第24話 冷房

 朝、私が目を覚ますと、マーサルはすでに起きて、身支度を整えていました。


「おはよう、ミハル」

「おはよう――」

「昨夜はよく寝られたかい? 蒸し暑かったせいか、僕は寝不足気味だよ」

「確かに蒸し暑かったわね。大分寝汗をかいているわ」


 マーサルもそのせいで既に着替えたのでしょうか?


「だからあんな夢を見たのでしょうか?」

「夢を見たのかい?」

「そうね、久しぶりに『学園』の夢を見たわ。教室でクラスメートと暑いからクーラーが欲しいと会話する夢だったわ」


「それに、僕は登場したのかな?」

「いえ、クラスの女生徒だけだったわ」

「そうか、それは残念……」

 マーサルはとても残念そうです。夢の中の話ですよ。そこまで残念がる必要はないのではないでしょうか。


「そういえば、この部屋にはクーラーがないけど、この国にはクーラーないのかな?」

「私は見たことありませんね」


「なら、暑い時はどうしているのかな?」

「扇風機とかですね」

「扇風機はあるんだ。なら、クーラーもあっても良さそうだけど……」


「風を吹かせる魔法は魔力が殆ど必要ないですけど、氷を生み出そうと思ったらかなりの魔力が必要になりますからね」

「別に、クーラーの中には氷が入っているわけじゃないんだけどね」

「あれ。そうでした?」


「それに、風魔法でも、氷を作れると思うよ?」

「え! 風魔法で氷が作れるのですか!」

「できると思うけど、やってみるかい」

「はい! どうすればいいんですか?」


「先ずは、空気を圧縮する。既にできるよね?」

「なんちゃってファイヤボールですね。でもこれだと熱くなるだけですよ?」


「そうだね。熱くなるよね。それをそのままの状態で冷ますんだ。風を当てて、熱気を外に逃すといいよ」

「そのままの状態でですか? これはなかなか難しいですね!」

 気を抜くと、圧縮した空気と冷ますために当てている空気が混じってしまいます。


「実際のクーラーは管の中に空気を入れて、管の外から冷やす感じだけどね」

「そうですか。それなら、空気同士が混じらないから簡単ですね、っと。かなり冷めたと思いますが」


「そしたら、その空気を、元の、圧縮してない状態に戻せば冷たくなるはずだよ」

「圧縮をやめればいいのですね!」


 私は魔法を解きました。その瞬間、部屋の中が白く染まります。


「なんですかこれ?! って寒!」

「部屋の空気中にあった水蒸気が結露したんだね。霧とか雲と同じさ」


「霧ですか。というか、凍りついてきてますよ」

 体の表面が凍ってきています。それだけでなく、家具や床や壁や天井がまるで霜が降りたようです。


「流石に寒すぎるね。外の空気と入れ替えてよ」

 私は風を起こして、冷たい空気を窓から外に吹き出します。


「うわぁー。寝汗が凍りついてる! 着替えてきますから」

 私は急いで洗い場に行って着替えてきます。


「どう。風魔法でも氷が作れたでしょ」

「そうですね。今のやり方だと魔力操作SSSでもないと無理ですけど、管を作ってやれば誰でもできるようになるかも。

 そうすればいつでも氷が使えるようになるわね」


「氷はなかなか手に入らない物なのかな?」

「冬場ならともかく、この時期から夏場はかなり高価になりますね。

 さっきも言いましたが、氷を生み出すのにはかなりの魔力が必要なんです。

 普通の人なら一日に作れる氷は、グラス半分くらいでしょうか」


「そうか……」

 マーサルが考え込んでしまいました。そして考えが纏まったのか再び口を開きます。

「考えたんだけどさ。これは、黒曜亭のウリにできないかな?

 部屋にクーラーを設置すれば、夏でも快適に過ごせるし。

 製氷機を作れば、飲み物には氷を入れて提供できる。カキ氷をテイクアウトで売ってもいいと思うんだ」


「確かに、それはいいわね。ミーヤさんに話してみましょう」

「ちょっと待って!」


 私は早速ミーヤさんに話に行こうとしたら、マーサルに止められてしまいました。


「これは、クーラーと製氷機が黒曜亭にしかない場合に生まれるウリなんだ」

 それはそうだ。どこにでもあったらウリになりません。


「つまり、クーラーと製氷機を作ったとしても、それを秘匿しないと意味がない。

 しかし、これを大々的に売り出せば、莫大な儲けになるだろう」

「そうね。誰でも扱える、部屋を涼しくする機械や、氷を作れる機械があれば、誰もが欲しがるでしょうね。

 でも、聞く限り、構造は単純よね。直ぐ同じものが大量に出回るようになるんじゃないの?」


「模造品ということかい。もしかして、この国に特許権とかないのか?」

「特許権? 多分ないわね。工房での製造方法は秘密にされるけど、売り出されたものを真似て自分で作るのは自由よ」

「そうか。そうなると、これだけで大儲けとはいかないか……。上手くいけば、白金貨十枚なんて直ぐだと思ったんだけど……」


 白金貨十枚が直ぐ。それは聞き捨てなりません。


「まあ、でも、そうだな。あまり欲をかいても良くないな。とりあえず黒曜亭にのみ設置して、黒曜亭が軌道に乗ったらまた考えよう」


「でも……、やっぱり、売り先を限定すれば、模造品は、どうにかなりそうな気もするわ!」

「どうしたの? 急に売る気になったね。でもまあ、まずは作ってみないことには話にならないな」

「それなら、任せておいて、親切丁寧、安くて秘密厳守の工房を知ってるの!」

「それって、ギルド直営店じゃあないよね?」


「流石に、王都の本部でも工房までは経営していないわ。提携しているところはあるけど。

 だけど、今度の工房はギルドが提携している所ではなく、冒険者からの情報よ!」

「ああ、穴場情報の方か……。それって大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。行ってみて駄目そうなら、他に行けばいいわ」

「それなら今日はそこへ行ってみようか?」


「そうね。ミーヤさんに話してから行ってみましょう」


 その後、私たちは朝食を取りながら、ミーヤさんにクーラーと製氷機について説明し、黒曜亭のウリにできるのではないかと話しました。

 説明を聞いたミーヤさんは、話に乗り気で、直ぐに作って、設置することになりました。


 朝食後、私とマーサルは工房を訪ねることにしました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る