2壊れた日常

 双子の祖父が家に来てから、双子の母親はさらにおかしくなった。何もしない上に、双子を見ては、まるで父と間違えたかのような行動をとり始めた。


「あなた、仕事はどうでした。今日も大変だったでしょう。」

「夕飯の支度は私がしてあげるから、席について待っていていいわよ。」


 母親の最愛の夫はすでに亡くなっている。とうとう、気がふれてしまったのだろうか。双子は母親のその行動に恐怖を覚えた。明らかに自分たちを父親と勘違いしている。

さらには、やってもいない食事の支度をあたかも自分がやったかのようにふるまっている。食事は双子が作っていて、自分は何一つ作っていないのに。


 そして、行動はさらにエスカレートしていく。双子を自分の夫と勘違いしているということは、一人は自分の夫と間違えているということだ。そうなると、もう一人の存在を母親はどのように認識しているのだろうか。


「あなた、今日もお疲れさま。あら、どうして双子に分かれているの。私の夫は一人のはずだけれど。」

「私の夫は一人だから、どちらかは偽物ということ。私たちの仲を裂こうというのね。そういう悪い輩には私にも考えがあるの。」



 母親には自分の息子二人が夫に見えているようだった。そして、息子のことは完全に母親の頭にはないようだ。双子は何とか母親を正気に戻そうと必死に話しかける。


「母さん、父さんはもう死んじゃったよ。もう、この世にはいない。僕たちは母さんと父さんの子供だよ。」


「母さんは俺たちの面倒を見てくれると言っていたけど、あれは嘘だったの。俺たちは母さんの子供で父さんじゃない。」


 双子がかわるがわる話しかけると、母親はじっと息子二人を見つめる。すると、突然喚きだす。



「どうしたの。あなた、私のことわすれちゃったの。確かにお見合い結婚だったけど、その後、二人で愛を育てていったじゃない。全部忘れちゃったのね。そうよ、私を試しているのね。どちらが私の本当の夫か、見極めてやるわ。」


 勘違いはまだ続いているらしい。もはや、自分に子供がいたことも忘れているようだ。母親は台所から包丁を持ち出すと、自分の息子二人に近づいた。


「私の夫なら、死なないはずだわ。だって彼は不死身で私を残して死んだりしないもの。これで刺して死なない方が、私の本当の夫だわ。」


 そういって、包丁を向けてきた。双子は階段を駆け上がり、階段に一番近い二階の部屋に駆け込んだ。そこは双子の兄、ヒナタの部屋であった。幸い、部屋は鍵がかかる仕様であったため、鍵をかけ、部屋にあったいすや机をバリケード代わりに使い、母の襲撃に備えた。

 

 しかし、母親は部屋まで来なかった。双子は一晩中、交代で休みながら警戒していたが、朝になっても、部屋をたたく音も母親の声も聞こえなかった。次の日は土曜日であり、学校には行かなくてよい。



 双子はそっと扉のバリケードの役割をしていた机やいすを取り除き、部屋を出た。二階の廊下には誰もいなかった。恐る恐る一階に降りてみる。一階のリビングで母親は泣いていた。


「ごめんね。ごめん。息子たちは私が守るからね。きっといい子に育て上げて見せるよ。」


 泣きながら、誰かに話しかけていた。部屋には誰もいない。双子は意を決して母親に声をかける。




「母さん、おはよう。」


 兄のヒナタが話しかける。それに続き、弟のミツキも「おはよう」と挨拶する。


「おはよう。ヒナタ、ミツキ。ああ、もう朝なのね。ごめんね、今から、朝ご飯の準備をするから、席について待っててね。今日は何曜日かしら、急がないと学校に遅れちゃうわね。」


「大丈夫だよ、今日は土曜日で学校は休みだし。僕たちがご飯の支度をするよ」

「そうだよ。母さんこそ、休んでいていいよ。他の家事も俺たちがやっておくから。最近、あまり寝てないだろ。クマがひどいぞ。」


「そうね、じゃあ、お言葉に甘えてすこし休もうかしら。」


 そう言って、母親は席に着く。ヒナタが人数分の食パンをトーストして、ジャムを塗って皿に乗せる。ミツキもそれぞれのマグカップに牛乳を注いでいく。


 二人も朝食を机に並べ終えると、席に着く。



「いただきます。」


 さっそく朝食を食べようとすると、母親がそれを遮った。


「そういえば、あの人はどこにいるのかしら。あの人がいないのに先に朝食を食べ始めるなんてダメだわ。やっぱり食事は家族みんな揃って食べた方がいいに決まっているわ。」



 どうやら、自分の夫が死んでしまったことを忘れてしまったようだ。自分の息子を夫と間違えなくなっただけましというべきだろうか。自己防衛本能が働いて、現実逃避をしているのだろうか。


「父さんは仕事に出かけたよ。『土曜日なのに珍しく出勤だ』と言って、いやそうに朝早くに出かけていったのを見ているから、一緒に朝食は食べられないよ。」


「そうそう。だから早く食べようぜ。冷めないうちに食べてしまおう。」


 双子はもう、以前のような優しい面倒見の良い母親は戻ってこないだろうと思った。そして、心に決めたことがある。これ以上、母親を狂わせないために、父親が生きていることにして話を進めていこう。


 こうして、三人の嘘にまみれた生活が本格的に始まったのだった。今までの平穏な日常は壊れてしまった。

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