第43話 ラストチャンス
白富東のピッチャー大量起用及び継投作戦は、当たり前だが注目を浴びた。
甲子園などでも実績のある、左右のピッチャーを持ちながらも、一年のピッチャーを大量に試している。
余裕と見るべきか、試行錯誤と見るべきか。
どちらにしろ多少の失点はしても、それ以上に得点することで、ベスト4までは勝ち進んできていた。
そしてここで国体である。
またしても準決勝で大阪光陰との対決があったのだが、勝ったもののそこで消耗しすぎて決勝で帝都一に負けた。
淳とトニーを連れて行っていなかったのが、地味に痛かった。
甲子園こそ春夏連覇はしたものの、神宮と国体の二つは取れない、惜しい年であった。
ただ秦野にとっては織り込み済みのことである。
主力となったのは三年と、一年のベンチ組。
二年生と一年のスタメン組は県大会に照準を合わせて、無理な移動と連戦のある国体を避けたのである。
まあ甲子園で勝っているので、国体まで制覇する必要はないだろうと考えるのが秦野である。
どうせテレビで放送されるわけでもないし、選手たちも絶対に優勝するぞという気迫はなかった。
このメンバーで、このチームで試合をするのは最後ということで、やはり感傷はあったが。
国体というのはやはり、甲子園でも勝ち進んだチームに与えられるご褒美のようなものだ。
ただ白富東の三年生でも、大学を自力で受験する人間は、甲子園が終わった時点で引退している。
幸いビッグ4はいたが、選手によってその熱量には差がある。
甲子園で出し切ったという、そんな空気はあるのだ。
プロ入りを狙う者にとっては、ここが最後の機会である。
アレクはもうアピールは終わったと割り切っていたが、鬼塚は張り切っていた。
11打数5安打の1ホームランと、まさに高校最後の輝きを見せたものだ。
実際に、この結果から、秦野に接触する球団関係者は増えてきた。
ドラフトまではもう一ヶ月もなく、指名をどうするかは、各球団最終調整の後のさらに最終調整だ。
スカウトは選手とは接触禁止であるが、監督とはそうではない。
ある程度接触してみて、他球団の指名順位などを探っていくのである。
国体の後、秋季大会の県準決勝が行われる。
ここで勝てなければ関東大会へは出場できず、即ちセンバツへの出場がなくなる。
そのために二年と一年の一部を、こちらに置いておいたのは正解であった。
国体では武史も真田も水野も、万全には程遠い状況だったと言えた。ワールドカップがあったせいもあるが、精神的な消耗から回復していなかった。
その中で帝都一が優勝したのは、甲子園を白富東と大阪光陰で独占された、その恨みを晴らしたとでも言うべきか。
あとは帝都一は大阪光陰と違って、一般入学からも入部する者が多いので、数がそれなりに揃えられたということもあるだろう。
真田もキャッチャーが木村ではないのでスライダーを控え目に投げていたし、負けても仕方がないといったところか。
完全にプロ志望の真田は、もう体調を整えるところにきている。
ワールドカップでも一応無失点だったが、それでも全力投球はしていなかった。
「つーことで準決勝、また珍しいところが上がってきたわけだが、やることは変わらない」
秦野としてはちょっと意外だったのだが、蕨山が上がってきた。
上総総合が負けたのである。
まああのチームは公立であるので、選手が自然と集まらなければ、それなりのところまでしか勝てないのであるが。
千葉県のベスト8というのは、充分に立派である。
蕨山は私立としては珍しくなく、機材や施設に金をかけて、それなりの監督を招聘してチームを強くするという方針であったのだが、どうしても本物の一線級の私立や、白富東の壁を打ち破ることが出来なかった。
そこで招聘した新監督が、シニアの縁から引っ張ってきた一年生投手が、この秋からエースナンバーをつけているのである。
夏の時点でもそこそこ投げていたのだが、小さな怪我があったようだ。
ピッチャーというのは指先の怪我一つで終わるので、トーナメントでは扱いが難しい。
映像やスコアから判断して、左打者にはシンカー、右打者にはスプリットを決め球にしているようだ。
「ただ注意するのは、速いスプリットの方だな」
スプリットとフォークで分ければいいのではと聞いている方も思うし、秦野としても変化の原理が同じなので、本当なら統一したいのだ。
つまるところストレートとあまり変わらないスプリットが、内野ゴロを打たせる変化球になる。
決め球となる空振りの取れる大きな変化量を持つ球種もある。
早めに追い込んでいって、あまり遊び球は使わないタイプだ。
「それとまあ、強力なはずの打線陣は、淳に完封してもらおう」
やっとエースの登場である。
県営球場で行われる秋の大会、千葉県大会の準決勝。
ここで勝てば決勝に進み、確実に秋の関東大会に出られるため、下手をすれば決勝以上に、どのチームも力を入れてくる。
地元人気の大きな白富東の試合には、週末とあって多くの人間が観戦に集まる。
よく全体が見えるから、という理由でスタンド最後列からそれを見る数人の集団。
「応援が一方的ですね」
「今の二年生までは、応援したくなる要素しかありませんでしたからね」
セイバーはそう言うと早乙女から受け取った、これまでの過程の概略をまとめた紙を渡す。
「……最初は運だった、ですか」
「佐藤君と白石君が、全く無名だったというのが、既に伝説ですからね」
「これにはその理由は書いてないようですけど?」
「それはこちらの本を読めば分かります」
そして予備として持っていた、白い軌跡を渡すセイバーである。
少年は顔をしかめた。
「日本語の本は、まだちょっと難しいんですよ。マンガなら読めますけど」
「まあ英訳の予定もありますが」
「え、あるの?」
早乙女もそんなことは聞いていないのだが、セイバーは平然と答える。
「必要とされるようになるでしょうから」
そう、それほど遠くもない未来には。
少年はそれを聞いて首を傾げる。
「英語圏でも読まれることになると?」
「今の日本とアメリカが、全戦力を集めて一発勝負をしたら」
セイバーの言葉に迷いはない。
「佐藤君と白石君のいる、日本が勝ちます」
「……人口面から見ても、世界中から選手が集まってることを考えても、明らかにアメリカの方が上だと思いますが」
「長期戦では負けるでしょうね。七試合の勝負でも難しいでしょう。けれど一度だけなら、絶対に日本が勝ちます」
確率でものごとを評する彼女が、ここまで断言するのは珍しい。
「ワールドカップで優勝したからですか?」
「単純に一戦だけなら、佐藤君が完封して、白石君がホームランを打って、それで勝つからです」
少年は顔を覆った。
セイバーは何かを評価するのに、数値以外の修飾を用いることが少ない。
それがここまで断言するのだから、それだけの実感があるのだろう。
彼女はMLBの傑出したスター選手たちも知っているはずなのだ。
「僕がこのチームに入るのは、そんなにいいことですか?」
「私はただ君に、最高の環境で野球をしてほしいだけです。それ以外に、君の進路を変える方法はないと思っていますから」
そうまで言われた少年は、年齢不相応に落ち着いた目をしている。
才能だけならいくらでもある。
だが目指す道はそちらにはない。
そういった選手は別に、直史だけとは限らないのだ。
そしてそういった選手を野球の道に引き入れるには、無理に引っ張るだけでは足りない。
「高校生活三年間と、大学生活は日米どちらでも四年間、卒業後も10年間の援助に、希望する研究室への紹介。これで足りませんか?」
「充分すぎます。けれどそもそも僕は、速い球は投げられるけど、ベースボールというスポーツ自体に慣れていない」
「そこを育てるのが、育成のシステムですよ」
少年は不思議に思う。
セイバーは彼以外にも、多くの素質ある選手を、若くから支援している。
だが日本に連れて来たのは、彼なのである。
日本人の血が混じっていて、日本語をかなり使えるということだからだろうが、それ以外にも何かあるのか。
「よりレベルの高い試合は、この後に行われます。そこを見たら、考えも変わるかもしれませんよ」
セイバーに強く勧められるが、セイバーが彼についてよく知るように、彼もまたセイバーのことをよく知っている。知るようになった。
彼女は本来、スポーツも含めたショービジネスの世界に生きるような人間ではなかったはずだ。
それがまあ、コンサルタントの一貫でMLBのショービジネスに関わり、そこから熱中して今は日本で活動している。
アメリカの方がはるかに、市場の規模は大きいのにだ。
「まあ、楽しみにはさせてもらいます」
日本の血を引き、アフリカや東南アジアで過ごし、アメリカで飛び級で大学に入ろうとしていた少年は、その才能がゆえにセイバーと関わることになった。
彼の未来がどうなるのか、それは彼自身でさえまだ分からない。
千葉県大会、決勝に進出。
もはや恒例となってきたこの行事に、ノリノリになるのが白富東のいいところである。
文武両道などと言っても、おおよその学校はその二つは分かれていて、進学組は冷ややかにスポーツ組を眺める、文字だけ文武両道の学校は少なくない。
だが白富東の頭のいい人間は、楽しむべきに楽しむことを知っている。
日曜日の決勝戦には、全校生徒の大半が応援に訪れ、ブラバンや応援団、チアなども全力で協力する。
さすがに受験を控えた三年生などは別のはずだが、東大の模試でずっとA判定を出し続けているツインズなどは、普通にチアで応援している。
彼女たちにとっては、可愛い弟の出る試合なのだ。
もっとも淳は、より重要度の高い昨日の試合に投げているので、本日の先発は文哲なのであるが。
対戦相手は、もうかなり宿敵となりつつある勇名館。
考えてみればSSコンビが入学して以降、県内の公式戦で白富東に勝ったのはトーチバと勇名館が一度ずつあるだけなのだ。
勇名館の古賀監督は、とにかくこの白富東一強時代をなんとかしたい。
まあ一強時代でも、三里のように甲子園に出た例はあるのだが。
夏の大会だけでも、最後に勇名館が出場してからは、三年連続で白富東が甲子園に行っている。
とにかく選手が集まらないのだ。地元のいい選手は白富東の体育科を狙うか、県外の強豪私立に行ってしまう。
その中でもまだこの二年生までは、それなりにいい選手が揃っているのであるが。
反則的なまでに強すぎる。
それでもSS世代や、その一個下の世代に比べると、弱くはなっているはずだ。
だがそれは、全国制覇レベルが甲子園順当レベルに落ちただけで、あまり救いにもならない。
幸いと言ってはなんだが、雇われ監督である古賀の手腕を、疑うような者は勇名館の内部にはいない。
白富東の環境を考えるに、明らかにあちらの方が金をかけているのだ。
個人の寄付によって、公立の方が私立よりも強くなってしまう。
そして学校もこの状態に気をよくして、体育科などを創設してしまっている。
秦野の見解はともかく、外から見たらこの白富東の強化策は、毎年全国制覇を狙うつもりなのかとさえ思えてしまう。
千葉県は学校数がかなり多く、そこから身体能力に優れた選手を集めて、金のかかった育成をすれば、甲子園常連校のレギュラークラスの選手は作れるのだ。
もちろん勇名館も、それを狙ってはいた。
だが白富東は個人が協力して、最新の技術を正しいコーチングで教え込んでいる。
(決勝まで来れたから、関東大会のベスト4を狙って行くしかないのか)
同じ千葉県内では、勇名館はトーチバとナンバーツー争いをしていると言っていい。
上に大学のあるトーチバの方が、スカウトの口説き文句としては有利である。だからなんとか、実績で上回るしかない。
決勝戦は一方的なものとはならなかった。
文哲は防御率には優れているが、それでも全く打たれないというタイプのピッチャーではない。
勇名館は一回の表に先制点を取り、なんとかこちらの流れに持ってこれるかとも思えた。
だが裏の攻撃で、一気に三点を取られる。
古賀も今年の白富東を、ちゃんと分析はしている。
打撃力は、落ちているのだ。
アレク、鬼塚、倉田と狙って長打を打てるバッターが引退し、長打率は間違いなく下がった。
だがヒットの数はほぼ変わらず、そして盗塁と犠打の数は増えている。
同じ攻撃力のあるチームであっても、強力な打線で粉砕するというものではなく、足も使った作戦で、得点を積み重ねて行く。
準決勝まで全てコールドで勝っているというのだから、七回までに七点差をつける得点力はあるのだ。
だが二年前のような、あのひどい惨劇は起こらない。
50点以上も取るような、何をどうしてもワンナウトも取れない。取れたアウトはただの幸運というものとは違う。
計算してみたところ、SS世代が二年生だった頃に、得点力は戻っている。
もっともあの頃にしても、やはり今より長打は多かったのだが。
今の白富東は、取れるチャンスを間違いなく取るということに注意している。
ただ毎回のように点を積み重ねられていくのは、やはり変わらない。
四回から、ピッチャーは文哲から花沢に替わる。
アンダースローというこのピッチャーを、正統派のバッティング練習を重ねてきた勇名館は、やはり打ちあぐねることになる。
コントロールはいいし、変化球も持っているが、球威はない。
ただ標準と違うというだけで、アンダースローは打ちにくい。
花沢も一点を取られただけで、六回で替わる。
そして出てきたのがまた一年生で、サウスポーであった。
山村だ。このピッチャーだけは古賀も、中学時代からのデータを持っている。
だが球速がアップしていて、カーブの他にスラーブとでも言うべき、横への変化が大きい球種も使ってきている。
この一年の秋までに、明らかにレベルアップしているのだ。
(なんとか、もう一度甲子園に行かないと……)
12-3というスコアで、白富東は完勝した。
×××
どうでもいい後付設定シリーズ。
悟の父親である明は、ドラゴンボールを含めた鳥山明のファンであり、自分の息子に悟空という名前を付けようとした。
さすがに反対されて、悟という名前になっている。
つまり悟もまたサイヤ人の血を引いているのだ!
あと本日は大学編の末尾に、ネタを一つ投下しています。
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