第14話 黒沢純也の場合 <根城>
ガタンゴトン、ガタンゴトン……
純也は学校帰りに繁華街へ行き、楽譜やギターの弦などを買いに行った。その帰りの電車の中で純也はスマホを軽快に操作する。
画面に映っているのはスマホでもプレイできるオンラインゲーム『ニューワールド』だ。純也はバンド活動の合間によくプレイしていた。
ぽこん、とスマホの画面にあるチャットに会話が表示された。
@レモン
バトルゲームの団体戦の準備は進んでんの?
@ブルーベリー
もちろん!
会話を確認すると素早く指を動かして、純也は自らの言葉を打ち込んだ。
@カカオ
主に俺が進めてますよ。コンサルタントの俺に任せてください。
純也は画面に映っている自分のアバター・カカオを操作し、任せろという意味を込めて胸をどんと一つ叩くエモートをさせた。
武将のような甲冑風のスリムなブラックスーツスキンのアバターは結構気に入っている。そして、『ニューワールド』内でともにシェアハウスで過ごしている仲間たちも結構気に入っている。偶然出会ったちょっとクレイジーなヤツらだけど、そこがまたイイ。
純也は仮想空間の世界でバトルゲームもしているが、コンサルタントという職業についていた。みんなオレの意見を欲しがる。そして、オレがアドバイスした方法は当たる。それは純也に高揚感を与えた。
けれども、現実のバンド活動では思ったより上手くいかないことも多い。
ニセモノのオレはいいけど、ホンモノのオレはなぁ……純也は背もたれにずるりと背中を預け、はぁと溜息を一つ吐いた。
「うへぇ、道理で寒いと思った」
最寄り駅に到着し改札を出ると、暗い夜空を背景に雪がちらついていた。
スマホで時間を確認すると午後六時を回っていた。少しでも体温を逃さないように羽織っていた黒のモッズコートのファスナーを引き上げる。しかし、傘を持っているわけでもなければニット帽などもっと持っていない。
ツーブロックに整えた茶髪の頭部にも、肩にかけているギターケースにも雪がのってしまう。
純也は特に商売道具であるギターを濡らしたくなかったため、足早に家路についた。
「あれ?」
自宅の前まで行くとこの時間には珍しく駐車場から車が出てきていて、それを見送っている見知った顔があった。車はヘッドライトで辺りを照らしながら、暗い夜道をすっと走り去って行った。
仕事中であろうその人が見送り終えるのを待っていると、純也を見つけて手を振った。
「あら、おかえり。純也」
「ただいま。芦花さん」
白いシャツに黒のカフェエプロンという伯母の芦花の薄着姿に、純也は眉を顰めた。
「薄着で外出て寒くねーの? 歳なんだから気を付けろよ」
「歳って失礼ねぇ」
「もう六十超えてんだろ」
「まだ六十よぉ。人生半分」
「へぇへぇ」
どんだけ生きるつもりなんだよ、と純也は呆れ顔で眺めた後、伯母の店である古民家カフェ・芦花のドアを開けてさっさと中へ入った。
純也の伯母である芦花は古民家カフェ・芦花を営んでいる。この古民家は元々亡くなった祖父が住んでいた家だったが、芦花が相続し十年前にカフェを始めた。
ノスタルジックで温かな雰囲気の店内にはコーヒーの豊潤な香りが漂っていた。小さいころに遊びに来ていた祖父の家はすっかり変わってしまったと少し寂しく感じてしまう瞬間だ。
店内の奥に進み古びた階段を上がり二階に行く。
父親に言われるまま勉強をして進学校に進んだが、中学の時に海外のバンドに魅せられて高校からバンド活動をすると決めて、入学してから毎日そうやって過ごしてきた。昔気質の父親はいい学校に行きいい会社に入ればいい人生が送れると考えているようだが、純也はそうは思わない。
勉強もせずバンド活動に明け暮れている純也を見た父親は、激怒し大喧嘩に発展した。純也は出て行けと言われたので素直に出て行った。
当然、何の準備もせず出て行ったのだから住むあてもない。純也が伯母の店へ立ち寄り事情を話したところ、伯母がここに住めばいいじゃない、とあっけらかんと言い放った。
そこから伯母の家に居候している。一年の秋頃の出来事だったから、住み始めて一年が過ぎた。
学校も近いし伯母とは良い距離感でいるので、純也は割と快適に暮らしていた。
ぎぎっと鳴る古い木製の扉を開ければ、そこは六畳一間の畳部屋。純也の根城だ。
そこに所狭しと並べられたベッドに、バンドの衣装が掛けられたむき出しのハンガーラック、古びた机の上には最新のノートパソコンが置かれていた。動画編集のために頑張って購入したものだ。当然、部屋の中はバンド活動で必要な機材ばかりだ。
父親と大喧嘩した手前、引っ込みがつくわけもなく意地でも成功してやると毎日闘志を燃やし、メジャーデビューを夢見ていた。
モッズコートを脱ぎベッドへ放り投げ、ギターケースを壁に優しく立てかけた時、ぐるる……と純也の腹が鳴った。
「そういや昼飯食ってから何も食ってねーな」
腹をさすりながら純也は一階へ降りた。
腕まくりをしながら店のカウンターの奥にあるキッチンへ向かうと、閉店準備をしていた芦花と目が合った。
「今日来てくれたお客さんに純也のチーズケーキ食べてもらったら、美味しいって喜んでもらえたわよぉ」
「ふーん。そりゃ良かった」
「その前に作ってもらったシフォンケーキも評判良かったし、純也は本当に器用ねぇ」
「どーも」
「いつでも専属スタッフになってくれてもいいのよぉ」
「オレ、バンドマンだし」
純也は家賃・光熱費ゼロ・三食付きと言って居候させてくれる芦花のために、時折カフェの手伝いもやっている。
手先が器用な純也は料理が嫌いではなく、芦花に少し習っただけで料理の腕が上がり、芦花の依頼があるとカフェ用の料理を作っている。
どうやら評判は上々で、芦花は時折こうやってカフェの店員にならないかと持ち掛けてくる。
「芦花さん、メシ食べた?」
「まだよぉ」
「オレ、作るわ」
「ありがと。じゃあ、三人分お願いねぇ」
「は? 何で? 店終わってんじゃん」
純也はキッチンで料理を始めるために、シンクで洗っていた手を止めた。
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