ゆずりはちゃんねるへようこそ!

ラッコ

第0話 天才、YouTuber、妹

《ゆずりはちゃんねる企画書 5月30日アップ分》


○動画タイトル   『重大発表! ゆずりは11歳、初めて○○に挑戦します!』

○投稿予定日     2020・5・30

○撮影日       2020・5・20

○チャンネル登録者数 5.7万人(5月20日時点)

○案件の有無     無


~以下、ゆずりは発言パート(※セリフはイメージ。適宜変えても良し)~


杠:今日も元気にはぴはぴはっぴー☆ どうも、みんなの妹、ゆずりはです! 今日も頑張っていきまっしょう! 

 はい、ということで、今日はですね……視聴者のみなさんに重大発表があります! 拍手~ぱちぱちぱち!!

 その重大発表というのはですね……なんと、このゆずりは、若干11歳にして……。


(※タメを作る)


 初めて眉毛を整えることになりました~! 


(※ワーワー的な効果音)


 ……ということですみません、気づいてた人多いと思うんですけど釣りタイトルです(笑)

 でもね、ちょっと話を聞いてください! 私、今小学6年生で、次の春から中学生なんですよ~! 

 で、地元の中学校に通うことになってるんですけど、そこって結構校則が厳しいことで有名なんです。えーと、なんて言うんだっけ……そうだ、ブラック校則! 最近ニュースとかで話題ですよね~。ツーブロック禁止とかそういうの。

 女子はね、茶髪とか金髪とかじゃない限り髪型のルールはそんなにないらしいんですけど、でもメイクは完全NGらしいんですよ! まあね、先生の言いたいこともわかるんです。学校は勉強しに行くところですしね。

 でも、一個わからないのが『眉毛を整えちゃいけない』ってことなんです。たぶん、眉毛を剃るとヤンキーっぽく見えるからってのがその理由みたいなんですけど、でもね私、前から思ってたんですけど……眉毛って普通に整えたくありませんっ!?(笑)

 私、見てもらえたらわかると思うんですけど……。


(と言いつつ前髪をアップして眉毛を見せる)


 私の眉毛、形は結構いい感じなんですけど、こうちょっとフサってるんですよ。フサってるってなんだよって感じなんですけど(笑) でも、自分でどう切っていいかわかんないんですね。正直、大人になったら整えるのがマナーになるワケだしむしろ学校で教えてって感じなんですけど、まあ校則だし受け入れます。

 でも、高校生になるまで3年以上も体験できないってのは嫌……ということで~、今日これから眉毛サロンに行ってみたいと思います! レッツゴー!」



  ○○○



「……私の眉毛、形は結構いい感じなんですけど、ちょっとフサってるんです。わかるかな? フサってるって何って感じなんですけど(笑)……」


 俺が書いた台本を元に、少女はひとり喋りを繰り広げていく。カメラに向かってあどけない笑顔を向けながら、華奢な体を大きく使って感情を表現する彼女は、純粋無垢という言葉がとても良く似合う。天使みたいにかわいい女の子だ。


「……正直、大人になったら整えるのがマナーになるワケですし、逆に今から教えてほしいなって感じなんですけど……」


 つるんとしたおでこやほんのり赤く染まった頬、華奢で汚れを知らない白い二の腕……身内の俺が言うのもアレだが、彼女を構成する要素は完璧で、それでいて醸し出される妹感が凄まじい。


 骨の髄からシスコンな俺としては、こうやって動画を撮影するたびに、甘い稲妻に胸を射抜かれそうになる。


 でも、それじゃダメなんだ。


 俺は自分に言い聞かせる。仕事である以上、そんなことは関係ない。彼女がいくらかわいかろうと、決して甘やかしたりはしないのだ。


「……ということで、今日はこれから眉毛サロンに行ってみーます! レッツゴー!」


 そんなことを思っていると、家で撮影する台本パートがすべて終了した。


「……はい、カット」


 俺の声を合図に、カメラに向かってあどけない笑みを浮かべていた彼女が、一気に真面目な面持ちに戻る。YouTubeにアップする前に編集される、世に出ることはない顔だ。


「今の感じ、どうですか?」


 口調も丁寧で、表情には緊張感が出ている。


 正直、プロデュースし始めた頃に比べると、彼女はYouTuberとしてかなり成長している。だけど、トップYouTuberに比べれば、まだまだその精度は低いのもたしか。


「うん、悪くはないかな……ただ、もうちょっと顔作ってもらえる? オーバーなくらいが動画に写るときはちょうどいいから」

「はい、わかりました」

「わかったって言うけどさ、これ基本で前提だからね?」

「す、すみません」


 厳しい指摘に、彼女は唇をギュッと結ぶ。


「あ、でも『ちょっと聞いてくださいよ』のところで手を振ってたのとかは良かったぞ。ああいうの入れていくと編集のアイデア浮かびやすくなるから」

「はいっ、ありがとうございます!」


 鞭の後に出した飴に、シュンとしていた表情がぱっと明るくなった。20歳の俺に対し、大人顔負けのしっかりした受け答えをする彼女が、まだ小学生だということを感じさせる瞬間だ。


 そして、そんな素の表情を見るたびに、俺は自分の胸に刻む。チャンネルの裏方・プロデューサーである俺が引き出していくべきは、こういう彼女の喜怒哀楽、一挙手一投足なのだということを……。


「大事なのは視聴者からの見え方を常に考えて、求められているものを提供していくこと」

「はい!」

「そうすることで、画面の向こうにいる、たくさんのお兄ちゃ……視聴者の皆さんに楽しさを届けることができるんだ」

「見せ方もっと勉強します」


 真剣な表情で彼女は言う。自然と俺のなかにあるYouTubeへの熱い想いも溢れる。


「いいか杠。YouTubeはもう、日本人に欠かせない文化なんだ。『ゆずりはちゃんねる』だって、19時にアップされる動画を何万人もの人が楽しみにしてくれている。電車の中で観たり、トイレの中で観たり、ベッドの中で観てそのまま寝落ちしたり……そうやって、たくさんのお兄ちゃ……おに……んんっ、視聴者さんが、YouTuberゆずりはの動画を生活の一部にしていることを忘れるなよ?」

「……あのさ、良太。ちょっといいかな」


 つい熱くなって語っていたら、今度は俺が止められてしまった。


 しかも、先程までずっと敬語だった杠がタメ口に戻っている。


 つまり、お仕事モードから普段モードに切り替わったということだ。


「ん、なに?」

 自然と俺の声のトーンも柔らかくなる。

「さっきから視聴者さんのこと、ちょいちょいお兄ちゃんって言い間違えてるけど、それやめてくんないかな?」

「え」

「いいこと言ってるつもりかもだけど全然説得力ないし、鼻息荒くなってる感じが、こう、背筋がゾゾッとするというかさ……」

「……」


 ここは杉並区にある、とあるアパートの一室。向き合うのは、女子小学生YouTuberのゆずりは、本名・間瀬杠と、チャンネルの裏方でプロデューサーを務める俺こと山野辺良太だ。


 杠はぱっちり大きな瞳をジトっとさせ、小さく腕組みして小さくため息をつく。さっきまでの純粋無垢な天使はどこへやら、顔立ちに似合わない大人っぽさがあり、同時に生意気さすら感じさせる表情だ。


「わたしが妹系ユーチューバーって売りなのはわかってるし、画面の向こうの視聴者さんの大半がシスコンかロリコンかなのも理解してるけど」

「お前視聴者の扱い酷いな。事実だが」

「『理想の妹になれ』って言われても、イマイチわかんないんだよね」

「なんでだよ」

「だって『理想の妹』ってなんか抽象的だし、それに素のわたしに妹っぽさとか皆無だし」


 そんなことを、杠は不満げな面持ちで言う。


 いかんせん妹ライクな容姿のため、面倒なことを言っても見た目は妹っぽさが溢れているだけなのだが、まあ自分が思う自分と他者が思う自分は違うということだろう。


「だいたい今日のこの企画なんなの……『重大発表! ゆずりは11歳、初めて眉毛を整えます!』って」


 そして、杠は台本を突き出しつつ抗議する。A4用紙1枚の簡単な台本だ。


「全然重大じゃないし、釣りタイトルすぎない?」


 結果、俺は思わずため息をこぼした。


「……はあ。杠、お前マジでなんもわかってないな」

「え」

「なにが妹系YouTuberだ。聞いて呆れるわ」

「えーっと……なんか私、責められてる?」

「あのな、11歳の女子小学生が初めて眉毛を整えるなんて、どう考えてもめちゃくちゃ重大イベントだろうがっ!!」

「……いや全然わかんないんだけど」


 少しの間ののち、杠が眉間のシワを深める。一瞬考えたものの、理解できなかったらしい。俺が叫んだのは無駄になったようだ。


 なので、俺はチャンネルのプロデューサーとして、そして人生の先輩として伝えることにする。


「お前、妹系YouTuberなのに、ホントに妹って概念を理解してないよな」

「概念?」

「まあだからシスコンの俺が説明してやるよ」

「うん」

「まず最初に、『妹』という漢字の成り立ちだが……」

「ちょっと待ってそこからだと日が暮れる」

「じゃあ例えば、中学生になった妹が同級生の男子とデートするとするだろ。そのとき、兄貴はどんな気分だ?」

「……そりゃ、ちょっとはさみし」

「『殺してやりたい』だ」

「怖いし、間違ってても最後まで言わせて?」


 杠が震えながらツッコミを入れてきた。


「で、そのときのお兄ちゃん的感情の強さを100とすると」

「妹の初デートが100ね」

「妹が眉毛を整えるってのは、だいたい70から80くらいの衝撃度なんだ」

「……結構重大じゃん」


 杠が口をポカンと開ける。


「え、妹の眉毛って兄的にそんな特別なモノなの?」

「当たり前だ。妹が眉毛を整えると、だいたいお兄ちゃんの8割くらいは『男ができたか?』って思うからな」

「髪バッサリ切って『失恋?』みたいなやつと同じノリなんだ」

「同じじゃない、そんなんよりよっぽど重大だ」

「もうなんか怖いし……良太の話聞いてたら鳥肌立ってきたんだけど……」

「だからだ。そのフッサフサ眉毛が整えられていくのを鑑賞する、全国のおに、おに……お兄ちゃんが特別な気持ちをお前は理解してるのかって話なんだ」

「って視聴者って言うのもう諦めてるし」


 俺がそんな話をするから、杠は自分の眉を触っている。普段は前髪に隠れているからわからないが、自然なままでも形のいい眉だ。


「……はあ。マジで良太ってロリコンだね」

「失礼な。俺は断じてロリコンではない」

「んじゃシスコンだ」

「そうだ、シスコンだ」

「そこは認めるんだよね……」


 そう、俺はロリコンではないが、シスコンなのだ。

 妹のことを世界一愛している自信があるし、それはこの先も変わらないと誓うこともできる。


 そんな俺に若干呆れつつ、しかし杠はどこか納得したようにこう続ける。


「ま、でもカケルチャンネルの元視聴者としては納得だけどね。よくの話してたし」

「……そうだな」

「好きなんだろうなあって思ってたよ。私もリンレンいるからその気持ちわかるし」

「……」


 杠が何気なく放つ言葉たちに、俺は口が重くなる。だが、その理由を説明することはできない。この話題を続けるのもできない。


「……杠は嫌なのか。この企画」

「嫌じゃないよ」


 なので話を逸らすと、すぐに杠が答えた。


「私は良太のこと信頼してる。人間としては尊敬できないけど」

「おい」

「でもYouTubeで成功してきたのはホントだし、ノウハウとかが超一流なのはわかる。だから全部言われた通りにする。眉毛カットもやるし、もしそれがホントに必要って言うなら下着姿でモーニングルーティンしてもいいし、裸エプロンでお料理動画でもいい」

「……だ、誰がそんなことさせるか」

「一瞬迷ったな?」

「迷ってない。想像しただけだ」

「想像はしたんだ……だからさ、伝え方には注意してってこと」


 杠は、小さく空咳をついて、切り替えるようにして言う。


「わたし、年齢の割に中身大人って言われるけど、それでもまだ11歳だから、想像しろって言われてもわかんないことあるの」


 真面目で静かな声色。思わず俺は押し黙る。


「良太にもあるでしょ、いくら想像してもわかんないこととか、いくら頑張っても手が届かないモノとか」

「……そうだな。わかったよ」


 問いかけるような杠の言葉に、俺は静かにうなずく。杠も、表面的にはあまり表情を変えないものの、納得したようにうなずく。


「んじゃ、撮影いこっか」


 そう言うと、杠はロケに向かう準備をし始めた。それに従うように、俺は「GoPro」をリュックに入れ、裏方としての準備を進める。



   ○○○



 『ゆずりはちゃんねる』は、小学校6年生のYouTuber『ゆずりは』のリアルなJSライフを撮ったYouTubeチャンネルだ。女子小学生のルーティンや、ゆずりはの好きなファンシーグッズ関連のモノ、さらには歌ってみた、踊ってみた、料理系、そして『はじめての○○』シリーズなどの動画を出している。今回の眉毛カットは、『はじめての○○』シリーズの最新作だ。


 杠の妹ライクな容姿を前面に押し出したこのチャンネルは、同年代の子よりも先に20代以降のお兄ちゃん層のハートを先に打ち抜き、開設からわずか2ヶ月で登録者数5万人を突破。最近では同年代の女の子も登録者も増えていて、人気急上昇中と言ってもなんら過言ではない。新米YouTuberにとってひとつの目標である登録者数10万人も、この調子ならあと1ヶ月もかからずに到達できるだろう。


 でも、そんな順風満帆な「ゆずりはちゃんねる」も、俺がプロデューサーとして入るまでは登録者数ゼロと、底辺も底辺の不人気チャンネルだった。


 そして、さっきの「妹さん」発言からもわかるとおり、杠は俺のリアル妹ではない。というか、そもそも俺たちは知り合ってまだ間もないのだ。


 だけど、親密さはそんな付き合いの短さからは考えられないレベルであり、そこにはいろんな事情がある……。


 どのようにして俺と杠は出会い、一緒にYouTubeをすることになったのか。


 俺は真面目に思う。


 この出会いは、きっと運命によって定められていたものだと。


 これは、俺と杠がYouTubeで大きな夢を叶える物語である。


 そして、俺と杠が『疑似兄妹』になっていく物語でもある。


 その前に、俺たちが出会う前日に一旦戻りたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る