第398話 蛯名里希は出会う

 二条にじょうにここまで、残忍な攻撃性を持ち合わせた発動者がいただろうか。

 周囲を見渡しつつ、里希さときは考える。

 

 あの用意周到な鹿又かのまたのことだ。

 こんな行動もいとわない隠し玉を持っていたとしても、おかしくはない。


 指定先である施設入口を目指し歩き出すも、周囲からは自分に対する敵意は感じられない。

 いや、正確には『生存している人間がいない』というべきか。

 物言わぬ存在となった者たちには目もくれず、進んだ先での光景に、里希は小さくため息をつく。


「なんかさ、僕がいなくても十分なんじゃない? あんなひょろっこい子に、みんなやられちゃってんだから」


 施設の前でたたずんでいるのは一人の少年。

 栗色の髪をかきあげながら、場にそぐわない穏やかな笑みを彼は浮かべている。

 周りを何人もの男に取り囲まれているにもかかわらず、動じる様子はない。

 近づいてくる里希を認識した敵の一人が、不審そうな表情を浮かべる。

 その動きで、幾人いくにんかの男が少年から視線を外し、里希へと振り返ってきた。


「あぁ、だめだよ。そんな隙を見せたら」


 彼らの動きが合図とばかりに、少年は里希の方へ腕を鋭く振り抜いた。

 幼い顔立ちに浮かぶのは、年相応ではない冷酷な笑み。

 少年に背中を向けていた男達は、彼の作り出した風の刃によって命を刈り取られていく。

 刃が衰えることなく里希へ向かうのを、少年は歪んだ笑みをもって見つめている。


 ――いちいち手を使うまでもない。

 

んで」


 、言葉だけで十分。

 たちまちにかき消えた風に、少年の顔がゆがむ。

 彼が、鹿又かのまたの言っていた合流相手ということだろうか。

 まずは確認をと、近づきながら里希は声を掛けていく。


「お前、誰?」


 こちらの問いに、少年は馬鹿にした表情を浮かべ答えてくる。


「怪しい人とお話をしてはいけないって、学校の先生に言われてるんだ。だから答えられないや」

 

 あぁ、こいつは本当に、自分に似ている。

 会う前から予感していた思いを確信に変え、里希は言葉を続けた。


「へぇ、『怖くて名前も言えません』って素直に言えばいいのに」

 

 顔つきを一変させ、睨みつける少年から感じるのは明確な殺意。


「何なんだよお前! こっちは来たくもないのに、こんな山ん中まで来てるっていうのにさぁ!」


 胸倉を少年に掴まれるも、里希は冷静に返す。


「なら帰ればいいじゃない」

「うるさい! 僕だってつぐっ、……あの子のことさえなければ、こんな下らないやつらの相手をしなくて済んだのに!」


 突き飛ばそうとする動きを察し距離を取ると、少年の手のひらからは獣の唸り声に似た音が響いた。

 本能的にしゃがみこめば、大きく腕をしならせた彼の手から放たれるのは、弾丸のような渦巻く風の塊。

 弾は容赦なく周囲の人間を貫き、凝縮された風の力はその悲鳴をも飲み込む。

 襲い来る弾を避ける里希へと、少年の怒鳴り声が響く。


「おい! 僕ばっかりに仕事させて、楽してんじゃねぇよ!」

「お前と違って、ここに来るまでにおっさんを運んだり蹴りを入れたりと、面倒なことをさせられているんだよ。だから利用できるものはちゃんと使ってやる。それだけのことだから」

「ちっ、人をなんだと思ってやがる。ってちょっと待て、おっさんを運ぶってそもそもどういう状況だよ!」

「別に答えてあげてもいいよ? どうやら掃除は完了したみたいだしね」


 もはやこの場で生きているのは、自分と少年だけ。

 彼のものより一回り小さな風の弾を、里希は作り出す。

 軽く指先を振れば、弾は少年の放った弾を追い、次々と消し去っていく。

 いまいましげにその様子を眺めながら、彼は口を開いた。


「……やっぱ聞かなくていい。全く興味ねぇから。そんなことより」


 少年は、施設の正門を指さす。

 

「ちょっとあそこに向かって歩いていってよ。まさか一人じゃ怖くていけないなんて、大人が言うわけないよね?」


 挑発的な言いざまに、その先に『何か』があるということを察する。

 なるほど、高辺たかべからの歓迎が仕込まれているということか。

 施設入口に向かって歩き出せば、正門のやや手前で足が止まる。

 踏み出そうとするも、見えない障害物に遮られ、先に進むことが出来ないのだ。


「ふぅん、なるほどね」


 以前、報告書で読んだ内容を思い返していく。

 落月らくげつの発動者が起こした、野小納やこな市内における『黒い水連続行方不明事件』。

 何者かによって作られた障壁は、白日はくじつの発動者を拒んだという。


「侵入者を阻む壁。これがそうなのか」

「なんだよ。だからこっから先に進めなくなっているのか」


 少年が、施設へ向けて手を伸ばしながら呟くのが聞こえる。

 報告書によれば、攻撃により壁は破壊出来たはずだ。

 試しに手を壁に添え、攻撃発動を行えば、小さな振動が自分の手のひらへと伝わってくる。

 問題は、この壁の強度だ。

 今の反応を見るに、自分一人でこの壁を壊すことは難しい。

 不本意ではあるが、彼の力を借りる必要がある。

 小さく舌打ちをして、里希は隣の少年へと声を掛けた。 


「おいお前。少し、……いや、かなり協力しろ」

「はぁ? 何であんたに、そんなことしなきゃいけないんだよ!」


 不機嫌そうに答える少年へと、里希は向き直る。


「この壁を今から発動で壊す。でなきゃここから先に進むことが出来ない。どうだ、理解できたか?」


 手のひらに発動を込め壁に触れた少年は、すぐさま怒りの感情と共に拳を壁に叩きつける。


「納得は出来ないけど、理解はした。僕ら二人が、かなりの力をこいつにぶつけなきゃいけないってことも。……けどな」


 指先で壁をはじきながら、少年は問いかけてくる。


「ここで壁を破壊するために力を使い果たしたら、施設に入ったところで無駄死にするだけなんじゃないの?」

「だが壁を破壊できなければ、中にいる人質は、もうじき殺される」


 きつけられた事実に、少年が悔しそうにこちらを見上げてくる。


「私もそこまで無策ではない。もうじき治療班が、こちらへとやってくる。彼らの治療を受け、突入すれば問題なかろう」

「あんたはそれでいいだろうさ。でも、……僕はそうはいかない」


 組織内で彼を見たことがないこと、さらには治療に関しての今の発言。


『所属する組織の発動者にしか、治療は行ってはならない』


 このルールに対応できないということは、彼は白日の人間ではないということ。

 他勢力の発動者から力を借りるとなれば、いろいろと面倒なことになる。

 彼がどの組織なのかを、把握しておいたほうがよさそうだ。


「……自己紹介が済んでいなかったな。私は蛯名えびな里希さときだ」

「蛯名? その名前、どっかで聞いたことがある」


 少年は首をかしげ、こちらを見つめてくる。


「私の父は蛯名えびな吉晴きはる。白日一条いちじょうおさだ」

「白日、……長の息子だって? 何でそんなやつが、こんな所に来てるんだよ?」

「必要だから来た、それだけだ」


 ちらりと施設を眺め、再び少年へと視線を移す。


「次はお前の番だ。名乗られたら自分も名乗る。学校の先生に、これは言われてなかったのか?」

「……」


 相手里希の正体が分かった以上、警戒するのは当然の流れだ。

 今までの行動を見るに、若いながらもかなりの実力を持った発動者であることは間違いない。

 恐らくは鹿又の指示で、彼がここにいること。

 さらには、この少年の目的が自分と一致したものであることを考えるに、協力は可能なはずだ。

 

『僕だってつぐっ、……あの子のことさえなければ』


 自分が品子を求めるように、彼も冬野つぐみの救出のためにここに来たのだ。


「このままだと、お前の望む相手に会うことが出来なくなる。声が、思いが、全部届かなくなる、聞こえなくなってしまう」


 品子の笑顔が、自分を呼ぶ声が消える。

 そんなことなど、させてなるものか。

  

「そんなくだらない未来は、絶対に認めない。どんな手段を使ってでも、私はそれを変えてみせる」


 自分はまだ、品子から真意を聞いていないのだ。

 だからその為にも……。


「私を信用しろとは言わない。ただ、今だけは協力しろ。……お前だって気付いているはずだ」


 自分達二人は、とても似ている。

 だから彼も、理解しているはずなのだ。

 自分の心に『人』としての温もりを与えてくれる存在を。

 今、つぐみを失うことが、どれだけ恐ろしいかということを。


 こちらへの否定の意思であろうか。

 彼は黙りこくったまま、動こうとしない。

 一刻も早くこの壁を破壊し、突入をと思っていたがそれは難しそうだ。


 松永からの追加報告によれば、四条しじょう鶴海つるみ真那まなも、こちらへ向かっているという。

 属性こそ違うが、彼女の力を借りれば、この壁は壊すことが出来るはず。

 真那の到着を待とうと壁に寄りかかれば、少年の拳が里希の顔をかすめ、壁に叩きつけられた。

 

「……汐田しおた。汐田クラム。落月の上級発動者だ」

「これはこれは。そんな大きな組織に所属するお方だったとはね」


 なるほど、どうりで名乗りづらいわけだ。

 まさか敵対している組織の人間に、力を借りることになろうとは。


「随分と元気な自己紹介をどうも。ともかくも、お前が私と同じ属性であることにだけは感謝するよ」


 壁へと向き合い、発動の準備をはじめれば、クラムも不機嫌そうにそれにならう。


「……今だけだ。僕はあんたが嫌いだし、今後は一切、協力なんてしないからな」

「あぁ、それで結構だ。では、始めるとしよう」

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