▪一方通行
「──ってことがあってさ。アイツ、慎重すぎて正直うぜェ」
「はぁ……」
私は教室の真ん中で、松宮実咲を捕まえて話を聞かせていた。
成谷の幼なじみであるらしい彼女、以下ミサはいつも表情が崩れない、ちょっと変わったやつだ。
出席番号がちょうど七つ違いで、席が近かったためいちばん最初に仲良くなった。
「正直、アイツがなんで私に告白してきたのかも疑問だし、関係隠すのもバカバカしくなってきたわ」
「ものすごく広まってるからね……わたしも友達から聞いたよ」
「だよな……もしかしたら私が有名人過ぎるのかもしれない。──ハッ。もしかして私って人気者?」
「なんだろう。すごく鼻につくよ……」
正直に言って、成谷はなんだか理屈っぽい。思慮深すぎるというのもいかがなものか。
さすがにそこまでミサに言うつもりは無いが。
「しかもさー、今度デートすることになったんだ」
「……おぉー、いいね! どこで?」
「近所のイオン」
「等身大だぁ……」
しばらく愚痴った後で、ふわーっと、ミサに対してある疑問が浮かんだ。
「つーか、ミサって好きな人とかいたりするの?」
その瞬間、彼女の動きが止まった。わりかし楽しそうにしていたのに、突然黙り込んだ。
「おーい、ミサ。おーい」
「──アディオス」
「死ぬってことか? ……おい、早まるなよ! 恋は実るって」
「まだフラれたわけじゃありません〜!」
窓を突き破ろうとする彼女を抱えながら、思考を加速させる。
彼女は、成谷のことが好きなのだろうか。
いや、でも幼なじみと恋に落ちるなんて幻想だろう。私にも何人か男の幼なじみはいるが、『興味無い』『こいつを好きになる奴の気が知れない』『彼氏はきっとドM』とか言ってくる。
ま、私含めて全員モテないんだがな。滑稽だ。
「あ、今の紗月すごく悪い顔してた」
「えっ。してねーよ」
私はわざとらしく咳払いをしてから、
「と、とりあえず。成谷の魅力を知るためにも、今度のデートはそこそこ気合い出して行ってやろうと思う」
そんなことを口走った。何故だろう。アイツなんかのために、そこまで言うだなんて。自分でも驚きだ。
「お、良いんじゃない! 私の分まで頑張って!」
「なぁ、ミサってやっぱり……」
「違うよ! 幼なじみだからってこと!」
そうには見えないが、そこまで言うなら信じてやるか。
そうして話が一段落し、しばらくの沈黙があったあと。忙しげにドアを叩く者がいた。何やら嫌な予感がする。
「おーい、鈴本!!」
「!?」
そんな声がしたので、私は猛然とダッシュし、反射的に拳を振り上げてしまったのであった。
「あの……サーセンした」
「連絡はLINEか電話ってこの前言ったばっかだよね!? なんで同じ過ちを繰り返すんだよテメーは」
私がそう啖呵を切っている中でも、成谷は穏やかな目で笑っていた。
いつもながら腹の立つ顔だ。茶髪は寝癖でぴょんと跳ねているし……
ん? 跳ねているのだが、
「成谷って、結構いい顔してんのな」
「なんだ!? ドSなのか!?」
そういうことじゃねぇよアホ。乙女に噛み付いてくるな、紳士だろう?
「ってか、今度はなんの用だ」
「あ、はい。えっと」
成谷はそう言うやいなや、ポケットから一冊の本を取り出して、それを私に手渡した。
「……これ、何?」
「劇の脚本をどうするか必死に考えてた時期があってさ。そりゃあ寝不足で大変だったんだが、ボツになったやつを小説風に書いてみたんよ。そしたら、角川の短編集に乗る事になった」
彼は嬉しそうに語った。
「めっちゃすげーことじゃんか!!」
「そんなに食いついてくれるなんて意外だな。……だから、鈴本に渡しておこうと思って」
私は、手渡された本の表紙を見た。
『角川短編小説集 五分で笑える、泣ける読書』
文学少女の凛々しい横顔とともに、そうデカデカとタイトルが載っていた。
成谷に文才があったとは。まるで知らなかった。
「あの、やっぱ成谷って実はすごかったりするの?」
「まぁな。……ただ、重大なミスを一点してしまった。それは帰ってから探して欲しい」
なんだ、それは。どうせ大したことじゃないだろ。
そう思いつつも、私は急いで帰宅した。
店の手伝いはあとにして、自室の椅子に座り、アイツから貰った本を広げた。
ペンネームを聞くのを忘れていたが、あのアホのことだから本名で掲載しているだろう。いや、本名の人を馬鹿にしているわけじゃないからな。
何も考えないでフルネームにしてるんだろうな、と私が思っただけだ。
「ん──っと、あったあった」
やはり本名。割と最初の方に、アイツの作品はあった。どれどれ、『あの子のために出来ること』……ほう。結構いいタイトルじゃないか。私はあまり本を好む方ではないが。
そういえば、アイツの下の名前ってなんて言うのだろう。まぁいいか。目の前に書いてあるだろうし『著者 成谷海苔と』……うん?
私は二度見した。いや、四度見くらいはした。
「うん。何回読んでも『海苔と』じゃん」
こいつ……やっぱり、馬鹿だな。
普通、出版社に送る前に気づくだろう。どこまで間抜けなら気が済むのか。
「待てよ」
ここで、私は一つの仮説を立ててみる。もしかして、アイツ。
いや、そんなまさかな。どんなに成谷がアホでも、それは無いか。一応、私の妄言だと思って聞いて欲しい。
「ラブレターの送り相手、間違えたんじゃね?」
ズボラな私に告白するような自信家が、いちいち手紙なんか使ってアプローチをしてくるなど、違和感のあることのように思えたのである。文章の中身もあまりにもチープだった。
それに、屋上に行ってからのアイツの反応はかなりおかしかった。わざと大きな足音を立ててやったのに、姿を現した途端に表情が豹変したし。
「まー、考えてもしゃあないか。合わないなら別れればいいだけ」
成谷から貰った小説は明後日のデートの後に取っておくとしよう。
私は急いで着替えて、店の手伝いに向かった。
『鈴本喫茶店』
私の生まれた場所であり、大好きな場所だ。
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