寂しい夜にほんの少しの幸せを
世間はクリスマスイブで浮かれているようだが、俺にはこの年末の繁忙期に浮かれている余裕はない。ようやく仕事を終えて時計を見るとすでに時刻は23時を過ぎていた。
「冬休み前の最後のひと踏ん張りとはいえ、さすがに堪えるな……」
会社を出ると、こんな時間なのに幸せそうなカップルと数分おきにすれ違う。独り身の俺にはクリスマス充なんて関係ない。だがこんな時間からでも一人でクリスマスを楽しむ方法はあるのだ。俺だって伊達に長いこと彼女のいない生活を送っていない。ボッチクリスマスを楽しむプロである。
近くのコンビニに入り、スイーツコーナーへと向かう。あらかじめ目を付けておいたクリスマススイーツ。苺のショートケーキの上に小さな星型の砂糖が乗っているクリスマス限定ケーキの存在を、昼休憩のときに確認していた。それを持ってレジへと向かう。
「こちらの商品ただいまキャンペーン中でして、1つ購入するともう1つおまけで同じものをお付けしております。メリークリスマス」
と無感情に今日何度も発したであろう言葉を読み上げ、レジのお姉さんはササっとスイーツコーナーまで行って、レジに持って行ったものと同じケーキを持ってきた。
「いや……一人でクリスマス仕様のケーキ2つはさすがに悲しすぎる……」
普段レジ前でお礼以外の言葉を発することはほとんどないが、なんだかとても寂しい気分になってしまったので、思わず口に出してしまった。
「お兄さんもクリぼっちなんですか?」
独り言のつもりだったのにレジのお姉さんに返答されてしまった。恥ずかしい。
「“も”ってことは、あなたも?」
その質問を引き金にして突然お姉さんが壊れた。
「クリぼっちじゃなきゃこんなカップルハッピータイムに一人で仕事任されてませんよ!てかひどくないですか?みんな今日はデートだからって今日の26時まで私ワンオペですよ?この店舗私以外みんな恋人いるんですよ!なんですか、このリア充コンビニ!いや、よく考えたらそもそもいくら恋人がいるからって誰かデート我慢して一緒にシフト入ってくれるもんじゃないですか、普通??」
レジのお姉さんの愚痴が止まらなくなってきた。このままではワンオペ終了の時間まで話続けかねないので、話題を変える。
「よかったらこのケーキ食べてください」
無駄におまけされてしまった2つ目のケーキをお姉さんに差し出した。
「え?」
「どうせ2つも食べられないですし。ささやかなクリスマスプレゼントってことで……」
それだけ告げてコンビニから出ようとしたらお姉さんに「あの、すいません」と引き留められる。
「別にお礼なんて」
いいですよ、と続けようとしたがその前にお姉さんが続きを話し出した。
「私紅茶かコーヒーがないとケーキ食べられないです。甘いもの単品はちょっと……」
真面目な顔で言われて思わず失笑してしまった。
「ふふっ、じゃあこの缶コーヒーも買います。それを差し上げますよ」
お姉さんは無邪気に「やったー」と両手を上げて喜んだ。
「あ、そうだ。コーヒーのお礼にこれあげます」
お姉さんがポケットから何かを取り出した。手のひらには大きな文字で“生姜”と書かれた飴の小袋がある。
「なんですか、これ?」
「のど飴です!風邪予防です!」
「え、ああ。ありがとうございます」
思わぬプレゼント返しに少し動揺してしまったが、悪い気分ではない。そのままコンビニを出ると冷たい夜風が吹いていた。お姉さんからもらった生姜のど飴を口に含むと、ほんの少しだけ温かいような感じがした。
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