第6話 読書祭と小説家


 カトリの街には、他の街の目を引くような数多の書店が並ぶ読書街があります。それだけでも十分凄いのですが、今日は書店の皆様が大売出しをする「読書祭」と呼ばれる催しがあるそうなのです。






「今日くらいはお財布の紐を緩めても、いや紐を抜いてもいいのかもしれませんね」




 読書祭と言われると天使学生時代は引きこもって本ばかり読んでいた私がつられないわけがありません。




 恐らく世界、天界で1番浮かれています。その証拠に周囲の視線を無いもののように扱い、軽やかなステップを披露しています。




「ほほう、絶対に展開が読めないミステリーですか」




 早速、目に付いた書店に入り本を暫く物色した後数冊手に取り、本を店員さんの目を見て「これ下さい!」と勢いよくお会計に進みました。




 普段の私なら目を逸らして無愛想に購入していたと思いますが、普段のテンションより軽く十二倍はあるので、こういった私の中での暴挙に出てしまいます。






「はいよ、2000ジェルね」




「はい! お願いします」




「ちょうどだね。まいど〜」




 支払いを済ませて軽い足取りで、気になる次の書店へ行こうとお店を出たあたりでしょうか。




 大きな、弾力のある何かに衝突され、その場に倒れ込みました。倒れる際に水溜まりに足を着いてしまい、服に水がかかってしまいました。




 ハイテンションだったために、マジ文句のひとつでも言ってやろうかくらいの勢いだったのですが、相手の姿を見てその気は一瞬で失せました。




「あの、大丈夫? お詫びにこの本あげる」




「あ、え・・・・・本?」




「うん。僕が描いた本だよ。面白いから、ね?」




 衝突してきた相手は中年の男性で私が見上げないといけない程度に大柄でした。




 そしてお詫びにと自分で描いた小説を差し出してきました。ここから謎です。




「君、見ない顔だったからもしかしたら僕の本読んでくれるかなって思って・・・・・」




「ええと、内容によりますが」




「ミステリー小説だよ。話しかけ方が分からなくてぶつかったんだ、さっきはごめんね」




 なるほど・・・・・ミステリー小説ですか。




 え、後半めっちゃ意味分からないこと言いませんでした?話しかけ方がわからないから勢いよく衝突して会話イベントを発生させるなんてサイコの所業ですよ。怖い。




 人見知りの私でもせいぜい学生時代に用事のある天使の前にわざとペンを落とすくらいでした。




「それじゃ! 僕行くね!」




 本を手渡すと男性はあっという間に走り去ってしまいました。そしてぶつかった衝撃で本が1冊水溜まりにポチャンしていた事にも気が付きました。




「アイツ地獄行きですね」






 その後、渋々先程の書店に同じ本を買いに行ったのですが、既に売り切れていてそこそこ怒り心頭しながら安宿に戻りました。




 そろそろ家を借りて定住したいですね。




 結局その日は、あの男性から渡されたベッドの上で読みふけていたらいつの間にか眠っていました。






「読書祭2日目、昨日出されなかった本も出るみたいですし1日かけてゆっくり回りますか」






 昨日よりも落ち着いた調子で読書街を散策しているとまたあの大柄の男性が目に飛び込んできました。




 向こうも私を見つけたようで勢いよく駆け寄ってきました。




 え、もしかしてまたタックル喰らわせられる??




「君! 僕の本読んでくれた!?」




「ひぃ・・・・・」




 息を切らしながらこちらに駆け寄る男性に本能的にビクつきながらも軽く会釈をしました。




 ちなみに男性から頂いた本はきちんと全て目を通させて頂いたのですが、なんというかこう。




「めちゃくちゃ面白かったです」




 二度言いますが、めちゃくちゃ面白かったです。




 全く先の読めない、そしてワクワクして思わず頁を進める手を早めるような展開。




 無理に手渡さなくても自ずと皆求めてくるのではと思うくらい傑作でした。




「嬉しいな。ここの街の人達は本を手渡しても怒るばかりで、本当に本が好きなのかな?」




「恐らく渡し方に問題があるかと」




「だってどうやって話し掛けていいか分からないんだもん」




「だもんじゃないです。可愛くないです」




 この方に対する呆れ具合が恐らく私の中での人見知り属性を吹き飛ばしました。遠慮なしでいきます。




「大体故意で人様にぶつかっておいて本を読んで貰えるとか舐めてます? 無料でも読みませんよ」




「いや、舐めてはないですけど・・・・・すみません」




 敬語調になり私に頭を垂れる・・・・・名前なんだろう。まあとにかく、私の気も晴れたので良しとしましょう。




 またこんな事をされても住民の方と私が迷惑なので何とかしてあげましょう。




「あの、本の内容はとても面白いと思うので素直に書店の方にお願いして置いてもらうとかはできないんですか?」




「なんて言えばいいかなぁ」




「私もコミュ障なので期待されても困りますよ。貴方が何とかしてください」




 しばらくごねられましたが、なんとか説得すると小説家は項垂れながら近くの書店へと入っていきました。




 数十分は時間が経ったでしょうか、遅いですね。まさか揉めてタックルを喰らわせるなんてことは・・・・・。




 私の不安はどうやら杞憂だったようで、小説家が嬉々とした表情で書店から出て、私に駆け寄ってきます。




 あれ、近付いているのに勢い止まりませんね、ちょっと?




「本置いて貰えることになりました!」




「ぐふっ!」




 そのまま良い結果を報告しつつ私にタックルを喰らわせて来ました。喜びをタックルで表現するのはやめて頂きたいです。普通にめちゃくちゃ痛い。




「す、すみません! つい嬉しくて」




「すみませんで済めばエリスはいらないんですよ。まあ、置いてもらえるのなら何よりです。おめでとうございます」




 身体がジンジンと痛みますが、小説家の方があまりにも嬉々としているので文句を言う気が失せてしまいました。しかし、提案しておいてなんですが一個人の本が置いてもらえるとは以外ですね。




「あの、どうして置いて頂けることになったんですか?」




「最初は迷惑そうな顔をされたんですけど、一度本を読んで貰ったんです」




 ああ、それで時間がかかっていたんですね。




「それで、読み終わると好評を頂きまして。本を置いてもらえることになったんです。」




「明日から僕の本を全面的に売り出してくれるとも言っていました!」




 なるほど。なんだかトントン拍子に進みすぎでは無いかと疑ってしまいますが、本当ならばそれに越したことはないですし余計な事は言わないでおきましょう。




「ん、良かったですね」




 その日、私たちはその場で解散して、各々帰路につきました。安宿に着いた後も何だか彼の事というか本当に本が置かれるのか気になったので明日、あの書店を見に行ってみることにしましょう。ではおやすみです。






 はい、ということでおはようございます。目覚めが早かったのであの小説家の本を置いている書店に開店してすぐに入りました。




「おお、本当に置いてる・・・・・」




 取り分け探すわけでもなく、目立つ所に彼の本が大量に並んでいました。まあ私のお墨付きですので売れるのではないでしょうか。知りませんけど。




 満足して書店から出ると、もう1人、満足気な表情で立っている男性がいました。あの小説家です。




「僕の本、見てくれました?」




「ええ、随分と目立つ所にありましたね。」




「はい! なので早速新作を描きました!」




「ほほう」




「だから売り込みに行ってきます!」




 「行ってらっしゃい」と彼を見送ると手当り次第に通行人の方にタックルをして新作の本を手渡していました。は?何やってるんですか?




「あの、何やってるんですか?」




「え、新作の本を渡そうと」




「そっちじゃなくてタックルです」




「ああ、なんて言っていいか分からなくてタックルしかないなと」




 遠慮気味に言う彼に私は溜息をつき見限りを付けました。




「これは治療不可、救えないです」








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