第3話 恋人ごっこは蜜の味……!


「まだ眠たい? 駅まで一緒に行く?」

「女のケツに乗る趣味はねーよ!」


 玄関先で自転車に跨る夏恋は心配そうな表情で俺に声をかけてきた。


 自転車通学の夏恋と電車通学の俺。

 昨日から文字通りずっと一緒に居た俺たちは、別々の高校に通ってるため、暫しのお別れだ。


 うん。暫し、安息のとき到来だ!


 でも、寝不足な俺を気遣ってくれる妹の優しさには、兄として嬉しい限りだったりもする。


 寝不足の理由はお前なんだけどな! ってのはさておき──。



「いや先輩。ドン引きです。なんでわたしが自転車漕ぐ前提なんですか。女の後ろに乗るとか発想がもう……予行練習の意味! これはもう今夜みーっちり!」


 なっ! 話の流れ的に俺が漕いだらそれはもう歩いたほうがいいだろ!


 くぅ。朝からからかってきやがって!


「ああそうかよ!」

 

 昨日の今日だからか、制服姿でこうやって話すと気まずさ全開だった。


 家では妹。外では後輩。

 しかも制服を着ているともなれば、それはもう妹っぽさなど欠片もないわけで。


 そこにあるのは先輩と後輩。男女に他ならないわけで。


 スクールラブが始まっているような錯覚に陥いるのは、仕方のないこと。


 いや本当。メンタル持たんでこれ……。


 なんて思っていると、ふいに──。夏恋の顔がかつてないほどに近付いてきた。と、そのまま頬に唇が──!


「おまおまおま、おまっ──。お前!」


「え~。ひょっとして照れちゃってる感じですかぁ~? 行ってきますのちゅうくらいカップルなら当たり前じゃないですかぁ~!」


「お、おぅ……。当たり前だな。そ、それくらい、わかってるよ。と、とと当然だろ!」


 うろたえてどうする……。

 これ以上、夏恋のペースに乗せられたらまずいだろ……!


「はいそーですね! まぁ寝てないんだからあまりは無理はしないこと。無理そうなら早退すること! その時はメッセージ下さい。迎えに行ってあげますからッ!」


 って、だからその場合、自転車漕ぐのは俺だろ! 歩いたほうがいいだろ……!


 とは思うも、本当は俺を乗せるつもりで言ってるんだよな。


 そういうやつなんだよ。……本当に。……なぁ。


「あぁ。さんきゅ。お前も気を付けて学校行けよ!」


「はーい!」


 夏恋は颯爽さっそうと自転車を漕いで、俺とは真逆の方向へと走り出した。


 風に靡いて一瞬パンツが見えたことは秘密だ。



 ふぅ。とりあえずこれで、暫しの安息。


 朝からやばかったな。

 もし同じ高校だったらと思うと、チョットドウナッチャッテタのかわからない。


 ひぃひぃふぅー。ひぃひぃふぅー。


 謎に心を沈める呼吸法で駅へと歩いた。



 ◇ ◇


 そうして通りがけにある、幼馴染である葉月家のドアを開ける。


 ピンポンなどは鳴らさず、勝手に入る。


 たったいま葉月から《玄関開けといた! あと五分!》と、メッセージが来ていたから。


 というか、同じ文言のメッセージがズラーッと並んでいる。言うなればこれは朝の日課だ。


 リビングに入ると葉月ママが忙しそうにお弁当を詰めていた。


「手伝いましょうか?」

「あらっ。もうそんな時間なのね! そしたらおいなりさん詰めてもらえるかしら」


「りょうかいです!」


 と、まぁ。こんな日も多い。


 親子揃って大体いつもこんな感じだから、来るのを五分遅くしたら二日目からそのまま時間がスライドした。


 結果、電車に乗り遅れるわで散々だった。


 どうやら俺だけ五分前行動は宿命らしい。


「レンくんもおいなりさん好きだったわよね? いくつ?」

「いつもすみません。そしたらふたついただきます!」


 数を聞かれるだけで会話が成立してしまうくらいには、俺はこの家の住人だったりする。


 そうこうしている間に五分経ったのか、葉月も支度を終えて自分の部屋から降りて来た。


 「おーまたー!」


 待たせたことなんてちっとも悪く思ってなさそうな、緩い朝の挨拶だ。


 ゆるく巻かれた髪に、ゆるく着こなされたカーディガン。スカートの丈が異様に短く見えるのも葉月っぽさを演出しているというか、なんというか。


 言うなれば癒やし系ゆるギャル! ……おっと訂正。


 癒やし系巨乳ゆるギャル!


 大切なところがひとつ抜けていた。



「おっ、この匂いは! おいなりさぁん!」

「食べるなら手洗ってきなさいよ」


「はぁい!」


 っと、まあまあ。放っておくとこんな感じで……。

 親子の温かな会話を遮断するように割って入る。


「食べてる時間なんてないぞ!」


  「「はッ!!」」


 親子揃って驚いた声を上げるのもまた、見慣れた光景だった。


 とはいえ、葉月の化粧バッチリS級美少女な出で立ちを見ると、なにに時間を食ってるのかは想像に容易く、文句などは出てこない。


 女の子の朝は大変って聞くしな。


 夏恋は俺と同じで鍵っ子で幼い頃から家事をバンバンこなしてきたから、そんな様子は感じさせないが。


 これが普通なんだよな。……たぶん。毎日待たされるけども!


 ◇

 そんなこんなで毎朝の通学は幼馴染の葉月と途中まで登校する。高校は違うけど路線同じだし、たぶん俺が寄ってあげないと遅刻するから……。


 昔はうちに遊びに来たり家事を手伝ってくれたりしてたけど、最近はめっきり来ない。


 なんせ夏恋と葉月はびっくりするくらい仲が悪いから。最初は仲を取り持ったり努力もしたけど、もうお手上げ状態。今では犬猿の仲くらいにしか思っていない。


 決して会わせてはいけない二人。


 そう、決して──。



 ◇ ◇ ◇



「う~ん?」


 駅までの通りを並んで歩いていると、葉月は俺の顔を食い入るように見てきた。


「目の下隈たっぷりだよぉ? どーしちゃったのぉ?」


「お、おぅ。恋煩いとでも言うのかな」

「こい……わず……らい?」


 左右に首を傾げながら聞き返してきた。


「ちょっと違ったかも。いや、でもそんな感じで寝れなくてな」


 義理とは言え妹だ。

 もと後輩とは言え、今は妹だ。


 これを恋煩いと言うのはとっても如何いかがわしい! 


 というか単なる予行練習だしな!


「……はぁ」


 とはいえ間が持たない。

 今晩は腕枕してくれるとか言ってたけど、それって確実に顔にましゅまろ当たっちゃうよな。


 本来なら手放しで喜ぶシチュエーション。

 でも夏恋は妹(仮)。


 兄としての理性が、既のところでましゅまろを拒む。


「はぁ……」


「えっ? 今度は溜息? それも二回?! 好きな人でもできた!?」


 驚いた様子で大声をあげたかと思えば俺の袖をグイッと引っ張って来た。


「そ、そんなのいるわけないだろ!」


「そっか。ならよかったぁ。びっくりしちゃったよぉ~。レンくんに春到来したのかと思って、てっきり!」


「あのな、春が来てたらため息なんて出ないだろ!」


「確かに! でもさっ、ほらっ! 意外と近くに良い人居たりするんじゃないのぉ~? ほらほらぁ案外さぁ!」


 大きく一歩前へと飛び出すと、くるりと回り顔を近付けてきた。


「まぁ、いま目の前にはお前が居るけどな」


「うんうん! でっ? でっ?」


「でって、何がだ。確かにお前はめちゃくちゃ可愛いし、隣に俺が居れるのも幼馴染の特権ってやつだからな」


 葉月は行動と言動が緩いと言うか、この手の思わせぶりな態度をよくしてくる。


 可愛いと言っておけば“ふふーん”と大概は満足して、話題終了になるのだが、今日は少し違った。


「なにそれー? えぇー? なにそれなにそれなにそれー?」


「無自覚に思わせ振りな態度をするな! そんなことばかりやってると誤解されるって何度も言ってるだろ!」


 何度目かわからない言葉をぶつける。

 二、三日すると忘れてまた似たようなことを言ってくるんだけど……。


「その時はその時じゃん! いいじゃん。ねっ?」


 ご近所でその時もへったくれもあるかってんだ。美少女の余裕ってやつは時に脅威だな。まったく。


 中学時代、葉月に振られた男は数知れず。


 振るときはいつだって驚いた表情で「え、無理なんだけど。なんで?」と、逆に質問されてしまうという、なんとも恐ろしいパターンだと噂になっていた。


 それでも告白する者がひっきりなしに現れたのには訳がある。それはこの思わせぶりな態度!


「いけると思ったんだよ……」敗北者たちは口節にこういった。彼ら、散っていった戦士たちのためにも、俺は葉月を正しい道へと導きたい!


 と、思って数年。

 こいつはなにも変わらない。もうだめだ。


 しいていうなら今は女子校に通ってるから、被害者が少なくて済むのがせめてもの救い。


 とはいえ、幼馴染としていつかわかってくれる日を信じて、何度でも言ってやるさ。


「よくない。だめに決まってるだろ!」


「えぇー! じゃあさっ、恋人ごっこしない?」


「恋人ごっこ……?」


 唐突に不思議なことを言い出した。

 話の前後に繋がりあったのかという疑問はさておき、聞き返さずにはいられなかった。


 このパターンは過去に一度もない……。


「そっ。たとえば、たとえばだよっ? 私とレンくんが付き合ったとしたら、どうなるでしょー? ってのをごっこ遊びをしながらお試し体験してみるの! もう高ニだしさぁ! そろそろ、ねっ?」


 なるほど。そういうことか。まったくこいつは。本当に思わせ振りなやつだな!


「それをして何かあるのか? 別に今のままでもいいだろ? 高校は違うけど、こうして途中まで一緒に登校できるからな。同じ学校の奴の俺を羨む視線。鼻が高いってもんよ。非モテなりに優越感を味わい、今日も俺はどうにか生きている! わはは!」


 うん。言ってて切なくなるのはなぜだろう。

 とってもかなしくなりました。まる。


「んんぅ。もぉ! だからぁ、その登校するときに手を繋いだり腕に抱き着いたり! そうやってラブラブしながら登校するごっこ遊びだよぉ! もっと優越感に浸れちゃーうぞ?」


 そう言うと鼻をツンッとしてきた。


 手を繋ぐ。

 腕に抱き着く。


 この二つの言葉が脳裏をぐるぐると駆け巡った。


 ぐーるぐる。ぐーるぐる。

 ましゅまろましゅまろぐーるぐる。



「……いいのか? 誤解されるぞ?」


「いーよん! そんなのぜんぜん気にしないしぃ~。うち女子高だしぃ~! じゃ、そゆことで~! うりゃあ!」


 いきなり腕に抱き着いてきた……!

 おっきくて柔らかいものを腕に感じるのだが……! これは……! まごうことなきましゅまろ……!


 こんなの一介いっかいの高校生じゃ一瞬で誤解するぞ! 二秒後には告白してるっつーの!


 しかし俺は違う!

 散っていった戦士たちのモノローグが今もなお鮮明に焼き付いている!


 これはあくまで恋人ごっこ……!


「お、おう。悪くはないな。ごっこ遊び……!」

「良かった! これからよろしくねっ。れーんくんっ!」


 大丈夫。葉月は無自覚で思わせぶりなだけ。

 俺が変な気を起こして誤解さえしなきゃいいんだ。


 それになんだか、楽しそうにはしゃぐ葉月を見ると無下にはできないからな。


 ◇ ◇


 葉月の通う高校は俺と同じ路線の三つ先が最寄り駅で、県内で一番偏差値の高い女子高だ。


 一緒に通学するとは言っても電車に乗ってしまえば十分程度。


 四六時中、夏恋と過ごす予行練習と比べたら恋人ごっこなんてお可愛いものだった。


 幼馴染だしな。今日くらいごっこ遊びに付き合ってやるか! なんて思っていたんだけど……。


 おままごと改め恋人ごっこの真髄は電車の中にあった……!


 やや混み合う車内。


「ねえ、腰に手まわしてくれないの?」

「ば、ばっか! 人が見てるだろ!」


 こういうのたまにみたことある。

 緩く腰に手を回して抱き合う一歩手前のようにイチャつくカップル!


 いつだって俺は心の中で指を加えて「うぎぃー」と見てた。爆発してしまえ爆発してまえ爆発してまえと念仏のように唱えながら。


 それを今! 俺がやっている! あちら側のステージに立っている!


 やらないわけには、いかない!


「こ、こうか」

「うんっ! いいねいいね!」


 なんてことだ。まさか俺があちら側にいけるなんて……! ここは天界か? エデン、エデンなのか?


「どーですか? 恋人ごっこ」

「とっても……いい!」


 ──現実ッ! 電車の中ッ!


「今なら特別に明日以降も延長できますけど! いかがなさいますか!」


 何故か敬語でセールストークを始める葉月に、俺の答えは即答だった。


「えんっちょします……!」


「りょーかい!」


 そう言うと俺の胸に顔をそっと近づけた。


「ちなみに、延長ね! えんっちょじゃないぞ~! ってことでもう一回言い直しましょ~」


 恥ずかしい。噛んだ内容を指摘されるのはとっても恥ずかしい。


「えんちょっ、ぅする」

「えへへ。今日のれんくんかわいぃー!」


 なんだこれ。なんだよこれ……。

 恋人ごっこ……最高かよ……。


 でもたった十分。あっという間に俺が下りる駅へと到着してしまった。


 ~扉が開きます。~扉が開きます。

 プシュー。


「じゃあまた明日ねぇ!」

「まだだ!」


「えっ? どゆこと?」


 閉まるドアにご注意ください~。

 プシュー。


「って、あ! 閉まっちゃったよ?」


 葉月が降りる駅まではあと三つ。


 時間にして七分弱。


 今、延長せずにしていつするってんだ!!


 せっかく辿り着いたあちら側のステージ! 

 電車内最高の特設ステージ!


 こんなの、いけるところまで行くだろうが!!


「恋人ごっことは言え、今の俺は彼氏だ。葉月が降りる駅の改札まで送ってくよ」


 あながちなくはない言い訳。


「……レンくん!」


 そう言うとギュッと抱きついてきた。


 おままごと、最高ッ!


 ◇ ◇


 とはいえ七分。所詮はごっこ遊び。なんと儚きものか。


 なんて思いながら一緒に改札を出て、


「もうバイバイだね。もっと一緒に居たいのに」「仕方ないだろ。お互い別々の学校さ」


 などと別れを惜しむところまでごっこ遊びに花を咲かせ、俺はまたピッと改札を戻ろうとすると、


「はろはろ~」

「おはろぉ~葉月ぃ~!」


 女子力めっちゃ高い二人組が近付いてきた。

 巻き髪スクバとブレザーの下にパーカー着てリュックサック背負ってるちびっ子。


 カースト最上位二人組って感じでもはや圧に押しつぶされそうになる……。


 く、来る。距離三○。……二○。…………ゼロ!


  「「って、誰?!」」


 見事に声を合わせて俺に視線を向けてきた。


 ちょっとこれ、まずい雰囲気なんじゃ……。


 と、思う俺を他所に葉月は鼻で笑いだした。


「ふっふっふっ……! 彼氏のレンくんですっ!」


   「「「えぇぇー!!」」」


 今度は俺も加わって三人息ぴったりに声を合わせて驚いてしまった。


 でもそれは少し異様な光景で、三人で視線を送り合うと数秒後には、


「いやいや、君は彼氏くんでしょ」

「だよね。なんで驚いてるの?」


 まずった!!


「とっても照れ屋さんなのっ!」


 言いながら葉月はむぎゅっと腕に抱きついてきた。お、おぅ……ましゅまろ。


「ひょっとしていつも話してる幼馴染くん?」


 巻き髪がこんなことを聞いてきた。


 それに対して「えへへ」と笑う葉月。


「そっかそっか。良かったじゃん! でもなんでこんなところに居るの?」


「彼氏だから改札まで送ってくんだーって言って聞かなくてさぁ。ねっ?」


 と俺に相槌をうつように葉月は振ってきた。


「まぁな。痴漢とか心配だし」


 って感じで、大丈夫かな……?


「うわっ。まじ最高じゃん!」

「いいなぁいいなぁ……! このちんちくりんやるじゃん!」


 セーーフ! なんとかこの場は乗り切った!


 でもパーカー。お前、今なんて言った……。


「じゃあお近づきの印にこれあげる。葉月のこと、これからもよろしく頼んだ!」


 パーカーがチョコ菓子をひとつ渡してきた。丁寧にお辞儀までして。


 訂正。パーカーはできる子。良い子だ!


「こちらこそ、いつも葉月がお世話になってます!」


 俺も丁寧にお辞儀をした。


 なぁんかこういうのいいなぁ。などと思ったところで、疑問が浮かんだ。


 あれ。でもこれ、何かおかしい気がするのは、気のせい?

 

 恋人ごっこ、だよね? 


 これじゃまるで……。あれっ?

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