10話 王族はいい匂いがする


 私たちは雲の上まで舞い上がった。


「ぎゃぁぁぁ!! 落ちるぅぅ! 落ちてるぅぅぅ!」


 自由落下を始めた頃、ローレッタにしがみついているジェイドが叫んだ。

 雲を突き抜けて王都の街並みが眼下に広がる。


「まぁ、美しいですわね」


 私に抱き付いているクラリスは割と平気そうな顔で言った。


「ちょっと黙ってくださいジェイド」

「俺様はぁぁぁ! 王子なのにぃぃぃ! 呼び捨てにされてる上、落下してるぞぉぉ!」

「ああ、もう、うるさいです!」


 ガツン、とローレッタがジェイドに頭突きした。

 ローレッタ、ジェイドのこと嫌いなら無理しなくていいのに。

 最初、私がジェイドを抱くと言ったのだけど、ローレッタに却下されたのだ。

 抱くと言っても、性的な意味ではない。

 ふへへ。

 まぁまぁイケメンの王子と密着したかったと言えば、その通りだけれども!


「まったく、ジェイドは情けないですわねぇ……」


 呆れた風に言うクラリス。

 ああ、クラリスいい匂い。

 身体もやわっこい。

 やわっこーーい!

 ふへへ。

 私は可愛い女の子も好物である。

 あんまりクラリスがふんわり香るので、私はクラリスの頬をペロッと舐めた。

 美味しそうだったから!


「な、何しますの!?」


 クラリスがビクッとして言った。

 私はニコニコと笑った。


「……な、なんですの?」

「クラリスって可愛いね」


 私が言うと、クラリスが頬を染めた。

 大丈夫、これは怒ったんじゃないはず。

 褒めたから照れたんだ。


「な、なんですの!? 口説いてますの!? なんですの!? なんですの!?」


 クラリスは意味が分からないという表情だった。


「お姉様……」ローレッタの声が微かに聞こえた。「……今後は殿方だけでなく、令嬢にも注意しなければいけませんね……」


 後半は全然聞こえなかったけど、まぁ独り言っぽかったからいいや。


「あ、あそこが降下地点だよ、私の姫」

「誰が! 誰の! 姫ですの!?」


 私は降下地点である一軒家を指さしたのだが、クラリスはそっちを見なかった。

 やばい、クラリス慌てるとすごく可愛い!

 もっと慌てて欲しくなるね。


「クラリス、もう婚約破棄して私と訓練しよう?」

「そこは『私と結婚しましょう』じゃありませんの!? 訓練ですの!?」

「もちろん! サバイバル訓練して、立派な冒険者になろう!」


 私はレンジャーを諦めないっ!


「それができれば、最高ですわね!」


 クラリスはちょっと怒ったような、困ったような感じで言った。

 とりあえず、私はパラシュートを開いた。

 ローレッタも同じようにパラシュートを開く。

 下降が緩やかに。


「おお! この速度なら怖くないぞ!」


 ジェイドが楽しそうに言った。


「ところで、お城を抜け出して本当に良かったんですか?」ローレッタが言う。「別にあたしとお姉様だけで、賊など制圧できますけれど?」


「アタクシを狙っていると言うならば! アタクシが出向くのは当然ですわ!」

「姉上が出向くなら、弟である俺様が出向くのも当然!」


 はっはー!

 実はこの姉弟、お荷物である。

 完膚なきまでに、完全に、お荷物である。

 だけれど、そういうハンデがあった方が訓練になる。

 正直、いくら相手が訓練された兵士とはいえ、私とローレッタなら圧倒できる。

 だって私ら小銃使えるし。


「よし、両殿下にケガをさせないようにっと……」


 私は着地する予定の原っぱに大きなクッションを仮創造。

 そしてそのクッションの上に降りて、素早くパラシュートを畳む。

 畳んだら消す。

 クラリスの手を引いてクッションから降りると、今度はローレッタたちがクッションに着地。

 ローレッタは私と同じようにサッとパラシュートを仕舞った。

 同時に私はローレッタのパラシュートを消す。

 ローレッタとジェイドがクッションから降りると、クッションも消した。


「よし、あの民家に行くんだな!」


 ジェイドが犯人のアジトである民家を指さした。

 ちなみに、距離は少し離れている。


「早速、行きますわ!」


 歩き出そうとしたクラリスの肩を、私が押さえる。


「まずはローレッタが偵察する。私らは木の陰で待つ」


 ここは原っぱだが、近くには木も生えている。


「では征ってきます」


 ローレッタが伏せて、そのままほふく前進で民家の方へと進んだ。

 私はクラリスとジェイドを連れて木の陰へ移動。


「偵察なんか必要なのか?」とジェイド。


「うん。まぁ、一応ね。家の中に何人いるかとか、確認しておきたいし」


 犯人は3人だが、全員がいるとは限らない。

 それに、バックアップ要員もいるかもしれない。

 つまり、3人より多い可能性もあるのだ。

 まぁ、倒すだけなら爆弾落とせば何人でも別に問題ないのだけれど。

 今回は最低でも1人は確保したい。

 背後関係を探りたいし、クラリスを狙った理由は個人的にも気になる。


 クラリスはゲームに登場しているので、暗殺自体は放っておいてもたぶん失敗する。

 たぶん。

 私が設定をいじり回したから、ちょっと自信ない。

 この世にはバタフライエフェクトというのがある。

 そんなことをぼんやり考えながら、ローレッタを待った。

 割と長い時間、私たちは木の陰で佇んでいた。

 両殿下は落ち着かない様子だった。

 まぁ、2人とも私と密着してるしね!

 ふへへ。

 すんすん。

 くんかくんか。


「お、おいミア……、俺様の匂いを嗅ぐな……」

「アタクシのもダメですわ……、ちょっと本当、いい加減に……」


 両殿下は困ったような怒ったような、微妙な表情と声音だった。

 あー!

 さすが王族はいい香水使ってるね!

 私のも悪くないはずだけどね!


「クソッ! やめないなら俺様もミアの匂いを……ぎゃふ!」

「ケツにブーツの先っぽ挿しますよ?」


 戻ったローレッタがジェイドの尻を軽く蹴った。

 見事、割れ目に命中したようで、ジェイドはしゃがみ込んで悶絶している。


「挿してから言うなローレッタァァァァァ!!」


「ふん」とローレッタがそっぽを向く。


 可愛い!

 はい可愛い!

 やはりローレッタが1番!


「それで? どうだった?」と私。


「はい。3人いましたが、どうやら1人は連絡員のようです。実行犯の1人は買い出しに出ているという趣旨の会話が聞こえました」

「どれだけ近づきましたの?」


 クラリスが呆れた風に言った。


「バッチリ顔も見てきました」


 ローレッタがふんすっ、と胸を張る。


「よく見つからなかったな」ジェイドが言う。「家の中に入ったってことだろう?」


「そんなのは日々訓練していたら余裕です」


「マジか。俺様も訓練するか……?」ジェイドが真剣に言う。「逃げる時に役立ちそうだ……しかしミアの訓練は過酷そのもの……悩ましい」


「まぁそれは追々でいいですわジェイド」クラリスが言う。「それでミア、どうしますの? いくらあなたが強いと言っても、大人の兵士たちと正面から立ち回れますの?」


「それは余裕だけど、そっか、1人いないのかぁ」


 それってつまり、民家にいる奴は皆殺しにしていいってことだね!


「余裕ですの……?」クラリスが驚いた風に言う。「アタクシも訓練しようかしら……、その、冒険者になるためじゃなく、身を守るために」


 クラリスは訓練に乗り気だ。

 ということは、レンジャー訓練できるかな?

 別に冒険者にならなくても、サバイバルはできた方がいい。

 よぉし!

 じゃあここはちょっと派手にやって、クラリスをガッツリその気にさせよう!

 私はベルトに装備していた青ポを飲んだ。

 うん、不味い。


「ローレッタ! 魔力ちょっとちょうだい!」

「はいお姉様!」


 ローレッタは一切の疑念を抱くこともなく、私に魔力を渡した。


「仮創造! 『16式機動戦闘車』!!」


 魔法陣が浮かび、私たちのすぐ近くに装輪装甲車が仮創造される。

 積極的に戦闘に参加させるための戦闘車両。

 ちなみに読み方は『ひとろくしき、きどうせんとうしゃ』だ。

 戦車ではないが、『52口径105mmライフル砲』という大口径の主砲を有している。

 まぁ、見た目は戦車とそう変わらない。

 キャタピラの代わりに左右4輪ずつ、合計8輪のタイヤを装着しているという点だけが大きく違う。


「な、なんですのこれ!?」


 クラリスが酷く驚いて言った。


「でかっ!」とジェイド。


 全長はだいたい8メートル半ぐらいあるし、重量もだいたい26トンぐらいある。

 そりゃでかいさ。


「さぁ、乗るんだ! 操縦は私が魔法でやるから、乗ってればいいよ!」


 ちゃんと子供用に調整してある。

 はっはー!

 主砲ぶっぱするぞぉ!

 

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