第33話 別視点
「なにっ!?アンジェリカがまだ帰宅していないだとっ!!」
「はいっ!旦那様。まだ、アンジェリカお嬢様はご帰宅なされていないようでございますっ。」
「私に会いたくないから、居留守をつかったのではないだろうな?」
「いいえっ!!キャティエル伯爵も伯爵夫人もアンジェリカお嬢様が帰宅されていないことに青ざめておいででした。キャティエル伯爵夫人など、めまいでその場に倒れてしまったほどです。あの善良な伯爵夫妻が演技をしているなどとはとても思えません。」
「……そうか。」
青ざめた表情で、ヒースクリフは私に報告してきた。
ヒースクリフは私の命令で、帰ってしまったアンジェリカを馬車を引き連れて追っていったのだ。追っていかせたのは、女性が夜道を歩くなど危険極まりないからだ。途中でアンジェリカに会えば、拾って屋敷に送り届けて欲しいと伝えていた。
しかし、ヒースクリフはアンジェリカの屋敷に着くまでアンジェリカに追いつくことができなかったのだ。
女性の徒歩と馬車。どちらが移動速度が速いかは明白だ。
アンジェリカが当屋敷を出て行ってからそれほど時間が経たないうちに、ヒースクリフは馬車を引き連れて出て行ったはずだ。それなのに、ヒースクリフがアンジェリカに追い付かないというのは明らかにおかしい。
ヒースクリフもそう思ったのか、念のためキャティエル伯爵家にアンジェリカが戻っているか確認したらしい。そうしたら、まだ戻っていないと言われたとか。
もしかして、私にかかわりたくないからそう言ってきたのかとも思ったが、ヒースクリフの話口調からするとどうもそうではないようだ。
「アンジェリカはとても可愛いから誘拐でもされたのだろうか……。」
私は顔に手を当てて宙を仰いだ。
「そうですね。ロザリーさんもとても魅力的な女性ですからその可能性もあるかもしれません。」
「なっ!アンジェリカの方が可愛いだろうっ!!」
「ええ。アンジェリカお嬢様もとても可愛らしいお方でございます。ただ、私はロザリーさんの方が好みですね。」
「むっ!?なんだとっ!ロザリーとやらにアンジェリカが劣ると言うのかっ!」
「そ、それはそうでしょう!私は成熟した大人の女性の方が好みですよ。アンジェリカお嬢様はとても可愛らしいですが、まだ発展途上ではありませんか。」
「なっ!!それでは私がまるで幼女趣味と言っているようではないかっ!」
「違うんですか?アンジェリカお嬢様が確か10歳の時に見初められたんですよね?」
「うっ……。う、運命の相手だとピンッときたのだ。決して私は幼女趣味では……。」
「違うんですか?」
ヒースクリフはジトッとした目で見つめてくる。私は、そっとヒースクリフから視線を逸らした。
「……それより、今はアンジェリカの無事を確認しなければ……。今からキャティエル伯爵家へ向かう。」
「はい。かしこまりました。」
私は咳払いをして気を取り直すと、今やらなければならないことを思い出し行動に移すことにした。即ち、アンジェリカの行方を探すのだ。
「それと、ローゼリア嬢を呼べ。あの者は魔女であろう?ローゼリア嬢にアンジェリカの居場所を検知できないか確認する。」
「はっ。」
先ほど襲いかけた女性を呼ぶのは相手にも失礼だとは思うが、アンジェリカの無事のためだ。我慢してもらおう。
ヒースクリフは短く返事をして執務室を出て行った。
私はその後姿を見送り、アンジェリカの無事を願うのだった。
☆☆☆
「……ローゼリア嬢?いますか?」
コンコンコンとローゼリア嬢が逃げ隠れた部屋のドアをノックし、中に向かって問いかける。急に旦那様に襲われかけたのだ。同じ男である私の問いかけに答えるのも辛いのか部屋の中からは返事がなかった。
「ふぅ。そうですよね……。」
私は深いため息をついた。
旦那様も無茶をおっしゃる。いくらローゼリア嬢が魔女だからと言っても、旦那様に襲われそうになった後に平然としているとは思えない。旦那様が怖くて部屋の中で息を殺しているのだろう。そんなローゼリア嬢に旦那様の役に立てというのは心情としてはやるせないものがある。
すべては旦那様のせいなのだし、ローゼリア嬢が拒んだところで問題ないはずだ。アンジェリカお嬢様を早く見つけるためにはローゼリア嬢に協力して欲しいのはわかるが……。旦那様にはローゼリア嬢の心も汲んで欲しいものだ。
「……旦那様が申し訳ございませんでした。アンジェリカお嬢様がお屋敷から姿を消しました。ご自宅に戻られたのかと思いましたが、ご自宅にもまだ到着されていないご様子。どこかでトラブルにでも巻き込まれてしまったのではないかと心配しております。どうか、ローゼリア嬢のお力をお借りできませんでしょうか。」
それでも、ローゼリア嬢はアンジェリカお嬢様のことを気に入っていたように思われる。旦那様のためではなく、アンジェリカお嬢様のためになら協力してくれるのではないかと思い声をかけた。
「…………。」
しかし、待てども部屋の中からはローゼリア嬢の返答はない。やはり、声も出せないほどショックが大きかったのか。そうであるならば、せめて女性の使用人でも一人ローゼリア嬢の側にいた方がローゼリア嬢が一人でいるよりも安心できるのではないだろうか。
アンジェリカお嬢様のことも心配だが、ローゼリア嬢のことも心配だ。女性の使用人を一人手配するくらいの時間はとっても問題ないだろう。すでに、腕の立つ使用人の数人にはアンジェリカお嬢様の捜索をお願いしているし。
そう思って私は、近くを通り過ぎた女性の使用人に声をかける。
「マリ。旦那様の所為でローゼリア嬢がこの部屋に閉じこもってしまっているんだ。すまないが、時々様子をみてやってはくれないだろうか。」
マリという使用人は私の方を一瞥すると、「かしこまりました。」という返事をして部屋の中に入っていた。それから、すぐに首を傾げながらマリが部屋から出てきた。
「あの……。ヒースクリフ様。ローゼリア様はこの部屋にはいらっしゃらないようですが……。」
「えっ!?」
申し訳なさそうに告げるマリの言葉に私は驚いて目を丸くした。
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