9話 ああ、犯人が可哀想です


 私たちは門の外までレックスを見送った。

 本当はもっと遠くまで見送りたいのだけど、許しが出なかった。

 公爵令嬢は外に出る時、護衛騎士を付けるのが一般的なのだ。

 門の外もセシリアとフィリスは難色を示した。

 でも優秀な領兵が門番してるからっ、って私は2人を説得したのだ。


「じゃあミア様、ローレッタ様、またお会いできる日を楽しみにしてるっす!」


 レックスはすでに丁寧な口調。

 屋敷の外だからだ。

 まぁ真に丁寧かと問われると、微妙だけれど。

 敬語が下手なんだよね、レックス。


「ああ。手紙を書くよ。訓練メニューも添えてね」


「将来、うちで働くのなら」ローレッタが言う。「しっかり鍛えてください。軟弱者はお姉様の部下に不要です」


「大丈夫! 俺、絶対にローズ騎士団長になる……じゃない、なります!」


 レックスが言って、私は微笑み、小さく手を振った。

 レックスはドーラと手を繋いで、歩き出す。

 そう、レックスたちは歩いてきたのだ。

 宿はそれほど遠くないし、健康にもいい。

 私も歩きたいのに、大抵は馬車移動だ。

 しばらくレックスとドーラの後ろ姿を眺めていた。

 すると、レックスが振り返って、大きく手を振る。

 可愛い!

 はい可愛い!

 私とローレッタも手を振り返す。


「お友達が増えて良かったですね」とセシリア。


「お友達というか、玩具……」


 フィリスがボソッと言った。


「そろそろ戻りましょう」


 セシリアが踵を返した。

 私も屋敷に戻ろうと思ったのだけど。

 かなりの速度で走っている馬車が目に入ったので、私は動きを止めた。

 なんだ?

 暴走運転レベルの速度だよね?

 馬車は右側から来て、うちの門の前で右に曲がる。

 つまり、レックスたちが帰った方の道へと侵入した。

 ちなみに、屋敷から左に進むと城がある。


「危ないですね」


 ローレッタも気付き、馬車の方に視線を向けた。

 見ていると、馬車はレックスたちの側で速度を落とした。

 ふむ。

 ちょっと妙な動きだなぁ。

 なんて思っていると、馬車から柄の悪い男が2人、飛び出した。

 そして1人がレックスを抱き上げ、もう1人ドーラを突き飛ばした。

 あ?

 私の目の前で私の部下を拉致するとか、自殺志願者か何かか?

 私とローレッタが駆け出す。

 セシリアの制止する声が聞こえたが、今は無視。

 門番の領兵の1人が笛を吹いた。

 近くに警ら隊がいれば、笛の音を聞いて駆けつける。

 男たちはレックスを担いで、再び馬車に乗り込んだ。

 あ、これ追いつけるか際どいな。


「ローレッタ!」


 私が叫ぶ。


「はいお姉様! いつでもどうぞ!」


 私は思いっきりジャンプする。

 そうすると、ローレッタが魔法を使用。

 すごく柔らかな、だけど力強い風が私の背中を押す。

 まぁ、押すというのは優しい表現だ。

 私はすごい速度で空を飛び、馬車の背面に張り付いた。

 まぁ、ぶつかったというのが正しい。

 つまり、


 痛いっ!

 ローレッタ!?

 お姉ちゃん、もうちょっとでペッチャンコになるとこだったよ!?


 振り返ると、立ち止まったローレッタが笑顔で手を振っていた。

 ぐぬっ、可愛いから許す。

 私は馬車の側面に回り込む。

 走る馬車の外壁に張り付く令嬢。

 セシリアに「はしたない」って怒られるねきっと。

 そんなことを考えながら、私はドアを開けて中に入った。


「やっほー! 襲撃大好きミア・ローズでぇす!」


 私が笑顔で言うと、柄の悪い男2人が驚愕の表情を浮かべた。


「さっきの変な音はこいつか!?」


 金髪の方が言った。


「その音はね、私が馬車にぶつかった……いや、叩きつけられ……違う、えっと、華麗に飛び乗った音さ!」


 あれだね、もっと訓練しないとダメだね。

 私もローレッタも。


「クソッ! こいつ、ボロい服着てるが、ローズ公爵令嬢じゃねーか! クソッ!」


 青髪の方は酷く苦い表情で言った。


「どうやって走ってる馬車に入ったんだ!? てか、こいつが公爵令嬢!? 服だけじゃなくて、髪もボサボサで泥だらけじゃねーか!?」


 金髪の疑問はもっともだね。

 訓練したあと、そのままだからね私。


「服のことは気にしなくていい。あと、馬車には飛び乗ったってさっき言ったよ」


「飛び乗っただと!?」と青髪。

「公爵令嬢の行動じゃねーぞ!?」と金髪。


 私は肩を竦めた。


「さて君たち、目的と所属を吐け」


 私が言うと、金髪と青髪が顔を見合わせる。


「仕方ねぇ、こいつも一緒に攫え! 人質としての価値はあるだろ!」


 青髪が言った。

 どうやら、立場としては青髪の方が少し上っぽい。

 明確に役職が上って感じじゃないので、先輩とかそんな感じかな。


「やめろ! ミア様に手を出すな!」


 後ろ手に縛られているレックスが、隣に座っている金髪の横腹に頭突きした。


「このガキッ!」


「よせ! ダメージを負わせんな!」青髪が言う。「大事な人質なんだぞ!」


 レックスを殴ろうとしていた金髪が、振り上げた腕を下ろす。

 あー、正直に言おう。

 私は秒でこの2人を殺せる。

 だけど。

 レックスが頑張っているので、もう少し見学しようと思う。

 傭兵だった頃の私なら、「レックス邪魔、動くな」って言う。

 でも、今の私は公爵令嬢。

 あえて、あえてね?

 こう、多少なりとも憧れはあるよね?

 イケメンに守ってもらう的なシチュエーション。

 馬車に飛び乗っておいて言うのもアレだけどね!

 私、傭兵だったけど乙女ゲーム大好きな乙女だからね?


「いいか! ミア様に手を出したら、タダじゃ済まないぞ!」


 レックスは今にも噛み付きそうな表情で言った。

 前世も合わせて、初めて男の子に守ってもらってる気がする。


「お前たち絶対、ミア様に殺されるからな! 大人しくしとけよ! お前たちみたいなのでも、法で裁かなきゃいけないって父上が言ってたんだ!」


 あっれー?

 レックスもしかして、私じゃなくて金髪と青髪を守ってないかな?


「クズでも命は大事だし、我が国は法治国家なんだ! でもミア様は笑顔で全部吹っ飛ばすような人なんだ! 俺は巻き込まれたくない!!」


 んんんんん?

 何かがおかしい。


「うるせぇなクソガキ。黙ってろ」と金髪。


「お嬢ちゃん、大人しくしとけ。そしたら、痛い目に遭わずに済むし、お前ら2人は生きて帰れるんだ」


 どうやら、2人はレックスの忠告を信じていないようだ。

 まぁいいか。

 しばらくこいつらの茶番に付き合ってやろう。

 理由は1つ。

 こいつらの目的と所属を明確にすること。

 ぶっちゃけ、1人残して拷問してもいいんだけどね。

 でもレックスがね。

 私のことを無法者みたいに思ってる節があるからね。

 私がいつ、何かを吹っ飛ばしたというのか!

 あ、合同訓練の時か!

 まぁ、とにかく、レックスには拷問シーンを見せたくない。

 今はまだ。


「ま、大人しくしておくよ」


 私は青髪の隣に座った。

 青髪は驚いた風に目を丸くした。

 そしてレックスがあからさまにホッとした。


「馬車が血の棺桶にならなくて良かったね」


 私は青髪に言った。


「まったくだぜ。お前らは大事な人質だ。って、なんて口の利き方しやがるんだ……。公爵令嬢だろう?」

「口が達者な公爵令嬢がいてもいいだろう?」

「達者とは言ってねぇ。口が悪いって言ってんだが、まぁいい。とにかく、オレらだって、殺したかねーんだ。頼むから大人しくしててくれよ?」

「いいとも。それで? 要求は何だい?」

「お前には関係ないぞ」


 金髪が吐き捨てるように言った。


「大した要求じゃねーよ。船長を牢から出せってだけだ」

「そりゃまたお約束だね」

「おい! なんで教えるんだよ!」

「うるせぇな。いいじゃねーか別に。お嬢ちゃん、とりあえず縛らせてもらうぜ?」


 青髪は少し優しい声を出した。

 私は背中を向けて、両手を後ろに回す。

 青髪が私の手を縛った。


「レックスを拉致したってことは、君らの船長は中央で捕まってるのかな?」

「そーだ。副団長の家族が護衛もなしにウロウロしてるってんだから、拉致するっきゃねーだろ? そんで交渉だ」


 国家とはそんなに甘いものじゃない。

 最悪、レックスを切り捨てるさ。

 でも大丈夫、レックスは無事に家に帰れる。

 なぜって?

 私が一緒なんだから無事に決まってる。

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