第5話 異変

 カイラを人質に取られたのでは、お手上げだった。

 仲間は全員大事であるが、その中でも特に、カイラは妹のように可愛がっている。


 ラクシュミーは剣を落とし、諸手を挙げた。


「降参。うちの負け」

「案外、あっさりと敗北を認めるんだね」

「悪あがきしても、しょうがないっしょ」

「だからって、全員生かしておくとでも思っているのかい?」


 カーリーは曲刀を突きつけ、ギロリと睨んだ。


「あたしらは容赦がないことで名の知られているカーリー海賊団だよ。あんた達みたいな甘っちょろい海賊団とは違うんだ」

「それで? うちらを皆殺しにするってゆうわけ?」

「皆殺しだって? 馬鹿言うんじゃないよ。あたしは、あんたの腕は買っているんだ」


 カーリーの刃が、ラクシュミーの喉に押し当てられた。


「姉様ぁ!」


 カイラが悲痛な叫び声を上げる。


「選びな。二つに一つだ。あんただけは生かして、仲間に加えてやってもいい。それを断るって言うのなら、あの役立たずな妹分も含めて、全員殺す」

「ちょっと待った。誰が役立たずだって?」

「人質に取られている、あんたの妹分だよ」

「カイラは役立たずじゃない。取り消せ」

「はっ! 泣かせてくれるねえ! そんなにあの妹分が大事なのかい?」


 カラカラと笑うカーリー。


 そんなカーリーのことを睨みつけながら、ラクシュミーは喉元の曲刀を素手で掴み、力任せに引き剥がした。


「今言った悪口を、取り消せ」


 鋭い目と、強い口調で、威嚇してくる。


「!」


 たちまち、カーリーは曲刀を構えたまま、動けなくなった。

 ラクシュミーはというと、刃が手の平に食い込んで、血がしたたり落ちている。下手したら手を切り落とされてしまう。それなのに、まったく気にする様子も無く、むしろカーリーの曲刀をどんどん押し返している。

 その壮絶なまでの威圧感を受けて、カーリーはかえって嬉しそうに笑みを浮かべた。


「こいつは……あたしの見込みが甘かったね……」


 ニヤリと笑いながら、曲刀を持つ手に力を込める。


「あんたは生かしても、人の下につくような女じゃないね。いいだろう。情けをかけるのはやめだ。きっちりとその首、刎ね落としてやるよ!」


 まさにカーリーが、ラクシュミーの首を、曲刀を掴んでいる手ごと切り落とそうとした、その瞬間だった。


「そいつぁ、困るな」


 船の上の方から、男の声が降ってきた。


「何だ⁉」


 驚いたカーリーが、帆の方を見上げた。他の者達も一斉に、頭上へと目線を向ける。


 帆の先端に、一人の男が立っている。纏っている紫色の衣服は、遠い異国、中華の地の物だ。長髪を風にはためかせ、立派なあご髭を手でしごきながら、口元に笑みを浮かべて女海賊達を見下ろしている。


「誰だ、お前は!」


 突然の乱入者に向かって、カーリーは吼えた。


「俺の名は高俅こうきゅう。ま、忘れてくれても構わないぜ」


 高俅と名乗った男は、帆の上から跳躍し、ふわりと甲板に降り立った。まるで身体の重さを感じさせない、柔らかい着地の仕方だった。

 そして、カーリーとラクシュミーに目を向けると、フッと笑みを浮かべた。


「さーて、ちゃっちゃと済ませちゃいますか」

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