第4話 俺の肩ポンは無力だった。いつか夢みた、ダブル肩ポンディスティニー。

 typeオラつきの強襲には驚かされたが、無事に何事もなく学校に到着!

 昇降口でいつも通り上履きに履き替えていると──。


 先発一軍系、サッカー部エース。甘いフェイスの池田が何故かキョロキョロとしていた。明らかに様子がおかしく、犬のようにクンクンしているようにも見える。

 

 三軍ベンチの俺が先発一軍系の様子を気にするなど、ゴシップ記事を眺めるに等しいことなのだが、池田だけは別だった。


 同じ中学であり、高校でも俺を気にかけてくれる唯一の存在。

 友達ではないけれど、というか友達と思うこと自体恐れ多いから……。でも、気に留める存在であることに間違いはない。


 ついこの間も真白色さんとの一件で助けてもらったし。


 だから、どうしたんだろう? と、ついつい視線を向けてしまうのは仕方のないこと。


 すると目が合い、何かに気づくように物凄い形相でこちらに近づいて来た?!


 えっ。えっ?!


 そしてノンストップで目の前まで来ると「ゆ、夢崎、お前か!」と言い、そのまま制服のネクタイを掴まれると、キュイっと力強く引き寄せられ──。


 スンスンスン。スンスンスン。


 俺の匂いを嗅ぎ始めてしまった?!


 と、今度は俺の胸に顔を埋めた?!


「すぅーはぁー、すぅーはぁー」


 待って。めっちゃ息荒いんだけど?!


 な、な、な、なにごと?! どうしたの池田?!


 突然の池田の奇行に、驚きと謎が錯綜するが、それよりも先に身体のこそばゆさが勝った。とりあえず現状回避を優先するため振り払ってみたが、ビクともしない。

 サッカー部エースのディフェンス力は伊達じゃない。とてもじゃないが三軍ベンチの俺では振り払えない。


 かくなる上は言葉で嫌よを示す!


「ちょ、ちょぉ! 池田! や、やめ、やめて! お、お願いだから!」


 しかし、池田は止まらない。


「すぅーはぁー、すぅーはぁー」


 もはや、無抵抗に嗅がれるしかない状況に諦めが芽生えると、秒で受け入れ体勢に移行した。


 なんとなくだけど、これには覚えがあったから。

 あの日、葉月に振られグラウンドに泣き崩れる池田に胸を貸した日のこと。


 こうして池田に胸を貸すのは初めてではない。


 だから──。


 ポンポンポン。

 俺は池田の背中をポンポンとしてやった。クンクンされてこそばゆいのを必死に耐えながらも、ポンポンポン。


 池田には返しきれない恩がある。ちょっと今の状況には首を傾げてしまうけど、俺にできることと言えばポンポンしかないから。だから、ポンポンポン。


 もひとつおまけに、ポンポンポン。


 ポンポンポン。ポンポンポン。ポンポンポン。


 すると池田は次第に落ち着きを取り戻し、ハッとして俺の手を引いた。


「ちょっ、ちょちょ?!」

「時間はない説明は後だ」


 俺の有無など一切聞かず、池田は手を引いたまま大急ぎで走り出した。


 しかしここは昇降口。多くの生徒たちがいざ教室に向かわんとする場所。


「待って。あの二人って出来てるの?」

「ありかなしかで言ったらありのカップリングね。今晩は捗るわ池田きゅん」

「この場合、どちらが受けになるのかしら? やっぱり池田くん?」

「当たり前でしょおお! あんた何言ってるの? 気の強そうな池田きゅんが受けだからいいんでしょおお?」


 喧嘩はしないで。ぜんぶ誤解だから、仲良くして!


 確実に誤解だということだけはわかる。

 わかるんだけど……。わかっていたはずなんだけど……。


 手を引かれて辿り着いた先は──。

 

 男子トイレ。それも個室‼︎


 ふぅ。落ち着け、俺。男子トイレの個室に入るのはなにも珍しいことじゃない。

 小学校の頃はここに入るだけで『うんこまん』なんて言われて、からかわれたものだが、俺たちはもう高校生だ。トイレの個室に入ったところで何も恐れることはない。


 ない……。うん。まったくもって、ない……。


 一人だったらね?!?!


 なななな、なんで‼︎ 二人でひとつの個室に入ってるの?!


 いや。ちょ、待って。本当に待って。池田? ねえ池田?


 そんな俺の不安が的中するように池田はワイシャツを脱ぎだした。


「朝練上がりで少し汗臭いかもしれないが我慢してくれな」


 あ、あれれ? あれれれ?


 うっ、うーん。我慢。汗臭いから、我慢。汗臭いのはキツイよね! でもいったい、……な、なにをだろう?


「おい何やってんだよ。夢崎も早く脱げよ。時間ないんだぞ?」


 あっ。あーっ。そうか。そうだよね! そうそう! わかったわかった!

 と、とりあえず脱がないと! 三軍ベンチの俺なんかを日頃から気にかけてくれて、世話になってるんだから……ぬ、脱がないと!!


 言われるがままに大急ぎでワイシャツを脱ぎ、次にズボンのベルトを緩めると、何故か池田が驚いたような表情を向けてきた。


「おい待て、夢崎。そっちもなのか……?」

「えっ。あ……違うかも。間違った。こっちは絶対に違う!!」


 どうやらズボンは違ったようでホッと一息……つく間もなく、池田は険しい顔をするとしゃがみ込み、俺のズボンに顔を近づけてしまった⁉︎


 ……はぅ。


 もはや意気消沈のどうしてこうなった状態。

 俺が余計な気を利かせてベルトを緩めなければ避けられた事態。


 しかし、池田の様子は少しおかしかった。


 ──スンスンスン。


 あ。匂いを嗅いでるだけだ。あ、あれぇ……。


 なにか大きな勘違いをしているのではないかと、脳裏に疑念が過ったところで池田が一言「こっちは大丈夫だな」と言った。


 そして池田からワイシャツを手渡された。


「さっきも言ったと思うが、汗臭いのは勘弁してくれな。部室に替えのワイシャツがあるが、取りに行っている時間はない」


 ちょっとなに言ってるのかわからない。

 けど、このワイシャツ……めっちゃイケメンの匂いがする。なんていうか香ばしい……。


 これを着てたらちょっとイイ男になれそうな気がする。


 って! そうじゃない!

 なにこれ……? どういうことなの?


「おい夢崎、お前が脱いだのもよこせよ。上半身裸のままじゃ教室に戻れないだろ?」


 ここに来て、謎めいた現状の答えを見つける。

 あ、そうか。そうか! これはサッカーでよくあるあれか!


 ユニフォーム交換! それのワイシャツバージョン!!


 え、なに池田。ひょっとして、俺を友達認定したってこと? 待って。そんないきなり強引に友達宣言的なのとか、俺、どうしたらいいかわからないじゃん!


「おい、早くワイシャツよこせよ! で、夢崎は俺のワイシャツをさっさと着ろ! このままだと遅刻するぞ!」


 そ、そうだ! このままじゃ遅刻する。早くユニフォーム交換をするんだ!

 池田に自分のワイシャツを渡し、大急ぎで池田からもらったワイシャツを着ていると──。


「はぁ……はぁ……はぁ。葉月さんの匂いだ……。はぁ……はぁ」


 あ、あれぇ……。思ってたのと、なにかが違う……。


「はぁ……はぁ……久しぶりだね葉月さん……。ずっとずっと待ってたよ……」


 あ、あれれー? なんだろうこれ。あれー?



 で、でもこれは。…………ハッ!


 まさかのここにきて、事の重大さを悟る!


 そういえば俺、葉月に香水を振りかけられて身体中をスリスリされまくったんだ! 匂いの上書きとか言われて! ってことは、俺のワイシャツには葉月の匂いがたんまりと付着している!


「はぁはぁ葉月さん。葉月さん……。葉月さん……。…………お、おっと。取り乱してしまってすまない。さすがにこんな匂いを振り撒いてたら色々とまずいだろ? 仮にも真白色さんの彼氏ってことになっているんだからな。夢崎、もう少し気を配れよ。こんなんじゃすぐにバレるぞ。俺がかばい切れるのも限度ってもんがあるんだからな」


 よ、よかった! 池田が元に戻った!

 うんうんだよね。そうだよね。……って、え⁈

 

 今、池田はなんて言ったんだ? いや、言ったよな。確実に言ったよな。

 俺と真白色さんが偽装カップルだってこと、バレてるのか? それに気になることも言ってた。かばう? かばうってなんだ? 詳しく聞きたい。聞いちゃうか?


 いや。だめだ。ここで聞き返したら偽装カップルだって認めることになる。

 涼風さんや夏恋の場合とはわけが違う。言うなら言うで、一度真白色さんに確認を取ってからでないと。だからここは、


「なっ、ななな、なんのことかな……」

「そうか。いや、べつにいいさ。でもな、夢崎。俺はお前の気持ちをわかっているからな。確かに真白色さんは綺麗で素敵な女性だとは思うが、葉月さんと比べたら目劣りする。はっきり言ってレベルが違う。比べることすらも烏滸がましい。世界一可愛い女性とこの学園で一番可愛い女性。どこに比べる要素がある? お前なら当然それがわかるだろ? なっ、夢崎?」


 な、なにいってんだよ池田。どうしちゃったんだよ。


 ああ、だめだ。目の中が葉月で埋め尽くされている。普段の池田じゃ、ない……。


 でもそうか。池田の時間はあの日からずっと、止まっているんだ。


 葉月に振られてグラウンドで泣き崩れた、あの日から──。

 俺の肩ポンなんて、なんの意味もなかったんだ。



 だったら返す言葉は決まっている。


 いけないことだとはわかっている。

 およそ間違ったことだと自覚もある。


 でも、俺の返事はひとつしかない。



「うんっ! 俺もそう思う!」


 

 ずっと葉月を想って、俺に気を使っていてくれたのだとわかってしまったから。


 だから、……池田のことを否定なんてできない。


 たとえそれが、真白色さんを裏切ることになったとしても──。

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