2章-8
王都に近づくにつれ、エンカウント率は高くなり頻繁に魔物と遭遇するのでなかなか思ったように進めず、王都に着いたのは四日後のことだった。
門はこれまでの街とは違い、かなりデカい。
街に入るための検問だろう、門に向けて行列が出来ている。
しかしそれ程しっかり検問するわけではないのか、予想に反して列の消化は早く、どんどん進む。
一時間もせず俺たちの番になった。
いかめしい顔で目的を聞かれ、「観光です」と答えたら門番の態度が変わった。
めっちゃフレンドリー。
まぁ俺がお爺さんで悪い事をしなさそうなのと、隣のユレーナの美しさがあったからだろう。
終始ちらちらユレーナを見ては名所を自慢気に指折り数え上げてゆく。
そんなに一気に言われて覚えられるかーい!
しかし入市税はしっかり取られた。
一人銀貨1枚と結構高い、ような気がする。
初めて払ったから分からない。
街の中に入ると、すごい人と喧騒でまさに都会という感じがした。
さすが王都。
ユレーナは来たのは二度目だが、一度目はハンターギルドの任務だったので、実際に街中を歩くのは今回が初めてということだ。
とりあえず世界樹を確認したかったので、門番が教えてくれた高台に行くことにした。
また掏摸られても嫌なので、ショルダーバッグを体の前で抱えてユレーナの後ろを歩く。
高台と言っても、時を知らせる鐘がある塔の半ばくらいに、観光向けに踊り場が出来ているだけなのだが。
観光望遠鏡はもちろん無い。
ひぃふぅ言いながら石でできた階段を上がっていき、目的の踊り場に出た。
「おー!これは…門番が自慢する気持ちも分かるなぁ。」
高台から見たその景色は圧巻だった。
思わず出た感嘆の声は嘘も誇張もない。
まさに絶景。
二重の円で出来ている王都は、中央に王城があり、その周りが貴族街、内壁、平民街、外壁で構成される、だっけ。
門番の入れ知恵に感謝しつつ、眺望を楽しむ。
隣のユレーナも感心しきりだ。
世界樹はすぐに見つかった。
王城の隣に、同じくらいの大きさの木が生えていたからだ。
しかしその姿は見るも無残な朽ち木のような有り様だった。
葉の色は紅葉とは明らかに異なる焦げ茶色、いや、黒色に近いかもしれない。
辛うじて中央から樹頭にかけて緑が残っている。
枯れかけているとは聞いていたがこれは想像以上に酷い状態だ。
近くで見てみないと分からないが、少なくともこの距離で見る限り状況はかなり悪い。
もはや枯れていると言っていい。
オリジナル植物の頂点とも言える世界樹なので、植生はまったくの謎。
それだけに自分に取れる手段がどれほど残っているのかを考えると、絶望感がある。
しかし悲観的な俺とは違い、ユレーナはわりと楽観視していた。
「思ったより世界樹が元気そうですね。前来たときに聞いた話では、もう数年で枯れるだろうということだったのですが。」
「え!?じゃあこれでも数年前からは回復してるってこと!?」
「おそらく。世界樹はこの世界の力を司る象徴です。国としての権威に直結しますので、そういう噂が流れてしまう以上、かなり危機的な状況だったと推測できます。」
なるほど、たしかに象徴としての側面があるなら、少しでも世界樹は元気だとアピールしたい所だろう。
それなのに、もう枯れると噂が流れるほどに悪かったのだ。
「どうやってあそこまで世界樹を回復させたんだろ?」
「すみません、そこまでは流石に。ですが、この国では世界樹を再生するために、研究と維持を専門にしている家系があります。おそらくその家秘伝の何かをしたのでしょう。」
専門家の登場!?それ俺いる!?
専門家に出来ないこと俺ができると思わないんですけど!
ちょっとヨークラムさん、そこの所どう思って俺と魂入れ換えたんでしょうね!?
まあ、ここにいない人に文句を言っても仕方がない。
世界樹は見れたし、まずはこの王都に拠点を作らないとね。
またしてもユレーナの金魚のフンのようにぴったりと張り付き、ハンターギルドへ案内してもらう。
道中ははぐれないようにするのが精一杯で、とても店を見る余裕はなかった。
「着きました、ヨウ様」
声を掛けられ、つられて目を上げる。
そこには、元の世界のビルもかくやと言うほどに立派な建物が建っている。
看板には狼と剣のレリーフ、間違いない。
キールと同じく重厚そうな扉が填められている。
ユレーナに続いて中に入ると、酒場のようになっていた。
「ここは一階が酒場、二階が受付、三階より上がDランク以上が泊まれる宿舎になっています。」
「じゃあユレーナが決闘で負けても泊まれるところは確保出来そうだね!」
「あの、負ける気はさらさら無いのですが…」
意気込みは買うけど、世界は広いのだよ、ユレーナくん!
田舎から出てきた実力者は、大抵都会で伸びた鼻をへし折られるものだ。
ってどこかのエラい人が言ってた!
「決闘の受付も二階なの?」
「多分そうでしょう。早速行ってみますか?」
「そうだね、もしかしたらBランクが10人いないかもしれないしね。早く家でのんびりしたいよ」
ユレーナと笑いながら二階に上がる。
一階の騒がしさとは一変して、静かな雰囲気のフロアだ。
いくつかある窓口にはそれぞれに受付嬢が座っており、その内の一つにユレーナが腰を下ろした。
ここは安全そうだが、離れるのも不安なので俺もついて行くことにする。
「Bランクの宿の手配が出来ると聞いたのですが。私はキールの街のユレーナ、Bランクです。」
「はぁい、調べますのでしばらくお待ちくださぁい。」
なんとも間延びした喋りをする受付嬢だな。
ユレーナは手持ち無沙汰に辺りを見やっていたが、だれかを見つけたのか手を振る。
「知り合い?」
「以前王都に来た時に色々世話になったのです。挨拶だけしてきますね。」
そう言って少し年配の女性の元に小走りに駆けていく。
いよいよ暇になった俺はノートを取り出し、お手製の植物図鑑を眺める。
「お爺さんはハンターじゃないよねぇ?」
急に話しかけられて慌てて顔を上げると、先程の受付嬢がこちらを見ている。
調べ物をしてるんじゃなかったのか?
「ええ、違いますよ。王都に行くという彼女に
付いて来た、単なる親戚のじじいじゃよ。」
「なぁんだ親戚かぁ。恋人だったら面白かったのにぃ。」
「いやいや、この年の差は無理があるじゃろう…」
「だから面白いんじゃなぁい。お爺さんは独り身なの?」
この人仕事する気ないな…
おしゃべりばかりで全然手が動いてないぞ。
父さんがたまに会社の愚痴で言ってた、手よりも口を動かす人だな。
「はぁ…まぁ…。それより調べ事はよいのですかな?」
「もう調べ終わってるわよぉ。アタシこう見えて仕事できるんでぇす。」
「も、申し訳ない。顔に出てたかの?」
「ひっどーい、ほんとにそういう目で見てたんだぁ。でもすぐに白状しちゃうなんてかわいーぃ。」
くそっ、かわいい!
あざとかわいいとはこの事か!
好きになっちゃだめだ!
身の程をわきまえるんだ、爺ぃ!
落ち着け、俺!
「ウォッホン!ユレーナ、調べ物が終わったそうじゃよ。」
咳払いして手招きする。
ちょっと顔が熱い、赤くなってなきゃいいけど。
ユレーナが相手に軽く礼をしてこちらに駆けてきた。
「すみません、ヨウ様。お手を煩わせました。それで、宿の方は?」
「はぁい、ユレーナさんね、確認が取れましたよぉ。上の宿は空いてるけどぉ、わざわざBランクの、って言うことは家の方かしらぁ?」
「そうです。所属を変えれば宿ではなく家を手配してくれると伺ったので。」
「あら、話が早くて助かるわぁ。じゃあ所属を変えていいのね?」
「構いません、それで家はすぐに住めそうですか?」
「それがねぇ、いま一杯なのよぉ。手頃なのならぁ、去年Bランクに上がった人が住んでる家があるけどぉ、決闘しちゃうぅ?」
「ええ、ではそれでお願いします。」
「ええっ!?じょ、冗談のつもりだったんだけどぉ…アナタ最近Bランクに上がったばかりよねぇ?止めた方がいいんじゃなぁい?」
「勝ちますので大丈夫です、手続きがあればお願いします。」
一瞬ひどく低い声になり、わたわたと受付嬢が戸惑うのも無理はない。
しかしこれが王都での第一目標。
一歩目から躓く訳にはいかないと、ユレーナも気合いが入っている。
「わ、分かったわぁ。手続きしておくわねぇ。今は遠征もないから相手も王都にいるだろうしぃ、三日以内に予定が組まれるはずよぉ。それまでは上の宿でいいのよねぇ?」
三日以内とか、仕事早いなギルド。
勝つ気でいるから言うけど、退去させられる方の身になったらたまったもんじゃない。
別に他に当てがあるわけでもないので、宿はお願いしておいた。
一人一晩銅貨5枚だというからかなり安い。
しかもCランクから上は個室だからさらにお得だ。
もっともこの街のギルドに所属する必要はあるが。
そこで思い立つ。
「あの、部屋を二つ取るわけにはいかんかの?一応年頃の娘さんじゃし…」
「お爺さぁん、あなたハンターじゃないから無理よぉ。でも、なんならアタシの部屋に招待しちゃうわぁ。ね?そうしなさいよぉ。」
受付嬢がウィンクしてきた。
お爺さんでもいいの?いいの?
「ヨウ様、部屋を分ける必要はありません。同じ部屋の方がお世話もしやすいので。」
「あらぁ、お世話ならアタシの方が上手だと思うわぁ。あなたに殿方の機微がわかるのかしらぁ?」
まずい、なんか空気が悪くなってきた。
俺、おじいちゃんなんだけど、なんで取り合ってるの?
ユレーナにそんな世話してもらったっけ?
けっこう自分でなんでも出来る方だと思うんだけど。
「お爺さぁん、ねぇ?どっちにするぅ?」
「え、あ、あの、じゃあ、おね…」
「シル姉様に言いつけますよ」
「ユレーナと同じ部屋で。」(キリッ)
「あらぁ?ざぁんねん。たまにはお爺さんの相手もいいかと思ったのにぃ。」
そう言いながら後ろの棚から鍵を取り出し、渡してきた。
部屋の鍵だろう。宿の、ね。
しかしユレーナも恐ろしい文句を覚えたものだ。
「三つ上の階よぉ、食事は付かないから外で済ませてねぇ」
ユレーナが手を上げて応えると、受付嬢もニコニコして手を振り返す。
俺も手を振っておいた。
階段を上がりながらユレーナは神妙な顔で俺に向き直り聞いてくる。
「ヨウ様は、あっちの方が好みなのですか?」
「え!?いや?そんなことはないよ?嫌いではないけど、特別好きってわけではなくて…」
「嫌いではない、ですか…であれば仕方ないかもしれませんね…」
「なに?どうしたの?ユレーナ?」
「あの受付嬢…嬢と言っていいかは分かりませんが、、、男だそうです。」
…
…
…
のおおぉぉぉぉぉぉ!!!!
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