後輩ちゃんと、ブヒる姫と

 ASMR研の部室では、音更さんがカナルヘッドホンで川の音を聞いている。


「えっ、もう新入部員いるの?」


 俺の話を聞き、音更さんが驚いていた。


「うん。元いた部に退部届出したら、直接こっちに来るって」

「ふーん。マニアックすぎて入りづらそうな部活名にしたのに」


 そんなにイヤだったんだ。


「人集めに消極的だね、音更さんって」

「理解しがたい趣味だからね。人の役には立つと思っているけれど。どうしても野次馬が来ちゃう。だから、人を寄せ付けない部にしたんだよね」


 そうか、チャカされるのがイヤなのか。

 中途半端な活動だと、どうしても冷やかし賑やかしが来てしまう。それを避けるための処置らしい。


「よっす。進藤しんどう 直哉なおやでっす。よろしくっ」


 茶髪のクラスメイトが入ってきて、音更さんは席を立つ。


「部員って進藤くんだったんだ。よろしく!」

「といっても、何をする部活なのかさっぱりなんだけど。いいのか?」

「お前くらいが、ちょうどいいんだよ。よく知らない人にもわかる部を目指すには」


 俺も音更さんも、音に関してはやや詳しめだ。

 まったく知らない人間相手に、音や音楽の魅力は伝わりにくい。意識していない限り。


「悪いね。二人の愛の巣にお邪魔する形になってさ」


 音更さんは、進藤のギャグに苦笑いを浮かべる。


「まったくそんな気配、ないけどな」

「うん。まったりしてんなー」


 部屋を見回し、進藤はため息をつく。


「カップルの部屋ってなんつーか、独特の居心地の悪さがあるんだよ。ここには、それがない。だから敵意すら湧かないな」

「だろ? 俺たちは至って健全な||」


 進藤にこの部の潔白を証明できたと思った瞬間、入り口のドアがピシャリと開く!


「やっぱりここにいた、進藤先輩っ!」

「げっ東風こち!」

「ミミです!」


 ビビる進藤を尻目に、東風 ミミちゃんはズカズカと部室に入ってくる。


「もう先輩っ! お二人のイチャイチャランドにお邪魔しちゃダメじゃないですか! ホンット、デリカシーないんだから!


 進藤の制服から出ているパーカーのフードを、ミミちゃんの手が引っぱった。ミミちゃんはそのまま、進藤を引きずっていく。


「先輩、今日も揚げ物を買いに行きますよ! 今日はお肉屋さんのできたてコロッケを買いましょう行きましょう!」

「ちょちょちょ、待ってくれ。まだあいさつも終わってない」

「何がです?」

「オレはこの部に入ることにしたんだ!」


 ミミちゃんの足が止まる。


「部室だったんですか。てっきり逢い引きの場所だと。何部なんです、ココ?」


 進藤は、音更さんに視線を移す。


「SM部だっけ?」


 即座に、音更さんが「ASMR研究会だよ」と訂正が入った。

 なんでSMが部活動として認可できるとか、思ってるんだよ。


「そうそうエーエスエムアール? そこに入るんだよ。ここでオレはSMを極めるんだ」

「音を極める部活だよっ」


 またしても、音更さんが修正を加える。

 とりあえず俺が間に入り、ミミちゃんに事情を説明した。


「急に部活を辞めたから何事かと思ったら、そうですか。わかりました。わたしも入りますっ」


 ちょっと待て。とんでもないことを言い出したぞ。


「え? ミミちゃん、ウチに入ってくれるの。どうして?」

「先輩がお二人のお邪魔をしないように、監視する必要があるからです」


 鼻息を荒くして、ミミちゃんは腰に手を当てた。


「サッカー部のマネージャーとかけもちするの?」

「別に。もう辞めてきたんで」

「よく考えてね、ミミちゃん。そんな理由で、いいの? マネージャーのお仕事とか、投げ出しても構わないの?」


 責任を感じてか、音更さんはミミちゃんを説得する。


「他の部員のユニフォーム洗濯するとか、正直ウザかったので。先輩のならパンツだってなんだって洗ってあげるんですけどね」


 なんとも、若い子は切り替えが早い。


「いい子じゃないか。なんでお前、ミミちゃんが苦手なんだ?」

「愛が重すぎるんだよ。もっと普通がいい」

「お前みたいなその日のノリで生きてるチャランポラン野郎は、これくらい束縛してくる子がちょうどいいんだよ」


 とにかく、進藤とミミちゃんの入部申請を即座に済ませる。全員顔見知りなため、自己紹介などはナシ。


「で、音更さん、部活は何をするんだ? 音が関係してるんだよな?」

「それは、ミミちゃんが教えてくれたよ」


 進藤の横で、ミミちゃんが「?」と首を傾けていた。


「みんなでコロッケを、食べに行きます!」

「いいですね、沙和ちゃん先輩っ!」


 ワイワイと、女子二人は盛り上がっている。


「なあ棗、この部って、こんなにフリーダムなのか?」

 商店街までの道のりを歩きながら、進藤が聞いてきた。

「こんなレベルじゃねえ」


 スーパーの向かいにあるミートショップで、コロッケのできあがりを待つ。


「ああ。このパチパチッて音、たまんない。部室じゃ絶対に、火の扱い許可なんて下りないもん」


 カリカリに揚がっていくコロッケを、音更さんはジッと見つめている。


「サクサクしてておいひいーっ!」

「ねーっ。音がいいよねっ! 耳が幸せ」


 できたてのコロッケを頬張って、音更さんは満足げだ。


「はい。進藤先輩とこの味を堪能できて、わたし幸せです!」


 ミミちゃんは、自分のことを言われていると思っていることだろう。


 

「どう? こんな何もない部活動だけど、続けてくれるの?」

「はい。おいしいものを食べられて、先輩と一緒にいられるなら、幸せです!」


 こうして、一気に部員が二人増えた。

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