【第五話】シェル・ローズ ④

「皆、忙しいのによく集まってくれたな。座ってくれ」



ホスト席でいち早く座ったシェルが、隊長たちに命を下す。


シェルからの言葉を聞いて、この国でも高い地位にいる彼らは、速やかに指示に従った。


ここにいるほとんどが新任の隊長たちであるという事実も勿論あるが、元々シェルを前にして生意気な態度をとれる人間など、この国には存在していない。


シェルはそれほどに、力と実績を示してきたのだ。


お飾りの皇太子などではない。


例えここにいる全員が謀反を起こし、この場で一斉に襲い掛かったとしても、シェルには全くかなわないだろう。


傷の一つすら負わせることは難しいかもしれない。


それに、


民衆だってきっとシェルの味方をするに違いなかった。


朝からこれだけ取り乱していようとーー。


1年もの間ずっと王族狩りを捕まえられていない事実があろうとーー。


シェルが今まで民衆に示してきた信頼性は覆せない。


権力だってそうだ。


立場も身分も実績もある彼に発言できるのは、この国ではバルキー・ローズくらいしかいない。


そう考えると、この会議の必要性も微妙な所だ。


結局はシェルかバルキーの一存で全て決定し、彼らも抗わないのだから、必要無いと言えば無いのかもしれない。


だが、


シェルはこういった会議の場を大切にしていた。


シェルとバルキーの一存で決まるということは、彼ら二人の発言はこの大国では何よりも最優先事項として認識される。


だからこそ、


シェルはなるべく多くの客観的事実とデータ、声を欲するのだ。


チンプンカンプンな指示を出せば、その指示一つでこの国は一気に崩壊しかねない。


普段はそれをやんわりさせるために彼らを間に挟んでいるのだが、今回はシェル自ら動き出した。


今日シェルの発言する内容は、兵士と間を挟まない最高レベルの超最優先事項となる。


隊長たちも緊張しようものだ。



「今日集まってもらったのは他でもない。例の『王族狩り』への対抗策を打ち出すために、諸君らの意見を聞きたくて集まってもらったのだ。各自、情報やデータは集まっているな?」



シェルの発言に、隊長たちは一様に頷いた。


これはシェルが先立って出していたオファーだ。


ここにきて今から調べるじゃ格好がつかない。


隊長たちも、ここで下手な報告をするわけにはいかないためしっかりと調べてきた。


シェルはその様子に満足そうな表情を浮かべ、まずはその報告を聞くことにする。


最初は現在の被害総数からだ。



「王族狩りによって殺害された役職者数は全体で20名に及びます。ただ…………王族狩りはご存知の通り、目撃者も含め、周囲の人間を悉く巻き添えにするという異常性を持っており、民衆や警護に付いていた兵士まで合わせると、その数は1,000名以上といった結論になりました。死体が見つかっていない者も多くいるため、名簿と照らし合わせたデータになります」



王族狩りの最も厄介な点がこれだった。


今まで、狩られた王族たちも無防備に一人出歩いていたわけではない。


そのほとんどが、ボディーガードをしっかり引き連れた状態で、殺害されているのだ。


数もさながら、練度も高い兵士たちを…………だ。


時が経つほどにその数も練度も高くしていたが、その甲斐虚しく、完全完璧に全員殺されてきた。


さらには、


王族狩りは標的やそのボディーガードだけに留まらず、その現場を目撃したと見られそうな位置にいた人間も全て皆殺しにするという異常な体質も持っている。


現場近くの家の住人や、たまたま近くにいた通行人など、一般人に対しても全く容赦が無い。


標的一人に対し、その一帯を全て血の海に変えてしまうのだ。


およそ人間の仕業とは思えない残虐性だ。



「…………各死因は?」



シェルが尋ねる。



「やはり…………全員刃物による致命傷で亡くなったものと思われます。例外なく全員が、体を真っ二つにされるという形で見つかっておりました」



王族狩りのもう一つ異常な点が、これだった。


王族狩りが殺害に使う武器、死体の死因は、全て刃物によるものだったのだ。


銃や弓のような遠距離武器は使用されていない。


全員総じて、刃物で殺されている。


それも、殺害された死体は全て体を二つに裂かれる形のものばかりだった。


斬られた断面からは血が止めどなく溢れ出し、そこから臓器が零れ落ちているのだ。


臭いと合わせても、その光景は地獄の一言につきる。


先ほどの総数も、その殺し方で形成されたのだ。


およそ人間の仕業じゃないとはそういうことだった。


街の住人の中には、これが鬼や羅刹によるものではないかと話す者もいる。


しかし、


狙われた人間のことを考えても、これがミッドカオスという国を対象にしたものであることは確実ーー。


鬼や羅刹なら、そんな相手を選ぶような真似をするはずが無いのだ。


これは人間の仕業で、


そして、


かなりの使い手による悪業だ。


人間を真っ二つにするなど、少し腕が立つ程度で出来るはずが無い。


少なくともシェルと同じか、それ以上のレベルだろうと認識されていた。



「…………次は、犯人グループの足取りを頼む」



シェルが力なく次へ進める。


先ほどの隊長が座って、その隣の男が代わりに立ち上がった。



「犯人グループの痕跡は現場にはほとんど残されてはいませんでした。足跡は勿論、目撃情報も…………」



現在、ミッドカオス側では、この被害総数と被害現場から見て、犯人はグループと判断していた。


なんせ殺害された人数の規模が違いすぎる。


人は逃げるし、恐ければ叫び声も上げる生き物だ。


特に、世界一人口の多いこのミッドカオスは、一般人の目撃者たりえそうな人数が非常に多い。


特に役職者が出歩くような市街地は人口密度も高いのだ。


いくら場所を考えたとしても、一人の役職者に対し、殺さなければならないその他の人間は20名は下らないだろう。


そんな人間たちを逃がさず、声も出させず殺し尽くすなんてことが、一人の人間に出来ると考える方が現実的じゃない。


しかも、


この王族狩りはこの1年間で一度も見つかっておらず、先ほどの報告通り痕跡すら残していないのだ。


武器が刃物一種に限られているのが唯一謎だが、規模を見ても、極端に短時間な計画的犯行であることが予想出来る。


となれば一人よりは複数を想定するというのは至極当然の流れだ。



「罠はどうだ……?住民にも内緒でいくつか仕込んだだろう」



これもシェルが以前出したオファーだ。


目撃者が出ないなら、人間以外の物で証拠を押さえるのが合理的ーー。


現代のような監視カメラやビデオはこの時代には無いが、獣を仕留める時のような原始的な罠ならいくらでも作れる。


しかし…………

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