4母親の狂気

「コンコンッ。」


 ドアがノックされた。ヒナタがカギを外してドアを開ける。そこには母親がいたが、別に母親がいたところで電話は終わっているし、何も問題がない。


「どうしたの。母さんが僕の部屋に来るの珍しいよね。夕飯には少し早い気がするけど。」


「いったい、誰と電話していたのかしら。母親に内緒で電話なんて、彼女でもできたのか、それとも、私に言えないような悪い大人にでも電話していたのかしら。彼女という線はなさそうね。だって、ヒナタとミツキが二人でいるのだもの。彼女なわけがないわよね。」


 母親はさっきの電話を聞いていたのだろうか。電話が終わったこのタイミングでドアをノックしたのは偶然だろうか。それとも、終わったのを確認してから来たのか。


「お母さんに秘密はいけませんよ。さあ、いったい誰と電話していたのか話してみなさい。もし話さないなら、私がその相手に直接電話して確認します。」


 どうしたらいいものか。正直に自分たちの祖父と電話していたことを伝えてしまおうか。しかし、それではこの前、家の前で見た光景のように、母親は怒り出して収拾がつかなくなってしまう。

 


 双子はアイコンタクトで、おじいさんに電話したことは話さないでおこうと決めた。どうにかしてごまかさなければ。そう思って、ヒナタが話を切り出した。


「そういえば、今日の夕飯は何かな。僕、お腹がすいたから、もしまだできていないなら、夕飯作るの手伝うよ。勉強のことは気にしなくてもいいよ。」


「俺も手伝うよ。ヒナタが手伝うっていうのに俺は手伝わないなんて変だしね。それに俺も勉強については問題ないから。」


「そうなのね。それはありがたいけど、先に電話の相手を教えてくれる。お母さん、それが気になって気になって夕飯どころではないから。」


 やけに電話の相手が気になるようだ。双子はどうしようかとまたアイコンタクトをする。

ヒナタが電話の受話器をまだ手に持っていたので、すばやく電話の通話履歴を消そうと受話器のボタンを押そうとする。


「そんなに話したくないなら、別に話さなくてもいいわよ。だって、お母さんはあなたたちが誰に電話したのか知っているもの。どうして、三者面談があることを言ってくれなかったの。話してくれれば、予定を空けて、あななたちの進路について先生としっかり話すことができたのに。それなのに………。」


 そこで言葉を止める。どうして三者面談があることを知っているのか。まだ双子は話していなかったはずである。


「三者面談について話していなかったのはごめん。受験勉強で忙しくて話すのをつい忘れていたよ。」


「そうそう。それに母さんも何かと忙しいから、暇な時を見て話そうとは思っていたんだよ。別に隠そうなんて思っていないから。」


 双子は話さなかった理由をもっともらしい言い訳を添えて話し出す。それでも母親は秘密にされていたことがよほどお気に召さなかったらしい。加えて、電話した相手にも腹が立っているようだ。


「言わなかった理由はわかったわ。じゃあ、どうしてあのくそじじいに三者面談の相談をしているのかしらね。私には時間がなかったから話さなくて、あのじじいには電話する時間があるわけね。矛盾していると思わないなんて、あなたたちも案外お馬鹿さんなのね。」


 双子は母親の言葉に驚いた。三者面談だけではなく、電話の相手もばれているなんてどういうことだろう。嫌な予感がした。


「どうしてわかったかのか、という顔をしているわね。たまたま、ヒナタの部屋を掃除していたら、三者面談についてのプリントを発見したの。そして、今日の電話。わざわざ受話器を持って自分の部屋で電話するなんて、隠し事がない限りしないはずでしょう。それで、私に聞かれたくない電話の相手と考えた。全部推測でしかないけれど、当たっているようね。顔にしまったと書いてあるわよ。」


 ここまで言われてしまったら、隠していても仕方ない。母親がどのような反応を示すか想像がつかないが、本当のことを話した方が隠し続けるよりましだと判断したのだろう。ヒナタは観念して話すことにした。



「隠していてごめん。最近、母さんが疲れているように見えたから、三者面談に来てもらうことにためらいを感じたんだ。もう中学生になったし、自分のことは自分で決められる。そう先生にも伝えたけど、先生はどうしても保護者と話がしたいと言い出して聞かなくて。でも、母さんには迷惑をかけたくないから、ミツキと話し合った。僕たちにはおじいさんがいたことを思い出した。だから、ダメもとで電話してみた。母さんはおじいさんのことが嫌いみたいだから、話しづらかった。」



「私に迷惑をかけたくないなら、素直に話すべきだったわ。だって、学校に行って先生と話すだけなら、簡単なことでしょう。ヒナタもミツキも優秀だから、高校受験も心配はいらないわ。だけど………。」


 だけど、と続ける声には抑揚がなく、声も低くて部屋の温度が一気に下がったようである。


「だけど、あのじじいに電話するなんて、私がどれだけ傷つくかわからなかったの。私はあいつを殺したいほど憎んでいる。でも、あの人の親であるから殺さないでいてあげるの。ただ親というだけで我慢しているだけなの。それをあなたたちは頼ろうとした。」


 そう言うと、ヒナタがもっていた電話の受話器を奪い取り、通話履歴を確認すると、床にたたきつける。受話器が音を立てて、床に転がる。そして、受話器を足で踏みつける。勢いをつけて、ガシガシと容赦なく踏みつける。受話器はバラバラになり、使えなくなってしまった。


 その行動に双子は母親の狂気を感じ取る。しかし、母親の狂気から逃れようにも部屋の入口は母親がふさいでいて、逃げ場はない。双子は途方に暮れていた。


「これで、連絡を取ることもできないわね。あのくそじじいに直接会おうなんて思わないことね。会ったらどうなるかわかるわよね。息子と言えど、容赦はしないから。」


 母親は部屋から出ていった。部屋にはしばらく静寂が広がっていた。しかし、緊迫した空気はなくなりつつあった。


「おじいさんの言っていたことがわかったような気がするよ。」

「俺も。まさかとは思っていたけど、受話器を壊すほど、おじいさんが嫌いなんて。」


「はあ。」

 

 双子は深いため息をついた。三者面談は母親が来ることが確定した。今のままの精神状態では何を言い出すのかわからない。三者面談が来るのが憂鬱な双子であった。

 


 母親の言う通り、双子が土曜日に祖父に会うことはなかった。その日は、母親が双子を見張っていた。どこか出かけようものなら、一緒に行くといって聞かず、無理やりついて来ようとした。あまりのしつこさに双子は祖父に会うのをあきらめたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る