水たまり


 通り雨は、帰る道すがら、やんだ。

 アスファルトの舗装路の、少しくぼんだところには、ひたひたと水たまりができていた。水たまりには、ちらっとのぞいた青空と、太陽の光がきらっと映じていた。

 俊郎は、家路を歩いた。

 すると、しばらく行った先の水たまりのそばに、若い女性がひとり、立っていた。

 女性は、まるで池でも観察するように、じっと水たまりに見入っているのである。

 なんだろう?

 なにか変わったものがあるのか?

 俊郎は、さらに歩を進めた。

 すると、若い女性は俊郎に気がついて、

「あら。きみも水たまりを見にきたの?」

「え? いや」

 俊郎は、あいまいな答えを返した。

「なにか……なにかあるんですか?」

 水たまりは、相変わらず青空と、二人の顔とを映している。

「こんな、ただの水たまりに」

「ただの水たまり?」

 若い女性は、はっとして、俊郎を見た。

 それから、慌てたようすであたりを見回すと、俊郎に耳打ちをした。

「あなた……まさか、ちがうの?」

「え」

「あなた、ちがうのね。それなら、早くここから立ち去ったほうがいいわ」

「…………」

 ちがう?

 なにがちがうのだ?

 どうして早く去ったほうがよいのだ?

「どうしてもよ」

 若い女性は、問わず語りに言った。

「とにかく、立ち去ったほうがいいわ。早く」

「しかし」

「早く」

 と、急かすので、俊郎は言われたとおり、女性を置いて先を歩いていった。

 どういうわけだ?

 どうして立ち去れなんて言ったのだろう。

 考えれば考えるほど、わけがわからない。

 しばらく行った先で、俊郎はまた、いま来た道を振り返った。

 水たまりのそばには――

 まだ、あの女性がいた。

 いや。

 彼女だけではない。

 水たまりを、何人もの人が取り囲んでいるのだ。

 若い人や、年寄り、それに子どももいる。

 ――なんだ?

 大勢の人たちが、ただの水たまりを、じっと眺めているのである。

 なにを見ているのだ?

 そこになにが見えるのだ?

 俊郎は、気になったが……

 引き返すことはしなかった。

 あの女性が、あれほど立ち去れと言っていたのと……

 連中が、自分とはちがうなにかであるということは、嘘ではないと思われたからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る