求める(夫婦期)
「宿木さん」
暗闇が支配する部屋の中に声が響いて、おやすみのキスをすませた宿木は反射的にそちらを向いた。カヲルがいつの間にかベッドに上体を起こし、小さなシルエットがぼんやりと浮かんでいた。彼女は震える肩を必死に抑えて笑っているようだった。声だけは嘘をつけずに、微かに震えているようだった。
「私はもう、貴方のした事、怒ってないよ」
宿木は、それに見合う言葉を持ち合わせていなかった。愛しい彼女の何もかもを裏切ってこの関係を続ける男には、その真摯な感情に向き合える声と言葉などありはしなった。だから宿木は返事の代わりカヲルの體に抱きしめた。未だ秘められた真実ばかりを詰め込んだ體と、布の上からでも体温を分かち合う。言葉を与えられない分、鶺鴒は強く強くカヲルを腕の中に閉じこめた。まるで『助けて』と縋り付くような力強さで。
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