12話 夢の中の女神様

  この異世界に転生してから5年が経った。


  おれはかつて手に入らなかったものをこの世界で次々と手に入れて幸せな日々を過ごしていた。

  丈夫な身体も、温かい家族も友だちのようなかけがえのない存在も——。


  そして、この世界特有の魔法の才能も持ち合わせているはずだった。

  いや、持っていたんだ。

  決して、それはおれが望んでいたものではなかったのだけれど……。


  スキル名『魔王』——。


  これが今日、おれの誕生日に判明したスキルの1つだ。

  魔王とは、かつてこの世界を滅亡させかけた原因かもしれないと伝えられている存在だ。


  おれはこの世界を破滅へと導く存在なのかもしれない。

  その考えが一向におれの頭から消えない。


  おれはこの世界が好きだ。

  カイル父さんもハンナ母さんも姉のサラもみんなみんな大好きなんだ。

  この村に住む人たちだってみんないい人なんだ。


  こんなに愛しい世界をいつかおれがこの手で……。

  そう考えしまうともう止まらない。

  どんどん悪い方へと考えてしまう。


  今日は素敵な誕生日になるはずだった。

  それがどうしてこうなった。


  カイル父さんたちと今日から稽古をはじてる約束をしていたが今日は断ることにした。

  とてもじゃないが魔法を使う気分ではない。

  みんな心配してたが無理やり気丈に振る舞い誤魔化すことにした。


  夕食のパーティーの席でも笑顔は絶やさなかったがどうしても心の底から楽しむことなどできなかった。


  おれは前、カイル父さんに隠し事はせずに本音で話して欲しいと伝え、カイル父さんはそれに答えてくれた。


  なのにおれはどうなんだ。

  家族にこの世界の危機となるかもしれない隠し事をしながらこれからの人生を送らないといけないのか?


  自分はひきょうで心が弱く、身勝手なやつだということを改めて思い出した誕生日だった。


  こうしておれの誕生日イベントも終わりを告げ、二階の自室に戻り寝ようとしたときだった。

  階段を下りてきたサラとばったりと出くわして声をかけられた。


  「アベル、ちょっといいかしら」


  内緒話かのようなちいさな声だ。


  ここは一階から二階向かう途中の階段。

  カイル父さんとハンナ母さんは一階にまだいる。

  二人には聞かれたくないことなのだろう。


  「どうしたのサラ?」


  おれも彼女に合わせて小声で話す。


  正直、精神が追い詰められている状態で笑顔で明るく半日を過ごしたんだ。


  今のおれの顔は疲れが見えやつれていることだろう。

  早く部屋で一人になりたい。


  「はい、これあげる!」


  サラは後ろから綺麗な花飾りを取り出しておれに差し出してきた。


  「えっ、これって?」


  おれは予想外の出来事に驚いてしまった。


  「わたしの誕生日のときにアベルがプレゼントをくれたでしょ。それのお礼よ! お礼!」


  そういえばサラはおれと遊ばない日にハンナ母さんとどこかへ出かけていた日があったな。

  サラが差し出す花飾りを見れば所々歪な部分も見受けられる。

  だけど、これはとても気持ちのこもったプレゼントだ。

  とても喜ばしいことである。


  「ありがとう。とっても綺麗だね、大切にするよ」


  この言葉は今日半日間作ってきたおれからではなく、本心から出た言葉だった。


  「そっ、そうよ。わたしからのプレゼントなんだから大切にしなさいよ。それとアベルが喜んでくれてよかった。なんか今日元気なさげだったもの」


  サラはそう笑っておれに花飾りを渡すと一階へ下りていった。

  そうか、サラにはバレていたのか。

  この子には敵わないな。


  それからおれは自分部屋のベッドに倒れ込み、これからのことを考えていた。

  そうしているうちにおれは深い眠りについていた。



 ◇◇◇



  気がつくとおれは自分の部屋ではない所にいた。


  辺りを見回すと、どうやらおれのよく知っている場所のようだ。


  ここはおれの部屋の窓から見える草原だった。


  視界いっぱいに広がる草原におれは一人立っていた。


  「世界に愛されていないのはここに来てからも一緒なのかな」


  おれはスキルを調べるときに見た「魔王」という文字が胸に突っかかっており午後も心ここに在らずといった様子だった。

  家族のみんなが夜にパーティーを開いてくれたがおれは心から楽しむことはできなかった。


  「おれって一体何者なんだよ」


  誰もいない草原でボソッとつぶやく。


  結局おれは魔族の文字が読めることを家族の誰にも話せなかった。

  おれはカイル父さんに隠し事はやめて欲しいと言っておきながら、自分は家族に隠し事をしているんだもんな。


  自分自身が嫌になる。

  そんなことを思ったときだった。


  『自分のことを知りたいのですか?』


  どこからともなく女性の優しい声が聞こえてきた。


  おれは辺りを見回す。

  しかし、おれ以外にはだれもいない。


  この草原には緑が広がっているだけで後ろを見ればおれの家が見える。

  あんなところから声が届くわけがない。


  もしかして空か?

  空を見上げてみるがそこに人がいるはずがない。

  綺麗な水色の空に雲が浮かんでいる。


  すると目の前に光が溢れ出し、少しずつ人の姿になっていく。

  そしてそこには一人の女性が現れた。


  肌は純白で美しく、腰のあたりまで伸びる髪はブロンドで黄金のような輝きを放っている。

  背中には白銀の翼が一対見える。

  まるで美を具現化したかのような存在だ。


  おれは突然目の前に現れた彼女に見惚みとれてしまっていた。


  彼女は祈るように手を組み瞳を閉じていた。

  そして、彼女はゆっくりと目を開き、青色の綺麗な瞳でおれを見つめて話す。


  『はじめましてアベル。時空を超える者よ』


  彼女が発した言葉におれは震えた。


  彼女はなぜおれの名前を知っている。

  いや、それ以上に《時空を超える者》とは転生のことを言っているのか?


  彼女は一体何者なのか?

  もしかしたらこの女性ならばおれの転生のこともスキル『魔王』のことも知っているかもしれない。


  「あなたはおれのことを知っているのですか? お願いです、教えてください! どうしておれは人間界にいるのですか? おれは一体何者なのですか? おれは——」


  聞きたいことは山ほどある。

  せっかくおれのことについて詳しく知っていそうな人に出会えたんだ。

  いつも以上に早口で質問責めをしてしまう。


  『まだ思い出していないのですね。いいえ、もしくは……。まあ、いいでしょう。あなたはまず自分の正体を思い出しなさい』


  「おれは魔王なんですか? なんでこの世界に転生したんですか? どうして——」


  何も答えてくれない彼女に、それでもおれは矢継ぎ早に質問を重ねる。


  だが、彼女はそれらに回答してくれることはなかった。

  しかし、不可思議な助言のような言葉をおれに授けるのであった。


  『もしもあなたが自分のことを知りたいのならば、絶えず探し求めなさい。そして、決して運命から逃げてはなりません。それではまた出会うことを楽しみにしていますよアベル』


  彼女はそれだけ言って光にかき消され始める。


  「ちょっと、待ってくれ! おれは一体何者なんだ? どうしてこの世界に転生したんだ? 何か知っているのなら教えてくれ!」


  『今度会うときはまた別の形で会いましょう』


  美しい女性はおれの質問には一切答えてくれなかった。

  彼女は運命から逃げるなと言った。


  きっと彼女はおれの転生に関わっている。

  確証はないけれどそう思う。


  女神のような彼女が姿を消し、草原にはまたひとりぼっちになる。


  そしておれは目が覚めたのだった。



 ◇◇◇



  窓から光が差し込み、おれは目が覚めた。


  昨日は半日悩んでいたがもうおれは前に進むしかないのだろう。

  おれの正体が何であれ、運命から逃げたりはしない。


  あれはきっと女神様だ。

  そして、これは女神さまのおつげのおかげなんだ。


  よし、気持ちを切り替えて今日から魔法の訓練をするぞ!


  こうしておれはサラと一緒にカイル父さんの訓練を始めることになる。

  だいたいカイル父さんは2日に一回は仕事で出かけてしまうから訓練がない日は今まで通りサラと一緒に遊ぶことになっている。


  そして、今日は訓練の初日。

  とても気合が入る。

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