創造と破壊のクリスタル 〜追放された錬金術師と追放した精霊術師、追跡する聖騎士と叛逆する姫騎士〜

鈴代しらす

プロローグ

第1話 夕焼け色の屋上で

「冗談、ですよね……?」


 仕事終わりに憧れの先輩から呼び出され、王宮の庭園を望む屋上で二人っきり。


 そんな予想だにしていなかった展開に高鳴っていた僕の胸は、予想だにしていなかった言葉の刃で冷たく貫かれた。


「もちろん、冗談じゃないわ。あれだけの高待遇を受けておきながら、一年経ってもろくな成果も出せないなんて……」


 分厚い眼鏡の奥の瞳には、いつものように暖かい色は浮かんでいない。


 たしかに、僕は特例により軍務を完全免除されており、研究資金も同僚たちより多く割り振られていた。

 でも、僕の研究には莫大な予算と十年単位の時間が必要なことは、リンジー先輩も良く知っているはずだ。


 ……この人こそが、周囲のやっかみや嫌がらせから守ってくれていた当人なのだから。


「筆頭は……ジリアン様は、ご存知なのですか?」


 当時はまだ成人前の僕を宮廷魔術師として迎えてくれたのは、僕の研究テーマに興味を持ってくれた筆頭魔術師のジリアン様だ。

 長らく戦場に留まっていらっしゃるので最近は会っていないけど、あの人の意向を無視して僕を追い出すことなんて出来ないはず。


「ご存知も何も、わざわざ戦場から届けられた筆頭直々のご命令よ。顔を合わさずに済んで良かったわね。あの方も相当にお怒りだったらしいから」


「そんな馬鹿な?!」


 想像だにしていなかった事態に世界は色を失い、足元がぐらぐらと揺らぎ始める。

 僕は震える膝に無理やり力を入れて、何とか抗弁しようとするも……


「何を言っても決定が覆ることはないわ。それと……平民である貴方は、宮廷魔術師の資格を失うと同時に、王宮への立ち入り資格も失う。すぐに荷物を纏めて出て行きなさい」


 纏めるべき荷物は研究室の私物だけではなく、寝起きしている宿舎のものも指しているのは明らか。

 あまりに無慈悲で一方的な宣言に僕は怒る気力もなくなり、ただただ失意に沈んでしまう。


「…………」


「…………」


 こうして視線を交わすのも最後なのだろうか。

 何でもない事のように太々しく笑ってやろうとしてみるけど……上手く出来ている自信は全くない。


「…………」


「…………」


 不細工に歪んでいるだろう僕の顔を見ても、憧れの先輩の……憧れの女性の顔は、仮面のように動かない。


「…………」


 表情を変えぬまま、すっと指差される階段。

 僕は様々な思いを断ち切るように勢い良く振り返り、足早に屋上を去ろうとする。


 ……が、階段に足をかける前に、どうしても抑え切れない思いが噴き出してしまった。


「貴女だけは、期待してるって言ってくれたじゃないですか……!」


     ◇


 大きな夕日が王都の街並みの彼方に沈んでも、私は一歩も動けず、ただただ無為な独り言を繰り返していた。


「ごめんね、レヴィン君……」


 彼が最後に叫んだように、私は彼に期待していた。

 そして……その評価は、今でも何ら変わっていない。


 陰気で神経質、プライドが高く排他的。そんな宮廷魔術師たちの中で、彼は一際まばゆい異彩を放っていた。

 子供のように自由な発想から導かれた革新的な魔術理論に……子供のようにあどけない無邪気な笑顔。


「泣かせちゃったな……」


 最後の思い出があんな変な顔になってしまったのは残念だけれど、全ては私のせいなのだから仕方がない。

 我ながら残酷な仕打ちだったとは思うけれど、無力な私にはこうすることしか出来なかった。


「……何処かで良い娘を見つけてね」


 色恋沙汰に疎い私でも、彼の気持ちには気づいていた。

 毎日毎日、あんなに熱の篭った目で見つめられては……さすがに分かる。


「…………」


 一方、私自身の気持ちは……何と表現していいのか分からない。


 最初に感じたのは、弟が出来たかのような庇護欲。

 次に感じたのは、煌めくような才能への憧憬と羨望。

 そして、生まれて初めて純粋な好意を向けられたことで感じた……胸の高鳴り。


「……これで良かったのよ」


 楽しく居心地の良い毎日を壊す勇気がなく、結論を先送りにしているうちに、こんな事になってしまった。

 とはいえ、若気の至りで私なんかに引っかかってしまうより、彼にとっては良かったのだと思う。


 ……もう二度と逢うことはないのかもしれないけれど、何処かで幸せに暮らしてほしいと心の底から願う。


「……よし!」


 少し冷えてきた風で身震いしたのを切っ掛けに、私は為すべきことを為しに向かう。


 歯向かうのであれば穏当ならざる手段を用いる……と、仄めかした上役への報告だ。

 醜く泣き叫んでいたと告げて溜飲を下げてやらないと、彼を泣かせた意味がなくなってしまう。


「…………」


 最後に彼が立っていた場所に辿り着いたとき、冷たい胸の痛みとともに改めて湧き上がってきたのは……ずっと蓋をしていた大いなる疑問。


 何故、命令書の捏造なんて無茶が罷り通ってしまったのか?

 ……個人への嫌がらせ程度に使っていい手段ではないことは、宮中政治に疎い私であっても理解できる。


 この一件、どうやって収拾をつけるつもりなのか?

 ……身近には彼を疎ましく思う人間ばかりだったけど、ギリアン様を始め、彼に目をかけていた人間は王宮内に少なくない。

 彼自身が王宮に未練がなかったとしても、このまま忘れ去られてお終い……となるわけがないのだ。


 切迫した状況だったので、とにかく彼を目前の危険から遠ざけることを優先していたけれど……


「……この追放劇の裏側で、一体何が起こっているの?」


 闇に沈んだ地平に向かって、私はもう何度めかの独り言を呟いた。

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