出張の朝


 新幹線改札口の手前で、洋子は立ち止まった。

 切符を取り出そうと思ったのだ。

 ビジネスバッグを開けて、チケットホルダーから、しまっておいた切符を取り出した。

 あれ?

 洋子は首をかしげた。

 切符が二枚あるのだ。

 そんなはずはない。

 見ると、このM駅からO駅までの「乗車券・特急券」が二枚ある。

 往復で二枚あるのではない。同じ、M駅―O駅間の切符が、二枚あるのだ。

 検分すると、一方は自由席の切符である。取り出そうとしたのは、この切符なのだ。もう一方は、指定席に座ることができる切符だった。そのため、号車と座席番号が記載されていた。

 なによこれ?

 切符は、昨日のうちに、駅の窓口で買っておいたが――

 会社から旅費として支給されるのは、あくまで自由席の運賃なのだ。だから、切符の値段は前払いの額ぴったりで、お釣りがでなかったことを覚えている。

 座席指定の切符など、買ってもいないし、前払いの額では買えないのだ。

 鉄道会社のサービスだろうか?

 まさか。そんな話、聞いたこともない。だいいち、昨日、たしかにホルダーにしまったのは一枚だけなのだ。

 会社で、だれかがこっそり忍ばせた? 

 しかしなぜ? 

 だれがそんなことをするの?

 あれこれ考えるが、わからない。ただ、ちょっと気持ちが悪いことはたしかである。

 時計を見る。

 発車時刻が迫っている。

 急がなくては。

 洋子は、きのう自分が買った、自由席用の切符を改札に通して、急いでホームへ下りて行った。

 やがて、新幹線が入線した。 

 自由席車両は、どこも、かなり混雑していた。

 あちこち歩き回り、やっと見つけた空席に、洋子は腰を下ろした。

 隣席の客は、こんな昼間から正体のない、酒くさい老人だった。前の席の赤ちゃんは泣きわめき、後ろの学生たちはペチャクチャおしゃべりに興じている。

 ――しんどいなァ。

 洋子は顔をしかめた。

 ――やっぱり、指定席用の切符を使っちゃえばよかったかな。

 ちょっぴり後悔しながら、なにげなくチケットホルダーを開けてみた。

 だが。

 切符は、なかった。

 あの、指定席用の切符が、なくなっているのだ。あるのは、さっき改札に通した、自由席用の切符だけなのである。

 おかしいな。

 気持ち悪いと思いながらも、さっきまた、チケットホルダーに戻したはずなのだ。

 バッグのどこを探しても、あの切符は見つからない。

 消えてしまったのか?

 まさか。

 といって、ホルダーにしまった記憶があるのだし、どこかに落としたとは考えられない。

 消えたとしか思えないのだ。

 妙だ。

 妙な話だが――そんな切符に指定された席に座っていたら、自分の身に、いったいなにが起こったのだろう。

 そう考えると、さっきの選択は正解だった気がするのだった。 



 了

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