29.「舞②」
派手な音と共に、まっ平な廊下の地面に背中から倒れる。
仰向けのまま、全身で大の字を作りながら、しばらくピクリとも動かなくなって――
「――アハッ……」
こぼれ出る。笑いが。
「……アハハッ、アハハハハハッ!」
溢れ出る。狂喜が。
陽介は、ダンダンと足を踏み鳴らしながら、バタバタと両手を振り回しながら、
ケラケラケラケラケラケラケラケラ、
ツボにハマッて抜けられなくなったガキみてーに、大の字のままひたすら爆笑していた。
――その姿を見て、俺はもちろん『引いてる』。
「……アマリッ! お前……、やっぱサイコーだよッ! お前、面白過ぎ――」
ガバッ、と陽介が起き上がって、呼応するかのように俺の身体がビクッと震える。
およそ受け入れられないであろう『異形』を眼の当たりにして、
およそ対処の仕方に困っていた俺は――
「――えっ……?」
気づく。
異形の、変貌に。
眼前の金髪猿……、ガキみてーにキラキラしたツラでこっちを見てやがる陽介の瞳は、
淡く澄んだ、綺麗なブルーカラーに染まっていた。
「……お前、その眼……、えっ――、青眼……?」
「――あっ? もしかして俺の眼変わってる? ……アハハッ! 違う違う! 俺は『青眼』じゃないよ。……いや~、何年振りかなー! 『元の眼の色』に戻るの!」
「……どういうコトだ?」
疑問符が、グルグルと頭上を高速回転しており、
「……前にも言っただろ? 俺の母ちゃんアメリカ人、金髪ブロンドヘア―で……、ブルーの瞳をしててさ。ガキの俺も、しっかり遺伝されてるってワケ」
――ピタリと止まって、バリンと砕ける。
「俺の色眼は『
……カラス……、『黒眼』――
――そう、いう、コト、ね……
……常に『色眼』を発動させていたんだったなら、異能をいつ使っても誰にもバレないワケだわな。周囲に『擬態』している陽介は、明るいバカのように見えてホントウは全てに対して『虚無』的だったってことか――
――なんだか、ドっ――、と疲れが押し寄せてきた。
……眼前の陽介が、いつまた『憑依』の異能を発動させるかわからない。そうなったら俺はもちろんオワリ。けど……、なんだか奴は『ソレ』をしない気がしていた。俺としても、『鬼』をブン殴るっていう目的は果たしていたワケで、後は――
「――アマリ、久しぶりに楽しかったよ。自分の思い通りにならなかったことなんて、生まれて初めてカモ。……もう死んでもいいや。俺のコト、殺してくれよ」
「……やんねぇよバカ、死にたいなら勝手に死ね」
「……アハハッ! お前ならそう言うと思った」
無邪気な金髪の子猿は、相変わらずケラケラと愉しそうに笑ってやがる。
「――そういえばさ、俺もイッコだけ気になってたコトがあるんだけど、聞いていいかな?」
「……んだよ?」
何の気なしに、返事を返して。
「アマリってさ、『鬼』なの?」
その言葉の意味を、すぐに理解することができなかった。
「――はっ……? ……いや、鬼は、お前……、だろ?」
「……そうなの?」
「……あっ?」
……何だ、コイツ、何なんだ?
――さっきから、『何』言ってやがる?
会話がかみ合わない。気持ち悪い。
形容不能の違和感が、背筋をスッとなぞって――
「このゲームが始まった初日……、昇降口の靴ロッカーにノートの切れ端が入ってて、そこに書かれてただろ、自分が鬼か、そうじゃないか――」
「あ~! アレ……、『そう』だったんだ」
一抹の……、いや、百抹くらいの――
「ゴミだと思って、中身見ないで捨てちゃった」
嫌な予感が、見事に的中する。
「……お前、じゃあなんで、ハギと、雪村を――」
振り絞るように声を出す。……正直俺は、混乱していた。
――完成したばかりのジグゾーパズルを、コナゴナに砕かれて――
「なんでって……。鬼だろうが、人間チームだろうが……、『最後の一人になれば勝ち』――、コレは、そういうゲームだろ?」
ニヤッ――、と無邪気に笑った陽介の顔は、
――およそ、何を考えているのかがわからない、一切のシンパシーを感じられない――
『どっかのだれかさん』の生意気な笑顔と、酷似していた。
廊下に腰を落としていた陽介が、スッと立ち上がり――
「アマリ、俺はお前に負けた。……俺のコトを殴ったあと、やろうと思えばナイフを使って両眼をえぐることだってできたんだ。だけど、お前はそれをしなかった。――俺はこのゲーム降りるよ。自分が鬼かどうかとか、もうどうでもいいや」
テクテクと、半開きの口で呆けている俺の横を通り過ぎる。
「じゃあな、またお前に会えるかかどうか、わかんないけどサ――」
クルッ――、と一度だけ振り返って、
「『ラスボス』に、ヨロシク言っといて」
再びテクテクと、深淵のグラウンドへと消えていった。
ぐるぐるぐるぐる、
頭が、回る。
グルグルグルグル、
思考が、巡る。
――結局鬼は……、一体『誰』なんだ?
……確定事項その一、『俺は自分が鬼じゃないこと』を知っている。
……確定事項その二、今日の時点で『プレイヤーの生存状況』の連絡が来ていたということは、ゲームは続いているコトになる。つまり、萩と雪村は鬼じゃなかった。
最初の読み通り陽介が鬼だったのか、それとも――
俺の脳内、やたら愛想のない一人の女子高生が、無表情のツラで俺のコトを見つめていて――
――わからない。判断材料が足りない。
……とりあえず、アザミの所へ――
そう思って、――でもピタリと足を止める。
……俺はこのまま、ノコノコと屋上に向かっていいのだろうか。
……アイツは、このゲームに生き残るコトに執着していた気がする。
――もし、アザミが『鬼』で、そのことをずっとひた隠しにしていたとしたら――
「――って待てよ……」
――お、に、は、め、も、か、み、も、そ、ま、っ、て、い、る――
……そうだ、『啓示』――
……アザミの異能によれば、鬼は『髪染めしている誰か』というコトになる。
……つまり、やっぱり金髪子猿の陽介が鬼ってコトに――
……。
……。
……コトに、なる、ハズ――
「……なんだろう」
――形容不能の違和感。喉の奥で『ナニカ』が引っかかる。
……何か、おかしい。何か、矛盾が――
「――あっ……」
……そうだ、そうだよ……、『オカシイ』じゃねぇか。だって、奴は――
「……だとしたら」
――だとしたら、だとしたら、だとしたら、だとしたら。
……だとしたら、『アイツ』はウソを吐いているってコトじゃねぇか……。
……どうして、そんなウソを――
――考えろ。
――考えろ考えろ考えろ考えろ。
思考を、止めるな。
できうる限り、全ての想像を尽くせ。
――真相を、炙り出すために――
「……もしかして」
およそ突拍子もない……、
でも、全てに納得がいってしまう一つの『仮説』。
もし、『そう』だとしたら、全てが繋がる。
――わからないのは、動機だけ。
「……本人に、聞きゃあいいか」
――ボソッと、独り言をこぼして。
ノロノロと、やる気のない足取りで目的地へと向かう。
紫色の眼をした、アイツがいる場所へ。
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