第88話

 バレンタインデー当日。

 学校に呼び出された俺は図書館にいた。

 教室にはまだ受験を控えている生徒がいるので、あえてこの場所を選んだ。目立つのも嫌だしな。


「翼、お待たせ~」

   

 制服姿の陽彩が足音をさせないようにこっちに向かってきた。

 その手にはラッピングされた袋を持っていた。

 制服姿久しぶりに見たな、と陽彩のことをまじましと見ていると、陽彩が恥ずかしそうに俺の肩を叩いた。

 

「ちょっと、そんなに見ないで!」

「ごめん。久しぶりの制服姿が可愛くて」

「まあ、いいけど」


 陽彩は俺の隣の席に座った。

 

「もったいぶっても仕方ないから、渡すね」


 そう言って、陽彩は恥ずかしそうに手に持っていた袋を俺に渡してきた。


「開けてもいいのか?」

「うん」


 中に入っていたのはガトーショコラだった。俺はそのガトーショコラを丁寧に袋から取り出した。

 といっても、ここでは食べれないんだよな。場所間違えたか。


「ガトーショコラだな」

「そう。分かる?」

「分かるよ。上手に作ってあるな」

「ほんと?」

「ああ」

 

 陽彩はよほど心配だったのか、少し大きめに息をふぅ~と吐いた。

 綺麗な焼き色で美味しそうなガトーショコラだった。


「手作り、だよな」

「うん。お姉ちゃんに教えてもらいながらだけど、ほとんど私が作ったよ」

「そっか。今すぐ食べれないのが残念」

「じゃあさ、『蓮』に行こうよ」

「なら、最初からうちで渡せよ」

「だって~。こうやって制服着て渡せるの最後なんだよ。しかも学校で」


 そう言われればそうかもな。

 この校舎にも後何回来るんだろうな。

 俺は図書館内を見渡した。


「せっかくだから、少し校舎内歩いて帰るか?」

「そうだね!」


 俺たちは図書館を後にすると校舎内を歩くことにした。

 一年と二年の思い出はほとんどと言っていいほどない。俺は空気を演じてたからな。友達だって一人もいなかった。それでも、まあ楽しかったかな。勉強自体は好きだし、学校もそれほど嫌というわけではなかった。

 卒業したら、もう二度と高校生になれないというのは、なんだか少し寂し気がするな。

 俺たちは自分のクラスの教室の前を通った。


「この教室とももう少しでお別れなんだな」

「そうだね。寂しいね」

「だな。なんだかんだ、三年生が一番楽しかったよ」

「それはなんで?」

「そうだな。陽彩と出会ったからかな」

「へ~。私のおかげなんだ」


 陽彩はそう言うと、嬉しそうに俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。


「ちょ、それはやめろ」

「え~。いいじゃん。どうせもう卒業するんだから、今更噂になってもなんともないでしょ」

「そうかもしれないけど、恥ずかしい……」

「恥ずかしいくらいならいいじゃん~」


 どうやら、久しぶりの学校で陽彩はテンションが上がっているらしい。

 腕を離すつもりはないみたいだった。俺は諦めて受け入れることにした。

 その後は、ゆっくりと在校生の邪魔にならないように校舎内を見て回って『蓮』に向かった。


 

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