【第八話】スパイル・ラーチェス ⑥

「は?」



訳が分からなかった。


アレは陽動だったはず。


ただのフェイントだったはずだ。


それなのに、


今、恭司の真上にそれはあって、刃を下にしながら落ちてきている。


防御は間に合わないーー。


回避も間に合わないーー。


辛くも頭だけは避けて、


クナイは、恭司の体に突き刺さった。



「グアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「ハァーッハハハハハハァァアアアア!!ジャストタイミングだッ!!流石は俺様ッ!!計算通りだなッ!!」



男から歓喜の声が聞こえる。


計算?


まさかと思った。


初対面であれだけの攻防を最初から予想していたなんて、あり得ない。



「博打の甲斐もあったってもんだ!!こんなに上手くいくなんてなァ!!さぁ!!クライマックスといこう!!」



男は叫ぶ。


そして、


不意に口を大きく開いた。


その方向は恭司に向いていて、殺意が強まっている。


恭司の背中に、ゾッと、寒気が走った。



(ヤバいッ!!)



動いた。


三谷の基本技が一つ、『瞬動』ーー。


恭司はすぐさま横に跳びのき、距離をとる。


頬に汗が一筋流れ落ちた。


瞬動が出来るほどの体力は限られている。


あまり乱用はしたくなかったが、今のは仕方なかった。


使わなければやられていた。


男は流石に予想外だったのか口惜しそうに口を閉じると、一瞬で数メートル離れた恭司の方を見る。


その目は、好奇心に輝いていた。



「すげぇな……ッ!!動きが速すぎて目で追えん!!今のはてっきり仕留めたかと思ったんだがな……ッ!!さっきもそうだったが、目的物が目の前で消えるなんて、生まれて初めての体験だ!!」



男の言葉には、やはりなんとも言えない昂揚感が入り混じっていた。


興奮し、ただただ純粋に相手を褒め称えている。


だが、


恭司としてはそれどころじゃない。



(信じられない……ッ!!驚きたいのはむしろこっちの方だ!!疲れがあるとはいえ瞬動の速度にこれほどまでに反応し、何よりあの対応速度……ッ!!並の敵じゃない!!ヤバい奴だ!!シェルほどじゃないにしても、それに近いレベルなのは間違いない……ッ!!)



恭司の頭は混乱の一途を辿るばかりだった。


さっきの攻防はほぼ相手のペースに乗せられて、主導権を全く握れなかったのだ。


明らかに強敵ーー。


明らかに劣勢ーー。


それに、


恭司は先ほど男が口を大きく開いた時に感じた悪寒を思い出すーー。


恭司は男の戦力を上方修正した。


この男は危険だ。


早く決着を付けた方がいい。


恭司は内心で決意すると、静かに体のギアを変えた。


ほぼトップスピード。


シェルと戦った時と同じ速度だ。


それはつまり……奥義を使うことと等しくなる。


敢えてトップスピードでいかないのは、戦い終わった後に少しくらいは動く体力を残しておくためだ。



(もう反応なんてさせない!!ペースも握らせない……ッ!!ここからは、三谷の"技"でバラバラにしてやる!!)



瞬間、


前方に男の姿を視界に入れると、もう思考することなく、恭司は……疾走った。

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