっても良いのだがせっかくだしサラと行くことにしようかな。


  「わかったわアベル。あとちょっとで準備が終わるから待っててね。あとあと!! 別にわたしはパパと二人で訓練するのでもいいんだからね、アベルが一緒じゃなくてもいいだから勘違いしないでね!!!!」


  サラに厳重に注意をされ、おれはサラの準備とやらを待っていた。

  ハンナ母さんと二人でなにやら話した後、母さんから何か渡される。


  そして、サラの準備ができたらしく二人で外へと出る。


  「一体、母さんから何を渡されたの?」


  「ん? ああ、これのことね。パパに渡してって言って手紙を渡されたの」


  そう言ってサラは四つ折りとなった紙をおれに見せてきた。


  「中は読んだの?」


  「読むわけないじゃん! それに、わたしがママから渡されたんだからね! アベルには絶対に見せないし渡さないわよ」


  まあ、手紙の中自体気になるわけでもないしお手伝いのご褒美が欲しいわけでもない。

  おれはサラに渡された物への興味を失う。


  それから5分ほどサラと二人で話しながら家から少し離れた草原へと向かった。



 ◇◇◇



  草原へ着くと既にカイル父さんは訓練の用意を始めていた。

  カイル父さんはなにやら魔法陣のようなものを石で地面に刻んでいる。


  以前に聞いたのだが、あれは魔石ませきという石で強い魔力を持っているらしい。

  別に魔石に頼らなくても術者の魔力で魔法陣は描けるらしいが、膨大な魔力を使う魔法で描くため普通はやらないらしい。


  そして、おれとサラが近づいてくるのに気づくと手を止めて話しかけてきた。


  「おやおや、思っていたより来るのが早かったね。まだ準備をしているからちょっとそこで待っていてくれないかな」


  カイル父さんはおれたちに微笑みかけるとそう言った。


  「ぼくたちに手伝えることはあるかな?」


  おれはカイル父さんに尋ねる。


  「ありがとう、アベル。だけど、流石のきみも魔法陣は描けないんじゃないかな」


  おれはカイル父さんに手伝いを申し出たが、カイル父さんの言う通りおれには魔法陣が描けない。

  他に手伝えることもないようだし、もう少しだけ待つことにしよう。


  「あっ、そうだパパ。これママが渡してって」


  そう言ってサラはカイル父さんに預かっていた手紙を渡す。カイル父さんは手紙を開け、目を通してからまた手紙をたたんだ。


  「ありがとうねセアラ」


  そう言ってカイル父さんはまた準備を始めた。


  訓練の仕方は事前におおかたサラに聞いている。

  ちなみにそれは、おれが気になって聞いたというより、サラが自慢したくてこの半年間ずっとおれに話していたといった具合だ。


  サラの話を聞く限り、魔法を覚えるときは基本的に精霊に協力してもらって覚えるらしい。

  この世界で魔法を使うのはイメージすればいいといった単純なものではないのだ。


  確かに炎をイメージしたら火が出てしまいましたなんて事態になったら危険過ぎる。

  きっと魔法の才能のある赤ちゃんなんてしょっちゅう火を出したり水を出したりしているだろう。


  闇属性の魔法を使っているおれからすれば魔法を使うのは体中にある魔力と大気にある魔力を操って魔力の流れを作るイメージだ。

  頭の中で他のことを考えていようが魔力の操作ができれば魔法は使える。


  しかし、これはおれのように無詠唱魔法が使える場合だ。

  基本的には魔法名を詠唱しなければ魔法は発動しない。

  正直おれにはわからない感覚だ。


  そして、魔法の習得というのは魔力を操る感覚を覚えるために精霊に協力してもらうらしい。

  まず精霊が融合シンクロ魔法という術者と身体を共有する魔法を使う。

  それから精霊が術者の身体を利用して魔法を使うことにより、術者の身体に魔法を使う感覚を直接叩き込むらしい。


  つまり今回の場合でいえば、まず精霊がおれと融合シンクロする。

  そして、水属性の魔法を覚えたいのだとしたら、精霊がおれと融合シンクロした状態で水属性の魔法を使う。

  すると、おれの身体にも水属性の魔法を使う感覚が共有されているため、この経験を活かした上で今後、水属性魔法の練習が効率よくできるというわけだ。


  どうしても、他人から魔法を使った感覚の話を聞いているだけで魔法が使えるようになるのは困難なためにこのような手段を取っているらしい。


  実際に中等魔術学校や高等魔術学校でも精霊を使って魔法を習得するのは主流なやり方らしい。

  それゆえに精霊術師は将来学校の教師になることも多いそうだ。

  ちなみに、カイル父さんも教師の資格は持っているらしい。


  おれ自身、精霊術師……というか召喚術師なわけだし、やっぱり将来的には教師っていう可能性もあるわけか。

  正直言ってコミュ障で根暗なおれが教師になるなんて考えられないな。


  そういえば、この世界にもいじめってあるのかな。

  もしも、いじめなんかで苦しんでいたりする子どもがいるのならおれは助けてあげたいな。

  そういう意味では教師になりたいっていう気持ちもある。

  あとは雇用形態と報酬の面だが……。


  これからのことを色々と考えていると、どうやらカイル父さんが魔法陣を描き終わり準備ができたようだ。

  おれとサラに声をかける。


  「セアラ、アベル。父さんの準備が終わったからそろそろ始めようか。セアラはいつも通りまずは火球ファイヤーボールの制御から始めてもらうけど、アベルのことが気になるなら見るかい?」


  「やっぱりぼくとサラは別メニューなの?」


  「それは仕方ないことだよ。セアラは火と土の2つの属性の魔法を使いこなせるけれど、アベルはまだ闇属性の魔法しか使えないんだ。まあ、普通はそれがありえないんだけどね」


  カイル父さんは少し笑って話す。


「闇属性の魔法をセアラに覚えろなんて言えないからね。アベルに他の属性の魔法を覚えて思うまで一緒にはできないかな」

 

  まあ、おれとしてもサラと一緒に訓練できないのは残念だがこればかりは仕方がないだろう。


  「わたしもアベルの融合シンクロ見たいから魔力制御は後にしようかしら。それにしてもアベルむかつくわね。今度わたしに闇属性の魔法を教えなさいよ!」


  サラはどうやらおれの訓練を最初は見るらしい。

  あと、サラは口調では怒っているがいつものじゃれあいだ。

  闇属性の魔法を習得できないのはサラ自身がわかっている。


  おれが使えているこの事態が異常なのだ。

  闇属性の魔法を使える精霊を呼び出すことなんて不可能だし、おれが魔法を使う感覚を教えても天才のサラとてできなかった。

  それ以来サラはこうやって軽い自虐気味に闇属性の魔法を教えろと言ってくるのだ。


  「それでは父さん、心の準備もできましたのでこれからよろしくお願いします!」


  おれは強い意志を持ってこの場に臨んでいる。

  初めは魔法が使えたらかっこいいくらいの気持ちだった。

  しかし、自分が何者か不安に駆られ、そして落ち込んで。

  それでも、逃げずに正面から向き合ってこの力を制御するために、そして自分の正体を知るためにおれは今日から——。


  「それじゃあ、今から精霊を召喚するからね」


  そう言ってカイル父さんは集中し始める。

  そして、魔力を制御してそれを解放する。


  すると、カイル父さんの目の前に光が立ち込めてそこから子どもほどの大きさの精霊が現れた。


  あれ?

  なんか魔法陣とは全く別の場所から現れたぞ。

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