フレンチレストランで奢ってもらえかけた話

「今日は俺の奢りだから好きなものジャンジャン頼めよ!」

「コース料理だから向こうの決めた料理が来るので、好きなものは頼めないですけどね……」

ピアノ協奏曲がかかっている落ち着いた雰囲気のフランス料理のお店。

周りのお客さんがしっかりとドレスコードを守っている中、パーカーとジーパンというラフな格好の僕は浮いていた。もっというと、タンクトップと短パンの先輩はもっと浮いていた。


「でも先輩がこんな良い料理奢ってくれるなんて珍しいですね」

「おいおい、人をケチなやつみたいに言うなよな」

先輩はガハハと豪快に笑うが、実際に先輩はケチである。

今まで何も奢ってもらったことはないのは当然として、食事は毎食カップ麺ばかり食べている。タバコは指先が熱くなるまで吸うし、バイトの給料が入る直前は職場の水道水をペットボトルに入れて飲み水にしたりしている。


「で、実際何かあったんですか? パチンコで大勝ちしたんですか?」

「おいおい、俺がパチンコで勝ったくらいでお前に羽振り良く奢るわけねえだろ」

ガハハと笑う先輩に心の中で、じゃあやっぱりケチじゃないですか、と呟きつつもせっかく気分良く高級フレンチを奢ってくれる先輩に水を差すのも遠慮しておきたい。


「実はな、宝くじが当たったんだよ」

「えぇっ!? 凄いじゃないですか! 1000万円くらいですか?」

「さすがにそこまで運は良くねえよ」

「じゃあ10万くらいですか?」

「まさか、3000円だよ」

「……はい?」

予想よりも遥かに安い額を告げられて一瞬固まってしまった。


「一応聞いておきますけどここのレストランのコースの金額は知ってますよね?……」

「知らねえけど牛丼の特盛りは1000円もせずに食ってあんだけ腹一杯になるんだ。そう考えたらここの店はお皿の真ん中にちょっと盛られてるだけで全然腹膨れねえから、500円くらいだろ?」

ガハハと笑う先輩を前に僕は頭を抱えた。入り口で確認したメニューにはコース料理15500円と書いていた。


「ちなみに、宝くじで当たったお金以外にもお金ってちゃんと持ってきてますよね?」

「なんでそんな必要があるんだよ。当然当選したお金しか持ってきてねえよ」

僕は黙ってポケットの中に財布がちゃんとあることを確認して安堵する。

「とりあえず、食い逃げ犯にならなくて良かったです……」

そんなことを呟く僕のことは気にせず、先輩は運ばれてきたスープをスプーンを使わずにお皿に口をつけながら飲んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る