おかえりにゃん♪


 ────トントン。


「入るぞ? 何を誤解しているのか知らんが、ここは俺の部屋だからな?」


 ていうかなんで、俺は自分の部屋に入るのにノックをしているんだ……。

 夏恋の奴。絶対寝惚けてるよな……。


「わぁぁ、あーあーあー! ちょっとまって! いいって言うまで入らないで! 勝手に入って来ないで!」


「お、おう」


 な、なんだって言うんだ。


 ドタバタと騒がしい音がしたかと思えば「入っていいよ」とお許しが出たのでドアを開ける。


 それにしてもやっぱりおかしい。

 ここ、俺の部屋なんだけどな……。



「それで? どうしたの? 忘れ物でもしちゃった?」


「いや、帰ってきた。明日も学校あるし朝早いからな。お互い無理のないようにと、なんかそんな感じで……うん」


「ふぅん。そうなんだ。おかえり」

「お、おう。ただいま」


 あれ……。なんだろう。

 俺の部屋に夏恋が居て、おかえりと言ってきた。当たり前のようにベッドに腰掛けていて、涼しげな表情で「ふぅん」って……。


 違和感しかないのだが!


「て、ていうかお前! ここ俺の部屋だぞ? な、なんで当たり前のように居るんだよ!」


「いやいやお兄。予行練習だよ?」


 涼しげな表情に呆れ顔がコラボレーション!

 そうなんだと一瞬納得しそうになるも、違う!


「これのどこが予行練習なんだ? 勝手に部屋入っちゃだめだろ!」


「えっ。お布団温めておいて、おかえりにゃんってするためだよ? 今日はお兄の部屋で一緒に寝る日でしょ? だめなの?」


 え……。なにそれ……。

 か、可愛いな……。だめじゃないかもしれない。


 いや。思い出せ。こんなのはこじつけだ!


 部屋のドアを開けたら「ノックしろ」と怒られて、

 その後は「ふぅん」からの「おかえり」と、素っ気ないものだった。


 どこにも“おかえりにゃん”なんてなかった!


「そんな言葉、ひと言も掛けられてないぞ!」

「じゃあやり直そっか? それでお兄は満足するんでしょ?」


「そういう問題じゃ──」

「はいはい。じゃあ部屋から出て! やり直すから」


 背中をぐいぐいと押され廊下へ。

 そして“バタンッ”と俺の部屋は閉められた。


 やり直すことになんの意味があるのかと思いながらも、おかえりにゃんが見たい気もする。


 乗せられてはいるが、ドアに手を掛けてしまう俺は安易な人間だ。


 そして、夢の扉は開かれる──。



「おかえりにゃん! ご主人様のお布団温めておきましたぁ! にゃーんにゃん?」


 広がる光景に衝撃が走る──!


 ご、ご主人様だって?!

 しかもにゃんにゃんポーズのおまけ付き?!


 それだけじゃないぞ!

 普段は意地悪をしてくる様子が少なからずあるのに、やけに素直なにゃんにゃんだ!


 こんなにゃんにゃん、初めてみるッ!


「た、ただいま!!!!」


 だから声を大にして返事をしてしまうのは仕方のないこと!


 と、同時に──。

 刹那的速度で夏恋のにゃんにゃんモードは終了する。これがどれだけ特別な事かを現すように──。


「はいおしまい。満足した?」


「お、おう……。予行練習の頂を垣間見たような気がする」

「なんだしそれ。まあ、予行練習だってわかってくれたならいいよ」


 うまく丸め込まれちゃったな……。

 けど、冷静になって考えてみれば夏恋が俺の部屋に居ても困ることなんてなにもなかった。


 ならべつにいいかと思うも、

 夏恋らしからぬ感じは拭えない。普段とは明らかに違う。



 でも問題は、そんなことよりも──。



「じゃあお風呂入ってきちゃいなよ。お兄の寝支度が済むまで待っててあげるから」


「さんきゅ! 五分で戻ってくる!」


「急がなくていいから。ゆっくり湯船に浸かって来な~。わたしに気遣って急ぐようなら先に寝ちゃうから。そのつもりで!」


 やっぱりおかしい。会話の内容は普通だけど、そうじゃないだろって。

 タイミング的に柊木さんと何があったのかを、いの一番に聞いてくるはずなんだ。


 まるで会話にすっぽり穴が空いているような……。


 いや。まさかな。


 そんな、まさかな?




 ☆


 結局、この日──。

 夏恋の口から柊木さんの話題が出ることはなかった。


 

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