64点の先輩と僕と、僕を諦めていなかった元カノ
いきらんあ
第1部
第1話 先輩は64点です ①
先輩は、僕の隣に無造作に腰を下ろすと、スラリと長い足を組み、何の前置きもなく言った。
「アタシは、何点?」
「は?」
訳が分からず、僕は間抜けな声を漏らし、彼女の綺麗に筋の通った鼻の辺りをぼんやりと眺めた。
彼女は、ズイと僕に身を寄せる。練乳と苺を混ぜたような甘い香りがした。
僕は、ベンチを横すべりして、詰められた距離だけ、避難した。
ともすれば粗暴ともとれる一連の所作は、先輩がすると不思議と下品ではなく、容姿端麗な彼女に親しみやすさを加え、むしろ魅力的に感じさせる。
僕のようなプロの陰キャでなければ、脈アリだと勘違いするだろう。
「なんで逃げるのよ」
「ソーシャルディスタンスです」
「ぼっちには都合の良い言葉ね」
先輩は、鼻を鳴らして髪をかき上げた。長い黒髪が、陽光を反射してキラキラと輝く。
「それで、アタシは何点なの?」
「知りませんよ。2年生の成績なんて確認してませんし」
先日行われた中間試験のことを言っているのだろう。今日、うちの高校では各学年の成績上位者の氏名と点数が貼り出されたのだ。わざわざ聞くということは、良い結果だったということか。
しかし、僕は一年生で、彼女は二年生だ。他学年の成績まで確認する物好きなどいるわけがない。
「誰も成績の話なんかしてないわよ。あ、でも、アンタは4位だったわね」
「ここにいた」
「は?」
今度は、先輩がポカンとして間抜けな声を出した。
「物好きが……いや、こちらの話です」
「話を逸らさないで」
先輩は頬を膨らませる。
そんな姿もかわいらしいのだからズルいと思う。
「逸らすも何も、本題は何ですか」
「だから、アンタから見て、アタシの魅力が何点かって聞いてんの」
「先輩の魅力……」
「スパッと答えなさいよ。立派なモノがついてるんでしょ」
残念ながら自慢できるようなものじゃない。今後に期待である。
「昼時の学校で何言ってるんですか」
「なにモジモジしてんのよ。成績上位で貼り出されるくらい、賢い頭を持ってることの何が恥ずかしいのよ」
「ああ、そういうことですか」
僕は、ポリポリと頬を掻いた。
先輩は呆れたように吐息を漏らす。
「まったくもう……。それで、何点なの?」
なんだか少し恥ずかしい気もするが、逃げられそうにない。
答えは決まっているし、ここはハッキリと言っておこう。
「64点です」
「なんでよー!」
先輩は、僕の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
はたから見れば陰キャな男子が美少女に脅されているように見えるだろう。
しかし、幸か不幸か周囲に人気はない。
ここは、『憩いの小道』と呼ばれていて、学校の敷地の端っこにある小さな林の中の開けた場所である。
校舎から離れていて、木製のベンチが置かれているだけだ。
昼休みという限られた時間にわざわざ足を伸ばすには、遠すぎるし、寂しすぎる。
時々、倫理の教員が草笛を吹きに来る以外は、僕と先輩が占拠している。
「まあ、いいわ。これからガンガン上げていくから」
頭をガクガクと揺さぶられたおかげで脳が上手く働かず、先輩が何を言っているのかよく理解できなかった。
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