第28話 筒磨き③
「じゃあまずはツッチーに似合うブランド探しからだね」
そう言って西川先生は辺りにあるアパレルショップをぐるりと見回す。それにつられて俺も真剣な眼差しでお店を吟味していると、何やら男前になれそうなショップが目に入った。
「なあ西川、あのお店とかいいんじゃないか?」
俺はそう言うと意気揚々と視線の先にあるショップを指差す。
だがしかし、「さすがツッチー!」と褒められると思いきや、何故か西川はうーんと微妙そうな表情を浮かべた。
「『エディション』はちょっとツッチーには敷居が高過ぎるんじゃない? それだったら『シップス』とか『ナノユニバース』とかはどう?」
「……」
おい何だよ。いきなり英語の授業みたいに知らない単語ばっかり使うなよ。何か俺がすっげー無知な奴みたいになっちゃうだろ。
「まあカラオケで歌うならネオユニバースだけどな!」とここは対抗心を燃やして答えてやろうかと思ったが、そんな空気でもないのでやめた。
すると博学聡明な美少女先生は「でもまあ最初はあそこか」と一人ぼそぼそと呟いて俺の腕をグイッと引っ張ると、何やら目的の場所へと連れていく。
「さすがのツッチーもこのお店は知ってるでしょ」
そう言って連れてこられたのは日本が世界に誇るアパレルブランド、『ユニクロ』だった。
「バカにすんなよ。これぐらい知ってるに決まってるだろ」
よくアニメとTシャツコラボしてるところだろ? と俺はブランドの強みを的確に答えたつもりだったのだが何やら西川に白い目を向けられてしまったので、おそらく互いの認識に何かしらの誤差がある模様。
しかしその誤差を埋める為にも、そして俺が川波とお付き合いができる男になる為にも、俺と西川は最初の戦いの場へと足を踏み入れる。
「で、俺はまず何から選べばいい?」
たくましい顔つきをしながら最初から丸投げ宣言する俺。すると西川は「そうだなぁ」と声を漏らしながら辺りを見渡す。
「ユニクロだったら一通り揃うけど、ここで買うのは『インナー』かな」
「ほーう……」
それで、インナーって何? ウィンナーの親戚か何か?
一瞬そんなバカなことを考えてしまう俺だったが、さすがに世界に誇るアパレルブランドとはいえど肉食品には手を出さないだろうとすぐにピンときてその可能性はゴミ箱にポイした。
そして再びたくましい顔をしながら、「インナーって何?」とここは素直に聞くことにする。
「インナーってTシャツとかタンクトップとか内側に着る服のことじゃん」
「なるほど……」
俺はまるで授業を受けているかのごとく、西川の説明を聞いて真剣に頷く。これで万が一でも家庭科のテストで「インナーとは?」みたいな問題が出たとしても今の俺なら即答できるぞ。
そんな感じで一つ賢くなったことを一人勝手に実感しながら、俺は西川と店内奥へと足を進める。
ちなみにこういった場所では目的や種類に応じて商品の売り場が作られているので、闇雲に探すのではなくしっかりと手順を踏まえることが大切だ。……Byホームセンターの経験より。
過去の経験をしっかりと活かすことができる俺は、店内の案内標識に従いながらあっという間に目的の場所へと辿り着く。そして「やれば出来るじゃないか」と再び内心で自画自賛すると、目の前に陳列されているTシャツに手を伸ばそうとした。
が、何故かその瞬間「ちょい待ち!」と西川先生の止めが入る。
「インナーとは言ったけど、それ本気のインナーTシャツじゃん」
「え?」
まったくもって理解し難い西川の発言に俺は思わず固まってしまう。
おいおいちょっと待てよ。Tシャツにも本気のやつとかそうじゃないやつとかいるのか?
初耳なんですけど!? という驚きの表情を浮かべて西川のことを見つめていると、何やら小さくため息を吐き出した彼女が、俺が手に取ろうとしていたTシャツを掴む。
「こんなテロテロな素材だと夏場一枚で着れないじゃん。私が言ってるのは一枚着もできるTシャツのこと」
「は、はい……」
何故かTシャツコーナーで美少女にコンコンと怒られる俺。ってかそもそも本気のやつとか一枚着できるやつとかTシャツのくせに種類が多過ぎるんだよっ!
「くそっ」とつい不満の声を漏らしてしまう俺だったが、「何?」と西川にこわーい目で睨まれてしまったので、すぐさま「な、何もありませんっ!」と頭を下げる。
そして今度こそ間違えないようにと、人の目にさらけ出しても恥ずかしくなさそうなデザインのTシャツを選ぶ。
「こ、これだったらどうでしょう?」
手に取った赤い無地のTシャツをおずおずとした動きで西川に差し出すと、これまた彼女が「うーん」と悩ましげな声を漏らす。
「まあそれだったら一枚でも着れるけど、なんか色がダサい」
「……」
だそうである。どうやら俺は天才的な程にファッションセンスがないらしい。
「じゃあどんなのが良いんだよ?」と半ば投げやりな口調で聞けば、「これとか良いんじゃない?」と迷う素振りも見せず西川先生はグレーのTシャツを手に取った。
「なんかちょっと地味な気がするんだけど……」
渡されたTシャツを見つめながら、ちょっとだけそんな不満を口にしてみる。俺だって何も考えなしに赤色を選んだわけじゃない。赤といえば『情熱の赤』だ。俺が川波を想う情熱的なこの気持ちをまずはTシャツから表現しようと思ってさっきは選んだのだ。
そんな意図がちゃんとあったんだぞ、と口にするのは怖いので目力だけで訴えていると、俺なんかよりもはるかにファッションセンスのある西川が口を開く。
「こんな色のほうが他のアイテムとも合わせやすいし、それに川波さんって落ち着いた色のほうが好きそうでしょ? ほら大人っぽいコーディネートとか」
「たしかに……」
コーディネートのし易さ、さらには川波の好みまで見越してのTシャツのチョイスに、俺は思わず唸るような声を漏らす。
確かにそうだ。清楚かつ麗しき川波の隣を肩を並べて歩くなら、子供っぽい格好ではなく大人の男性のようなイメージのほうがしっくりとくる。それこそスーツやタキシードみたいな服装でもいいぐらい。
やっぱここは初心に返ってAOYAMAじゃねーのか? と最初の自分の意見が正しいような気がしてきた俺の前で、西川はポンポンポンとリズムカルにいくつかのTシャツを手に取るとそのままレジの方へと直行する。
「お、おい西川! マジでTシャツだけなのかよ?」
「え? そうだけど」
「そうだけどって……他にも色々と置いてるぞ?」
そう言って俺は立ち止まって辺りをぐるりと見渡す。最初に西川が言っていた通り、ここならリーズナブルな金額で一通りの服は売っているのだ。
だったらお値段的にも効率的にもそっちの方が良いだろうと思い口を挟んだつもりだったのだが、どうやら西川先生の考えは違っていたらしい。
「甘いわねツッチー。抑えるところは抑えて、決めるところで勝負するのがファッションよ」
「おぉっ」
何やら格言めいた言葉を口にした西川先生は、そのままくるりと背を向けると再びレジへと向かって歩き出した。
ちなみにこのブランドのレジはかなりのハイテク機能になっているようで、洗濯機みたいな入れ物の中に商品を突っ込むと勝手に合計金額を計算して表示してくれるようだ。
もしも俺が中に入ったら自分の金額がわかるのかなー? なんてくだらないことを考えていたが、いつの間にか金券でお会計を終えていた西川に「自分の荷物ぐらい持ちなさいよ」と怖い顔で言われたので慌てて我に戻って荷物を持つ。
「それじゃあ次の店に行くわよ」
そう言われて西川に連れてこられたのはカラオケでたまに歌うネオユニ……ではなく、ナノユニバースというお店だった。
どうしてこのお店なのかと西川に尋ねれば「大人っぽい服が多いから」と即答だったので、おそらく彼女の頭の中には『このライトノベルがすげい!』の本みたいにアパレルブランドが格付けジャンル分けされているのだろう。
そんなことを考えながら店内に足を踏み入れると、何やら先ほどとは違うシックな雰囲気が。
「な、なあ西川……俺みたいなやつがこんな店に入っていいのか?」
「んー、まあギリギリアウトなんじゃない?」
「アウトなのかよ!」
軽い口調でディスられてしまい、俺はすかさずツッコミを入れる。すると西川は「冗談だって」と笑いながら言うと、俺の腕をグイッと引っ張り店内奥へと足を進める。
あ……なんかこういうの、ちょっと良いかも。
女の子と冗談を言い合い、そして一緒に服を選ぶ。何やらリア充みたいなワンシーンに俺の心がちょっと色づく。
この相手がもしも西川ではなく川波であったなら、俺の命日が今日だったとしても文句はないだろう。
いややっぱちょっと文句はあるなと頭の中で一人ツッコミを入れていると、ファッション先生の西川がさっそく服を見つけてきた。
「ツッチーこれとか良いんじゃない?」
そう言って西川が差し出してきたのはブラックカラーの半袖シャツ。
「なるほど、このダークな色合いで俺のことをよりミステリアスな男へと仕立て上げようとする魂胆か」
「んーなんか意味わかんないけどたぶんそんな感じ」
「……」
おい、何で意味わかんないのにそんな感じとかわかるんだよ。
まさか適当に選んでるんじゃないだろうなと少し疑いの視線を送りつつも、俺は西川から差し出されたシャツを羽織ってみた。
「お、なんかすげーピッタリだ」
袖を通してみると、あーら不思議。まるで俺の為に作られたんじゃないかと思うほどのフィット感。
すると目の前では西川がしてやったりのニヤリ笑顔を浮かべる。
「でしょ! なんたってオシャレで大切なのは『サイズ感』だからね。この前遊んだ時に着てたダボダボシャツとか正直ダサいから」
「…………」
え、ちょっと待って。君あの時ほんとはそんなこと思ってたの? けっこう勝負服のつもりで俺選んだよ、あのチェック柄のシャツ。
もう時効とでも思われたのか、先日の俺のコーディネートに難癖をつけてくる西川。だがしかし、ファッション大好きオシャレ大好きな西川がそう言うのなら、あの時の俺はダサかったのだろう。
もしかして川波もクールな顔してそんなこと思ってたのかな? なんて一人不安に襲われていると、ファッション先生の西川が話しを続ける。
「こういうピッタリサイズでオシャレな服を見つけるなら、やっぱりそれなりのブランドじゃないと見つからないからね。それにほら、ちょっと素材感もさっきとは違うでしょ?」
「たしかに……なんか高級感があるっていうかイケてるっていうか……」
あれ、もしかして俺今イケちゃってる?
試着したまま姿見を見つめてそんな自己満足に浸っていると西川が続け様に言葉を合わせてくる。
「うん。たしかに服はイケてると思う」
「おい。肝心の中身が抜けてるぞ」
相変わらずちょいちょい人のことをディスってくる西川に、俺は漫才師の相方のような
リズムでツッコミを入れる。
これは勝手な予想だが、彼女と仲良くなればなるほどこんな感じの掛け合いが増えそうな予感ならぬ悪寒。
そんなことを一人思っていると、再び真面目な表情に戻った西川が口を開く。
「いい? オシャレで大切なのはまずはサイズ感だからね。どれだけ良いブランド着てたってサイズが合ってないとマジでダサいから」
わかった? と強い口調で念を押されて、「は、はいっ!」と俺は思わずビクビクとした態度で答える。さらには「次またあんなダサい服着てきたら許さないから」とまで付け加えられてしまったので、残念ながら家に戻り次第あの服は破棄しなければいけない。……わりーな、親父。
これも川波に振り向いてもらう為なら仕方のないことだと思いながら父親からもらった無駄な服の一掃計画を練っていると、仕事の早い西川先生はここでもいつの間にかお会計を終わらせて俺に紙袋を渡してきた。
その後も西川はやれシップスだのアーバンリサーチだのビームスだのと聞いたことも足を踏み入れたこともないようなアパレルショップに俺を連れていき、彼女のファッションセンスのもと俺はあらゆるコーディネートを経験することになった。
そして……
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