第10話 己の全てを拳に込めて

「……ありゃ?」


 僕の集大成その二となる魔術は、天に掲げた手のひらで自転する銀色の輝星……ではなく、どう見てもウニ。

 ……練り込む術理を意識し過ぎて、形状のイメージが疎かになってしまった。


 とはいえ、性能自体には影響しないので、僕は構わずそれを思いっきり放り投げる。


「おいおい……」


 飛距離は十分。しかし明後日の方向に飛んで行った流星に、ローガンは拳を止めずに呆れた声を上げる。

 ギャラリーのおっさん達まで大爆笑だ。


 ……僕がドン臭いのは、自分がよく分かっているさ。


「気にするな! 魔術以外は、これから俺がみっちり鍛えて……」


 それについては僕からも頼もうと思っていたくらいので、実に有難い申し出だ。

 だけど……今後の話をするのは、まだまだ気が早いぞ!


「ぬおぁっ!」


 背後から急襲する流星にも、ローガンはギリギリで反応してみせた。

 そのうえ、拳での迎撃を直前で取り止めたのも好判断。


 ……僕が集大成と位置付けた魔術が、ただ投擲武器を創り出すだけであるはずがない。


「念のため言っておくけど、ソレに当たると滅茶苦茶痛いから!」


     ◇


 そもそも銀とは、魔導具の材料としてよく用いられる素材。

 ただ、それは魔力の伝導性が良いからであって、通常は導通回路としての少量使うのが一般的だ。

 銀そのものだけで魔導具を作るなんて、強度的にもコスト的にも問題外。


 だけど、僕が『マテリアライズ』した銀を使うとなれば……話はガラリと変わる。

 予め解析さえ済ませておけば、コストは僕の魔力だけ。壊れたところで少しも惜しくはない。

 つまり、『採算度外視で性能全振りの使い捨て魔導具』という反則技も実現可能となるわけだ。


 今回、対ローガン用魔導具として創造したのは、強度も制御も捨て去り『痛覚刺激』に特化したトゲトゲの球体。

 今の僕では、まだこんなオモチャ同然のものしか創り出せない。

 しかし、これから素材の解析をさらに進めて、魔導具の知識をさらに深めていけば……可能性は実質無限に広がる。


 つまり……この『マテリアライズ』は、未完成にして完成形の、僕だけのオリジナル。


     ◇


 茨たちに追加した『反発』の術理は正しく機能し、ローガンを中心にして危険極まりないボール遊びが展開される。

 ……僕の投擲の腕前では自力で当てる事など不可能なので、狙いは完全に彼ら任せだ。


「コレが仲間に対する仕打ちかよ?!」


 若干の殺意を込めて叫ぶローガンの身体からは、僅かながら初めての出血。

 ……ノラの一撃の際に気づいたのだけど、やっぱり僕の銀は『神の拳』では相殺し切れないらしい。


 二つ、三つと数を増やした僕の切り札によって、ローガンの歩みは完全に止まった。


 だけど……


「……凄いな」


 それでも倒れぬ彼の姿に、心の底から感嘆の声が溢れる。


 あの『痛覚刺激』の術理はリンジーさんに教わった護身用魔術のものだけど、その魔術は元々拷問用に開発されたと聞いている。

 今さらながら、そんな物騒な代物を仲間に向けるなよと思うも……それは、まぁいい。


 だって、ローガンの目に宿る闘志はまだ消えていないのだ。

 彼は身を苛む痛みにも折れず、一歩と呼ぶには烏滸がましい僅かな距離を、今も何とか踏み出そうと足掻いている。


「僕も……」


 ……あんな風になれるだろうか。


 そう考えたとき、僕の両手は自然と拳を形作っていた。


     ◇


 そして、そのローガンの不屈は、長い時間をかけて僕の防衛陣を完全突破した。


 まだ数歩の距離は残っているけど……ここまで近づかれてしまっては、茨やウニの増援より、あのごつい拳が届くのが先。


 ローガンは決着がついたと判断し、肩を下ろしかけるも……僕の様子を見て意外そうな表情を浮かべる。


「……まさか、まだやる気なのか?」


 僕の拳は、未だ硬く握られたままだ。

 それも身体のわきにダラリと垂れ下がるのではなく、どちらも胸の前で不細工な構えをとっている。


「……そこまでやっても、べつに意味はねぇだろ?」


 つい先ほどまではローガンもちょっと本気で殴ろうと思っていたみたいだけど、貧弱な僕の目の前に立てば躊躇が湧いてきてしまったようだ。


 ……でも、意味ならある。


 あの二つの魔術は間違いなく本気も本気の極限だったし、持てる力を全て出し尽くしたと胸を張って言える。


 だけど……本気も本気のそのまた先は、まだ確かめられていないのだから。


「お前がその気なら、付き合ってやらんでもないが……恨むなよ?」


 呆れ果てた様子のローガンは、右の拳を腰だめに引き絞って軽く重心を落とした。

 ノラに向けたのと同じその構えは、間近で対峙してみれば背筋が冷えるほどの威圧感を放っている。


 ……何とも有り難いことに、ぼやきつつも本気を出してくれるらしい。


「そっちこそ、恨まないでね!」


 その大言壮語としか思えない台詞に、おっさん達はピューピューと指笛を鳴らして大盛り上がり。

 だけど、ローガンはハッとして髭面を引き締める。


 ……それでいい。この期に及んで、騙し討ちなんかがしたいわけじゃない。


「…………」


「…………」


 言葉が尽き、時が満ち……互いの意志を握り締めた拳が振るわれた。


     ◇


「……は?」


 ポカンと開いた口から混乱を漏らし、かくりと膝を落としかけたのはローガン。


 ……間合いに入るどうこう以前。

 一歩めを踏み出すより先に受けた顎への打撃に、全く理解が及んでいない様子だ。


「……ははっ、出来た!」


 名付けるならば、さしずめ『クリスタル・ブロー』といったところだろうか。


 僕が拳から撃ち出したのは風圧でも魔術でもなく、『クリスタライズ』に組み上げられる前の曖昧な術理の塊。

 それが彼の体表に触れた瞬間に結晶化するように調整し、硬質な力場をぶつけたのだ。


 ……ローガンの鉄壁の根幹は、動体視力と気配察知に基づいた、完璧なタイミングでの防御。

 ……ならば、光も音も魔術の気配も発せぬ技を編み出して、防御のタイミングを悟らせぬようにするしかない。


 つまり、これまでの経験を出し尽くし、この戦いでの経験を注いだ結果……芽吹いた新たなるアイデア。


「……さすがに、もう打ち止めだよな?」


 コキリと首を鳴らしたローガンには、まだ苦笑を漏らすほどの余裕がある。


 ……それもそのはず。

 こんな即興の技では僕が直接殴るのと変わらない威力だっただろうし、たとえ軌跡が見えなくてもタネが割れてはフォームで狙いを見破られる。


 そして……彼の言うとおり、経験もアイデアも今度こそ残らず全て出し尽くした。


 だから……


「まだまだぁ!」


 残るは体力気力と魔力だけ。

 それらを全部拳に込めて、ぶっ倒れるまで撃ち尽くすのみ。

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