第13話ー⑤

「……………はっ!」


 まだだ。諦めるにはまだ早い!


「クソッ! 5分も持っていかれた!」


 時計を見て愕然。

 思考停止の諦めモードで大切な時間の半分を失ってしまった。


 このまま自分の部屋でうだうだしていれば、先程の恐怖は現実となる。


 このドアの先から柊木さんが、来る!


 それだけは避けなければならない。

 なにも柊木さんに会いたくないわけじゃない。むしろ少し気まずいから、来週に控えるバイトの出勤前に仲直りしたい気持ちもある。


 でも──。

 今来たら、仲直りどころの騒ぎじゃなくなる。

 夏恋の中で葉月化する柊木さんを考えれば、この状況がいかにヤバイのか想像に容易い。



 だから先手必勝!

 【お出迎え大作戦】を決行する!


 内容は至ってシンプル。家の外に出て柊木さんを待ち構える。ただ、それだけ!


 こうして家に居るより可能性はあるはずだ。

 


 とりあえず着替えないと。部屋着のヨレヨレTシャツじゃダメだ!


 一張羅いっちょうらに着替えるんだ!



 ……で、洒落た服なんて持ってないから無難に高校の制服に着替えた。


 べ、べつに。おかしくはないよな。

 だってこれしかないし。あるにはあるけど、これしかないし……。


 ☆


 そしてまた──。

 ノックもなしに俺の部屋のドアが開く──。


「お湯張り替えようと思ったんだけどさ、まだ熱いしなんか勿体無い気がしちゃって。って、お兄?! なんで制服着てるの?」


「お、おう……」


 あ……。考えてなかった。夏恋になんて言えばいいんだ……。


「いやいや、おかしいでしょ? なに? どうしたの?」


 もうだめだ。誤魔化し切れる状況じゃない……。


「ちょっと柊木さんに会って来ようかな、なんて」

「は? 今から?」


 怖い怖い。目がギラついてる……。


「お、おう……。既読無視にもめげずに連絡してみたら会おうってことになってな、今向かって来てるらしい」


「本当に勝手な女だな。何時だと思ってんだよ」


 ひぃ……。完全に葉月の話題を振った時と同じ顔だ……。


「一応、寝ないで待ってるから。帰らないようなら連絡して」


 帰らない、なんてことがあるのか。

 いや、この場合は帰れない……のか。


 あれっ。これから柊木さんと会って俺はなにをするんだ?


 いやいや。俺は必ずこの場所に戻ってくる! そうじゃないと困る!


「一秒でも早く帰ってこれるようにするから!」


 そう。俺は帰ってくるんだ。絶対に!


「いや、べつにいいし。お兄だって男だし、そういうことなんでしょ」


 ど、どういうこと?!


 あれ……?

 本当に俺、何しに行くんだ……?



 ☆


 とりあえず外に出た。柊木さんが来る以上、やることは変わらない。


 【お出迎え大作戦】を決行するのみ!


 とりあえず表札を傘で覆う。

 こうすることで、自然に表札を隠せるからだ。


 作戦に抜かりはない。

 家を案内する風を装って、近所を延々と徘徊すればいい。たとえそれで柊木さんが怒ったとしても、家に招くよりは百億倍マシだ。


 ………………………。


 あぁ。なんかちょっと、泣きそうになってきた。

 ……どうして、こんなことになっちゃったのかな。


 時刻は午後11時。閑静な住宅街にひとりポツン。自分があまりにもちっぽけな存在に思えて、急に弱気が襲ってくる。


 しかし、時は待ってはくれない。


 

 ブォォォンと物凄い勢いで自動車が来たかと思えば、キキィィーとブレーキ音が鳴り響いた。


 な、な、なんだぁ? と思うと自動車のてっぺんが光っている。俺はこの車を知っていた。


 タクシーだ!


 距離にして50mはありそうな位置でカチカチとハザードランプが点滅を始めた。


 柊木さんが、来た!


 俺は走った。少しでも自宅から遠い位置で柊木さんと会うために。家には上げない。その一心で──。


 すると、柊木さんも俺に気付いたのかこちらに向かって走ってきた。


 あれ、何を話したらいいんだろ。

 縮まる距離を前に、そんな不安が脳裏を過ぎる。


 距離、四○メートル……三○メートル……二○メートル……。


 どんどん近づく。


 そしてゆっくりと減速して足を止めるも、柊木さんはそのまま止まることなく──。


 いや、待って! ぶ、ぶつかる──。


 ……あぁ、そうか。

 ラリアットが飛んでくるのか……。考えなかったわけじゃない。柊木さんは怒っているんだ。


 言われるがまま呑気にのこのこ出てきた自分を哀れむも、これで丸く収まるのなら……。


 受け入れ体勢で瞳を閉じると──。


 ────ぎゅっ。むぎゅぎゅぎゅ!

 

「れんや君みーっけ!」


「?! どどど、どうも! こんばんわんわんわん!?」


 な、なに? どういう状況?!

 ぎゅって、ぎゅぎゅぎゅって抱き着かれてる?! ラリアットは?! 俺をほふりに来たわけじゃ、ない?!


「ねえ、れんや君はぎゅってしてくれないの?」

「い、今するであります!」


 い、言われた通りにしないと! 

 なにがなんだかわからないけど、言われた通りにしないと!


「だめ。足りない。もっと強くして」

「しょ、精進するであります!」


「さっきから言葉遣いが変だぞ~? 可愛いなぁ、もぉ!」


「す、す、すみません!!」


 あぁ、なんかもう……わからない。

 わからないけど無性に安心する。


 柊木さんの甘いスイーツのような香りが鼻を通して脳に直接入ってくる。


 ──ゼロ距離マシュマロホールド。


 やましい気持ちよりも安心感が勝る。不思議な感覚。

 

 気付いたら──。

 強く抱きしめていた。


「うん。ありがとう。ここは私だけの場所」


 その言葉にドキッと脈打つも、柊木さんは唐突に、何故かゆっくりと数字を数え始めた。


「じゅう。…………きゅう。…………はーち」


 いや、これは、カウントダウン……?


「なーな。…………ろーく。…………ごー」


 あれれ。やっぱり屠られるのか……?

 死のカウントダウン……?


「よーん。…………さん。…………にー」


 カウントが終わりに近づくにつれて、柊木さんの両腕に力が入る。ぎゅっと具合が増していく──。

 

 俺もそれにつられるように、強く。強く抱きしめていた。


「いーーーーち!」


 不思議と名残惜しさを感じていた。

 死のカウントダウンかもしれないのに、終わってしまうと思うと、切なくなる。


「……ゼーロ!」


 そして数え終わると、柊木さんからスッと力が抜けゼロ距離マシュマロホールドは解除された。


「補給完了! れんや君で満たされましたッ!」


 可愛く敬礼をする姿に、心を掴まれたような気持ちになる。


 まるで魔法にでも掛けられたような感情が湧き出てくる。


 あれ、俺……。どうしちゃったんだろう。


 ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ──。


 



 柊木さんの背中に、天使の羽が見えた──。

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