2章-10

その言葉を聞いた瞬間、俺の目はこぼれ落ちそうなほどに見開かれた。

魔法!?

そんな馬鹿な!今は世界的に禁止されているはず!

こんな堂々と使っていいわけがない!

なんなんだ、この教会!

完全にパニクった。

しかし。


…ん?

隣のユレーナが反応していないぞ?

そういえば俺の体、何にも楽になってない。

そもそもマナが光ってない?

あ、そうか。

フリか。

それこそ神主が使うお祓い棒みたいなものか。

気持ちの問題ってやつだ。


「えぇと、魔法、ですかな?今のは。」


「おお、聖樹様の祝福をお感じになられましたか!神々しい光に包まれる感覚はまさに至福の時!魔法は我ら聖樹教会にのみ許された祝福の顕現なのです!さぁ共に聖樹教会で祈りを捧げましょう。」


光りもしていないのにどこに幸福を感じられるのだろうか。


「いえ、ワシはもう帰りますわい。世話になりました。」


「え?お祈りをなさらないのですか?」


信じられないというような顔つきで俺を見てくるが、祈る意味がないのだから仕方ない。

軽く礼をしてそそくさと教会を後にする。


「ユレーナ、知ってたの?聖樹教会のこと。」


「ええ、私もハンターてすから。ハンターで信仰している者は一人もいませんね。」


「そこまで!?嫌ってるの?どうして?」


「嫌ってるのはお互いに、ですよ?ハンターからしてみれば魔物を倒して人々を脅威から守っているのに、教会からしてみれば魔物も等しく聖樹の子でそれを殺される訳ですから。」


改めて聞くと教会の教義が滅茶苦茶である事がわかる。

そりゃ対立するわ。


「でもどうしてこんなに教会が力を持ってるの?国になるまで。」


そう、聖樹教会は、聖樹教国として広大な東方地域を治めている。

ここにあるのはその支部ということになる。

各街に必ずあり、もちろんキールやロイスの街にも支部は存在する。


「今となっては分かりません。それこそ遥か昔は本当に魔法が使えたので、人々の病を癒やし、信仰を集めたのかもしれませんし。」


「そっか、歴史を遡れば教会が魔法を使ってもおかしくないか。世界樹が弱って魔法が発動しなくても、儀式的なものとして考えればそれほど不都合も無いってことだし。」


「そう考える事もできる、っていうだけの話ですけどね。実際はどうなんでしょうか。」


うーん、怪しい宗教かもしれないけど、今の段階ではだからどうしたって感じ。

誰かが被害にあってるわけじゃないし。

そもそも魔法は発動しないからマナも消費しない。だから世界樹にも影響はない。


「影響はない…か。ホントの所どうなのかね。」


口にするとどんどん色んな考えが頭に浮かんでは消えていく。

何か引っかかってるんだけど、なんだろう。

何かが結びつきそうで、もやもやする。

だめだ、一回リセットしたい。


あてもなく歩きながら話したので、ここがどこなのか見当がつかない。

仕方なくユレーナにギルドまで案内をお願いした。

これじゃあ一人で出歩けないな、格好わるい。


ギルドに戻ると、一階の酒場には早くも酒を飲むグループがある。

まだ夕方にもなってないのに気が早いものだ。

俺たちは遅めの昼食を軽く取り、今度は貴族街の方へ出掛けてみることにした。


「お爺さん、ここから先へは入れませんよ?」


内壁の門はぴっちりと閉じられており、その前に門番が立っていて声を掛けられた。

ハンターギルドのような重厚な扉だったので思わず見上げてぼーっとしてしまった。


「観光できたんじゃが、一度でいいから世界樹様を間近で見てみたくての。」


「お爺さん、世界樹はこの奥の王城の隣にあります。この内壁門は貴族しか入れないので、諦めてください。」


「そんな殺生な、近くで見るだけでいいんじゃ。」


「規則なので無理なんです。鐘つき塔の踊り場から世界樹が見れますから、それで我慢してくださいね。」


絶対に通れなさそうだ。

これ以上へたに食い下がって顔を覚えられるのも嫌だし、大人しくここを離れよう。

正面突破は無理ということは分かった。

まずは貴族街に入れるようにならないとどうしようもないかな。


ひとまず内壁門から離れて、ぐるっと内壁沿いに歩いてみる。

門が高いので中の様子は全くわからない。

かなりの距離を歩いてようやく一周できた。

門は北と南に一つずつ。

高台から見たときは北側がよく見えなかったけど、まぁ大方予想通りだ。

ちなみに外壁には東西南北に門がある。


「ユレーナ、なにか気になることあった?」


「いえ、特には。お役に立てず申し訳ございません。」


念の為ユレーナにも確認したが、特に何も感じるものは無かったようだ。

逆に考えると、世界樹のお膝元でもマナが見えないという事。

元気な頃の世界樹を知らないから適当な事しか言えないけど、普通あの大きさなら街ひとつすっぽりとマナに覆われても不思議じゃなさそうなのに。

早くなんとかしてあげたい。

もちろん人のためじゃなく世界樹のために。


ハンターギルドに戻る頃には日は傾いており、一階で夕食を食べることにした。

昼間から酒を飲んでいたグループはすでにできあがっていて、かなりうるさい。

騒がしいのは好きじゃないが、情報収集の為と思えばいい。

実際大きい声で話される内容は様々で、こうしてご飯を食べているだけで情報が向こうからやってくる。

耳に集中するあまり、無言で食べ続けていたのがよくなかったらしい。

酔っ払いにからまれてしまった。


「よぉ嬢ちゃん、決闘するらしいじゃねぇか」


「…ええ、対戦相手の情報でも教えてくれるのかしら?」


「けっ、何でそんなことしなきゃなんねーんだよ。オレはジローパに賭けてんだ、しっかり儲けさせてくれよ!ガッハッハ!」


おお、もう話が広がってる。

それに賭博の対象にも。

エンターテイメントに縁のない世界ならありがちだよね。

負けるつもりないんだから参加させてもらおう。


「それって自分に賭けることできるのかの?」


「ああ?爺さん、ホントに孫を戦わせるつもりか?まぁ賭けれるけどよ、その嬢ちゃんじゃ勝てねぇぜジローパには。」


「孫ではないがの。どこに行けば賭けられるのかな?」


「えれぇ自信じゃねぇか。へっいいカモだぜ。ここのマスターが仕切ってるよ。一応ギルドには内緒ってことになってるから言いふらすんじゃねぇぞ。」


ギルドのお膝元でギルドに内緒の賭博…無理があると思うんですけど!

まぁ公然の秘密ってやつだろう。

残った皿を平らげて、ユレーナと共にカウンターへ近付く。


「すまんが、マスターを呼んで欲しいのじゃが…」


「お話しするのは初めてですね。私がそうですよ、イゴールと申します。」


なんと目の前の男がマスターだという。

ハンターギルドの一階で酒場するくらいだからもっといかつい人を想像していたのに、細身でなんとも雰囲気のある白髪交じりの男性だった。


「あ、ああ、ワシはヨウ、こっちはユレーナじゃ。今度戦うことになっておる例の…」


「ええ、存じております。なかなか厳しい戦いになりそうですね?」


「イゴールさんから見てもそう思われますか。」


ユレーナを覗き見るとちょっとだけ不機嫌そうな顔をしている。

前評判が納得いかないのだろう。


「相手はジローパですからね、一筋縄ではいかないでしょう。それで今日は?」


「はい、実は賭けをされていると小耳に挟みましてな、ワシも乗らせてもらえないかと思いまして。もちろんこの子に賭けますよ。」


「おお!そうですか!いや実のところジローパに賭ける連中ばかりで賭けが成立しないところだったのです!それでいかほど?」


「賭けが成立するくらいには賭けたいの。いくらじゃ?」


「最低でも金貨20枚は欲しいですね…大丈夫ですか?」


結構な額だな!

今後の為にもここは是非稼いでおきたいところだ。

家を出るときにシルから金貨10枚貰ったが、飲み食いした分、手持ちは少し減っている。

一旦取りに帰還魔法を使うか?

いやいや、賭け事のためにシルにお金をせびるのはさすがに悪い。

何か現金化できるもの…うーん。

うん、あった!

魔石があるじゃん!


「イゴールさん、ちょっとお金を工面してくる。また来るでな。」


別れの挨拶もそこそこに、ユレーナと二階に上がる。

ユレーナは状況を理解していないみたいで、端から見ても頭にハテナが浮かんでいるのがわかる。


「ユレーナ、魔石を換金してきて欲しいんだ。

金貨10枚くらいになればいいんだけど…」


「ああ、そういうことでしたか。でも宜しいのですか?魔石はシル姉様へのプレゼントと聞いておりましたが…」


「まぁそうなんだけど、せっかくだから稼いでおきたいじゃない?魔石はまた頑張って集めるよ。」


「承知しました。では行ってきます。」


俺から魔石の入ったずしりと重い袋を受け取り、カウンターへ向かうユレーナ。

いくらになるかなー。

全部で100個位あるから、一個平均銀貨1枚だったら金貨10枚ってことになる。


ユレーナの座ったカウンターからどよめきが起こり、近くのスタッフが集まってきていた。

なにかあったのだろうか。

一旦奥に引っ込んだ受付のお姉さんがトレイにお金を載せて持ってくるのが見えた。

お、結構多いんじゃない?

ユレーナがにこやかに何か話したが、すぐにこちらに早歩きで戻ってきた。


「おかえり、どうだった?」


「金貨16枚と銀貨1枚、銅貨7枚になりました!こんな大金を手にしたのは初めてです!」


おお、ユレーナが魔法以外で興奮している。

ズレてると思ってたけど案外普通なところもあるのかもしれないな、失礼だけど。

とにかく予定の金額には達したので、早速階下におり、カウンターへ行く。


「イゴールさん、お待たせしました。全部で金貨25枚あります。これで大丈夫じゃろうか?」


「ええ!?凄いですね!ポンッと出せる金額ではないのですが…もしやどこか大手商会のご隠居様ですか?」


「あぁ、いやまぁそんなところですじゃ。」


若干目が泳いだが、うまくごまかせただろうか。

無事に賭け札も手に入れたので、今日はもう休むことにする。

俺もユレーナも酒を飲まないので、夜は早めに寝るのが癖になってしまった。

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