8 夫婦か警察か①
「夫婦なら問題ないですよね、義一さん!」
義一は天井を仰いだ。案の定だ。ああ、藤の花がきれいですね。
「んな!? 夫婦って、本当ですか凰和様!」
うろたえた声を上げる友仁に向けて凰和は強引に義一と繋いだ手を掲げた。
「本当だよ。ほら見て。手まで繋いじゃった!」
「はわわっ。て、手を!? なんて大胆な……!」
義一をひとり置き去りにして凰和と友仁は目を覆ったりはにかんだりと盛り上がっている。これだから若者は苦手だ。ことさら、繋いだ手を見ただけでうっすら頬を赤く染め凰和の言葉を信じた友仁の幼さには驚く。歳を聞いてみると「十歳だ文句あるか」と吐きかけられた。素直さは美点だと思うが、なにごともほどほどでないとおっさんの心も傷つく。
世代の違いに衝撃を受けているうちに、友仁は素足の凰和の履き物を取りに行った。扉の閉まる音を聞いてから義一は凰和の手を強引に振りほどいた。
「どういうつもりだ、おじょうちゃん。あんまりしつこいと俺も冗談として聞き流せないぞ」
またむくれて喚くかと思ったが、凰和は横顔を見せたまま静かにつぶやいた。
「冗談ではありません。私は本当に義一さんが好きなんです」
長いため息が出る。すると凰和は下唇を噛んで胸元の服を握り締めた。無意識にこぼれていたその息を止めて、義一は頭をがしがしと掻く。厄介なことになった。そう思う自分を薄情なやつだと感じる心はもっと厄介だ。
「それはひと目惚れってやつか? 巫女さんっつうのは易々と神社を離れらんねえのかもしれんが、男はごまんといるぞ。もっと若い男を見つけろよ。おっさんは今すぐ会社に戻っ……」
ハタと思い出し、義一は口を閉じた。自分が書かなければならないのは報告書ではなく辞表だ。橋の欄干から落ちた時、善人の面をした死神役はもうごめんだと思ったではないか。
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