【第十話】母親 ①

「ただいま……」



普段とは違うテンションで、スパイルは自宅のドアを開けた。


いつもとは違い、今日はティアルのことがある。


どうしたって気分は良くならなかった。



「おかえり~。今日は遅かったんだね」



すると、


リビングから顔を出す形で母親が返事を返してきた。


「おかえり」と返ってきたのは久しぶりだ。


いつも呑んだくれてばかりなのに、今日はそうでもなかったらしい。


スパイルはリビングに向かった。



「珍しいこともあるもんだ。アンタが息子を出迎えるなんてな。酒、切らしてたか?」



スパイルはリビングに入ると、ソファに腰を落ち着ける。


母親は台所にいるようだった。


料理を作っているらしい。


さっきから美味しそうな匂いがしてきている。


起きているだけでも珍しいのに、珍しいことは重なるものだ。



「お酒はちゃんとあったよ~。いつもありがとうねぇ~。今日は可愛い息子の出世祝いのために、お母さん特製オムライスでも作ってあげようかと思ってね!!」


「出世祝いって……。もうこの地位になってからけっこう経ってるぞ……。普通、決まった時にやらないか?」


「細かいことはい~いの!!さぁ!!出来たよ!!」



そう言って、母親はオムライスの乗った皿を2つ持ってくると、テーブルに置いた。


一つはとても大きくて、ケチャップで『出世おめでとう』と書いてある。


スパイルは複雑な心境になった。



「お母さん久々に頑張っちゃったからね~。今日のは美味しいよ?おかわりもあるから、沢山食べてね!!」



そう言って、母親はスプーンを2つ用意して席に座った。


スパイルもまた、ソファから腰を上げて席に着く。


まるで普通の家庭のようだ。


普通の息子と、普通の母親が繰り広げるやり取りのようだ。


"だから"、


スパイルはすぐに問いかけた。



「お袋……。もしかして、何かあったのか?」


「え?」



スパイルの家庭の事情は、世間と比べても全く普通じゃない。


そもそも母親は働きも家事すらもしない呑んだくれの引きこもりで、息子は先日、前任を脅して地位を奪い取ったばかりなのだ。


家は同じなのに、こうしてコミュニケーションを取るのも久しぶりなら、団欒するのは数年ぶりときている。


それに、


今回のことは流石に違和感がありすぎていた。


いつも呑んだくれて引きこもっている母親が、こんな時間に起きて料理を作っている時点でおかしいが、そもそもスパイルが昇進したことを一体"どこで知ったのか"。


さらに言えば、


そんな日がたまたま『今日』だったなんて、普通に考えてあり得ない。


スパイルはため息を大きく吐き出した。

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