6話 王族にも訓練を施そう!


「目がぁぁぁ! 目がぁぁぁ! 俺様は王子だぞぉぉぉ!」


 催涙スプレーをかけたら、ジェイドが悶え始めた。


「君が訓練に参加したいって言ったんじゃないか。泣き言を吐くなウジ虫め」


 庭を転がっているジェイドの尻を、私は軽く蹴っ飛ばした。


「あわわわわ、わたくしは何も見てない、見てない」


 セシリアが私たちに背を向けた。

 同じように、フィリスも背を向ける。

 ローズ騎士たちと王子の護衛騎士は、ちゃんと私たちを見ている。

 でもなぜか泣きそうな表情をしていた。


「ローレッタを見たまえ。腕立て伏せをしている!」


 お手本として、私は先にローレッタに催涙スプレーをかけた。

 そしてローレッタはボロボロ泣きながら腕立てをしている。


「こんなの、全然、余裕ですね」ローレッタが言う。「ふん、王子なんて言っても、所詮はその程度ですか?」


 まぁ初心者にいきなり催涙スプレーは厳しいかも。

 そう思ったので、ストレッチから指導することに。


「裂けますわ! 股間が! 股間が裂けますわぁぁ! 痛い! 痛い!」

「おいおい、180度は開けて当然だよ? ローレッタを見たまえ」

「ふっ、お姫様と言っても、たいしたことありませんね」


 ローレッタは180度開脚した上、身体をベチャッと地面に付けていた。


「まったくだぜ」

「まったくですね」


 レックスとノエルも、割と身体が柔らかくなっている。

 私が訓練メニューを送付して以来、毎日ちゃんとこなしていたのがよく分かる。

 こういうのは、サボってたらすぐバレるのだ。


「もう筋トレは嫌だぁぁぁ! 俺様は王子だぞぉぉ! 筋トレなんて嫌いだぁ!」

「おいおい、初心者コースだよ? 腕立て、腹筋、スクワットなどなど、各たったの50回じゃないか。ローレッタを見習え!」

「あたしはすでにその10倍をこなし、今またジェイドと同じ回数やってますが?」


 ローレッタがあざ笑うように言った。


「ふん、王子様は俺たちの敵じゃなさそうだな」

「ですね。問題になりません。ミアは地位なんかより、強さを求めていますから」


 レックスとノエルも、基本メニューなら割と付いてこれるんだよね。

 日々の鍛錬の成果が出ていて嬉しい。

 さて次の訓練へ。


「なぜ姫であるアタクシが、地面をゴキブリのように這わねばなりませんの!? しかもいつまで這えばいいんですの!?」

「ほふく前進は基本的な移動技術だけど、まぁ初めてだし、とりあえず向こうの壁までかな」


 私はクラリスの隣で同じようにほふくし、そして壁を指さした。


「し、死にますわ……」


 クラリスが引きつった表情で言った。


「この程度の移動もできませんか?」


 クスッと笑いながら、ローレッタが先にスルスルとほふく前進。


「くっ、俺たちもこれは今日、初めてだ」

「大丈夫ですレックス、僕たちならいけるはずっ!」


 レックスとノエルもローレッタを追った。

 もちろんほふく前進で。

 私、ローレッタ、ノエル、レックスが壁に到着。

 一息吐いてジェイドとクラリスを待っていると、セシリアが寄ってきた。


「えぇ、皆様」セシリアが言う。「ランチにしませんか? すでに予定の時間を過ぎていますし」


「ああ。そうだねセシリア。スッカリ忘れてたよ」

「お姉様は訓練となると、時間を忘れてしまいますね!」


 私が微笑み、ローレッタは楽しそうに言った。



 私たちは食堂ではなく、客室でランチを摂ることに。

 食堂はレックスとノエルの母、それからうちの祖母イヴリンが使っている。

 なんで別々なのかって?

 王子と姫がいるからだよ。

 あまり関わりたくないってこと。


「子供同士で楽しくやってるようだし、お祖母ちゃんも2人の親も向こうにいるわねー」


 イヴリンはそれだけ言って、私たちから離れた。

 私たちの給仕は、セシリアとフィリスの2人だけだった。

 他の侍女たちは、王族を恐れてこっちに来ない。

 まぁ仕方ない。

 事前に約束があれば、侍女たちも心の準備ができたのだろうけど。

 ぶっちゃけ、王族に粗相をしたら平民の彼女たちはタダでは済まない。

 だから、彼女らを守るためにも、こっちには来ない方がいい。

 ちなみに、セシリアとフィリスは大丈夫。

 私とローレッタが守るからだ。

 2人は私たちの側仕えなのだから。


「ミアの家の飯、今日も美味いな。前はあっちだったけど」

「本当、すごいですね。さすが公爵家……いえ、元公爵家で、現準男爵家。同じ準男爵でも、うちとは違いますね」


 レックスはバクバクと美味しそうに料理を食べた。

 ノエルは少し丁寧に、マナーを気にして食べている。


「ふん。この程度の飯しか出ないのか。俺様は王子だぞ!」

「こらジェイド。下々ではこれでも良い方ですわ。あまり世間知らずだと、恥をかきますわよ?」


 お前らの家、だって城じゃん?

 うちより粗末な料理、食ってるわけないじゃん?

 宮廷料理人?

 みたいな人、いっぱい雇ってんだよね?


「それで? 君たち訓練はどうだった?」


 私が聞くと、ジェイドは真っ青になった。

 そしてブンブンと首を横に振った。

 クラリスはげんなりした風に大きな溜息を吐く。


「身体中が痛い」ジェイドが言う。「俺様たちは護身術や剣の稽古もするが、それとは比べものにならないレベルだ!」


「そうか。ならもっと厳しくしても大丈夫だね」


 私は嬉しくなって言った。


「なんでだよ!?」ジェイドが驚いて目を丸くした。「比べものにならないレベルだって! そう言っただろ!」


「ああ。だから、そっちの稽古の方が激しいって意味だよね?」

「そんなわけあるかっ!!」


 ジェイドがテーブルを叩いた。

 ちなみに、席順は私とローレッタが同じ辺。

 対面にジェイドとクラリス。

 私の左側の辺にレックスとノエル。


「言い方が悪いですわ」クラリスが溜息混じりに言う。「ミアの訓練はまるで地獄、という意味ですわ。けれども、アタクシは少し、楽しくもありましたわね」


「ほほう!」


 私はクラリスをジッと見詰めた。


「アタクシ、できるなら冒険者になりたいと、そう思っていましたので。こういう訓練はやはり、なんだかんだで、心が躍りますわ」

「冒険者? それは初耳だね」

「……そりゃ、あなたとは初めて話しましたもの」

「ああ、いや、えっと、噂とかでも聞いたことないって意味」


 私は慌ててごまかした。

 ゲーム内で、クラリスが冒険者に言及したことはない。

 たぶん、ないと思う。


「サバイバル教えてあげようか?」


 私が言うと、フィリスとセシリアが酷く動揺した。


「いいですわね。ですけれど、アタクシ、もう嫁ぎ先も決まっていますし、冒険者にはなれませんわ」


 クラリスは寂しいような、悲しいような、そんな表情を浮かべた。


「嫁がなければいい」


 私が言うと、その場にいた全員が息を呑んだ。

 ん?

 何か変なこと言ったっけ?


「別に断ればいい。結婚しません、って。そして冒険者になればいい。私が最高の冒険者にしてあげるよ?」


 私の言葉に、クラリスは少し戸惑った。

 それから優しく微笑んだ。

 可愛い!

 クラリス可愛い!


「意外と優しいですわね、ミア・ローズ」

「そりゃどうも。サバイバル訓練するかい?」


 ふふふ。

 お姫様にお願いされちゃ、断れないよね?

 セシリア、フィリス。

 王族の命令なら、山に籠もってもいいよね!

 ふへへへ!

 これでレンジャー訓練ができるかも!


「いいえ、ですわ」


 クラリスが首を振った。

 くっ、私のレンジャー訓練がっ!

 諦め切れない!


「そうかい。でも、気が変わったらいつでも、言っておくれ。私は君を冒険者に……少なくとも、過酷な環境で生き抜く力を与えることができる」

「なるほど。それは魅力的ですけれど、婚約相手は隣国の第二王子。婚約を解消すれば、国際関係が悪くなってしまいますわ」

「隣国と開戦ですか!? 戦闘計画を立てますか!?」


 ローレッタがウキウキした様子で言った。


「な、なんてこと言うんだ!?」


 ジェイドが目を剥いて言った。


「……いえ、そうならないためにも、アタクシは嫁ぎますわ」クラリスが苦笑い。「それより、今日はジェイドの方から提案がありますわ」


「おう。そうだった!」


 ジェイドは思い出した、という風に頷く。


「ミア、俺様と一緒に、連続強盗殺人事件を解決しようじゃないか!」

 

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