Sugar
moco
Prologue
『ののかちゃん!一緒に遊ぼう!』
「うん、遊ぼう!」
家が隣り同士の柚希とは保育園の時からの幼馴染みだった。
小さな時は毎日のように一緒に遊んで
小学校も一緒に通って
中学生になると学校で会話することは減ったけど
家に帰ると一緒に夜遅くまで勉強したりした。
二歳年上の私が先に高校生になって
お互い家から少し離れた別々の高校に通うようになってからは
部活やバイトが忙しくて段々と会う回数は減っていった。
それでも、会いたくなればすぐに会える
柚希は私にとってなくてはならない存在。
家族でも恋人でもない特別な存在だった。
本当は、恋人になりたかったんだけどな。
無口で感情をあまり表に出さないし
彼女がいるか気になって聞いたって何も教えてくれない。
趣味に没頭してると電話にも出ないし。
面倒臭いが口癖で、一度寝ると中々起きてくれない。
でも、買い物の帰り道で偶然会うと必ず荷物を持ってくれて
友達と喧嘩したら味方になってくれて
寒いとマフラーを貸してくれて
泣きたい夜はずっと側にいてくれた。
私は小さな時からずっと柚希が好きだったんだよ。
ねぇ柚希、知ってた…?
専門学校の卒業式まであと数日。
私が二人…いや、一人と一匹を見つけたのは
まばらに咲き始めた川沿いの桜を見に散歩に出かけた帰りだった。
『あともう少しだからな』
家の近くにある古い空き家。
その門の中で聞きなじみのある低い声がする。
通り過ぎた門の前に引き返して足を止めると
グレーのブレザーから黒いフードがのぞくお決まりの後ろ姿。
予想通りの人物がしゃがんで何かに話しかけているのが見える。
「柚希!何してるの?」
『…っうわ!』
驚いた柚希の声に驚いたその何かが柚希の足元にピョンっと着地した。
「わ…猫!」
汚れているのか少しくすんだ白く長い毛に、ミント色のまあるい目。
小さなその子は警戒することなく私の足にすり寄ってきた。
『びっくりするだろ。急に声かけんな』
「可愛い!どこの子?」
「ニャー…」
「柚希!この子返事したよ!可愛い!」
『おい、話聞け』
抱き上げて撫でると気持ちいいのか喉がゴロゴロ鳴る。
「ね、どこの子?名前は?」
『…シュガー』
「シュガー…?」
「ニャー」
「わ、また返事したよ」
『シュガーは賢い猫だからな』
柚希は自分の子を自慢するパパみたいな顔で笑った。
「女の子?」
『男』
私の手から軽い身のこなしで飛び降りたシュガーは柚希の足元でまた小さく鳴いた。
『あぁごめん。飯な』
ガサガサと袋から出した缶詰めを美味しそうに食べる姿がなんとも愛らしい。
「捨て猫なの?」
『うん』
「餌とかあげちゃだめなんじゃ…」
『卒業式終わったら新しい家に連れてくから』
「それまでここに?」
『今は親がダメだっていうし。そうするしかない』
なら私の家に…
『乃々の家はおじさん猫アレルギーあるだろ』
「そうだった。てか…よく今私が考えたこと分かったね」
『だって拾った時、乃々に頼もうって一番に考えたから』
その言葉に胸の奥が小さく反応する。
一番に…頼ろうと思ってくれたんだ。
単純にそれが嬉しくて頬が緩んでしまう。
『…乃々共犯だからな』
「え…?」
『あと一週間。乃々もシュガーの様子覗きにきてやって』
満腹になったのか、シュガーは口周りをペロペロしながら
もう使われていない犬小屋のようなものの中で身体を丸めた。
『ここなら雨も凌げるし、寒くないように服も敷いてある』
覗き込むとフリース生地の柚希の服が敷かれてる。
「逃げたりしないの?」
『さっきも言ったけどシュガーは賢いから』
二人で手を伸ばすと少しざらついた小さな舌が、私たちの指を交互に舐める。
「新しい家に引っ越したら私もシュガーに会いに行っていい?」
『俺の飯もついでに作るって約束してくれるなら』
「ふふ…うん。約束する」
でもこの約束が果たされることはなかった。
卒業式を終えて、引っ越しする当日
柚希は道路に飛び出した子供を庇うようにトラックに轢かれて、私とシュガーの前から突然いなくなった。
私とシュガーを残して、柚希は死んでしまった。
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