転生マオウは秘密を見透す

アオノクロ

第1話「転生マオウは使い眼を従える」

 目を覚ますと、俺は豪華なホテルの一室に立っていた。そして部屋の真ん中の椅子に座る、これまでに一度もお目にかかったことのない美女。

 美女は俺と目が合うと微笑んで口を開いた。

「初めまして素質ある人の子よ。私は」

「……女神?」

 としか言えない存在。他に表現できる言葉が俺にはない。それほどの存在感と美貌を兼ね備えている。

「あら、そう言われるのは嬉しいですね」

 朗らかに笑う彼女に思わず見惚れてしまう。

 そのまま見ていたかったが、それよりも気になることが山ほどある。

「すいません、ちょっと聞きたいことが」

「はい、何でもお聞きください。ですが少々長くなりますし、お座りになってください」

 促されるままに女神の対面に座る。机の上には二人分の紅茶セット、そして占いに使われるような紫色の水晶が置いてあった。

 注がれた紅茶を俺が一口飲むの待って、女神は話し始めた

「まずここは、死んだ者が訪れる狭間の世界。本来なら裁判にかけられた後、判決によって行き先を決められるのです。ですが、あなたにはお願いがあってお呼びしました」

「良いですよ、やりましょう」

 俺は頷いた。

「ふぇ?」

 予想をしていなかったのか、女神は俺の返事に呆気にとられた。人によってはだいぶ間抜けな顔になるだろうが、これくらいじゃ女神の美しさは変わらないな。

 そんなくだらないとこを考えながら紅茶を飲む。

 美味い。

「え、その……聞きたいこととか無いのですか? 俺はどうして死んだんだー、とか何でそんなことを、みたいな。あ、夢だと思ってますね」

 俺の素直な返事の理由を自己完結してほっと息を吐く女神。そんなに俺の反応はおかしいか?

「夢じゃないと思ってますよ。その上で了承しました」

 再び驚く女神。

「なら、なんで」

「美人の頼み事ですよ? 断ることなんてできません」

 何もおかしいことはない。

 だというのに女神の目はこいつ大丈夫なのかと、言っている。失礼な女神だ。

 内心そう思いながらも、顔にはかけらも出さない。

 失礼だからな。

「えーと、そうですね。死因とか知りたくないですか?」

「いえ、大丈夫です。覚えてないってことはその程度のことでしょうし」

 少し焦ったように女神が聞いて来たが、はっきりと断る。

 そこまで気にならないし、聞いてもどうしようもない。生物である以上、死んだらそこまでだ。

 それ以上を考えてもしょうがない。

「そ、そうですか。結構あっさりとしていますね。……ゴホン」

 調子を崩された女神は一度咳払いをすることで気持ちを切り替えると、再び話を続けた。

「あなたを呼んだ理由を簡単に言うとですね、異世界に行って欲しいのです。異世界転生って、聞いたことはありませんか?」

 異世界転生。

 その言葉に自分の記憶を遡る。最近アニメや小説で流行っているらしいが、ちゃんと触れたことはない。

 たまにスマホの広告にもあったが確か、

「あんまり詳しくはないですけど、すごい力貰ってワー、ってするジャンルですよね?」

「ま、まぁそんなところです」

 俺のいい加減な知識に女神は困ったように笑う。

 死んで、何らかの力を貰って生き返るなんて、人生そんなに都合のいいことばかりじゃない。

 もう一度言うが、死んだらそこまで、その先を祈るくらいなら死んでも治らん。

 そう言うと女神は笑った。

「あなたが異世界へ転生するというのも皮肉なものですね。そんなあなたには異世界転生をし、魔王として、悪の存在となっていただきたいのです」

 頭に女神の言葉が響く。

 魔王となり、悪の存在となる。

 頭とから心へ、そして奥底へと、言葉が染み渡る。恐らく、俺が忘れることのないように植え付けたのだろう。

 よし。

「分かりました、行きましょう」

「もう少し! 少しで良いので質問などをしてください! 疑ってください! 聞いてください!」

 確かに。

 たとえ美人だとしても、相手の言うことをそのまま鵜呑みにするのはバカだし、反応しないのも良くない。

 会話はキャッチボールであって、一方的に投げるものではない。

 なら。

「少し聞きたいことが」

「はい、何でしょう?」

「騙してますか?」

「直球すぎる!」

 間違えた。

「すいません、少し緊張しているみたいで」

「本当ですか!? 本当なんですか!?」

 さて? 美人の頼み事は断らないが、緊張しないとは言っていない。

 美人が慌てている様子はとても可愛らしいので、もうしばらく見ていたい。

 もちろん、計算したわけではない。

 念のためにもう一度言う、計算したわけではない。

「その笑みは一体、…………ふぅ、この辺りも魔王としての素質なのでしょうね」

 なぜか疲れた様子の女神は、机の水晶に手をかざす。すると、淡く紫色に光った。

「正樹真央(まさきまお)さん、十七歳、学生。女性が好きで、人をからかうクセあり。後者はともかく、前者の通りならもう少し、優しくしてください」

 水晶から手を離し、笑い返す俺を見ながら女神はため息をつく。

 少々からかいすぎただろうか。心の中でちゃんと反省しておく。

「少し、真面目な話をします」

 これまで穏やかな雰囲気を纏っていた女神が、凛々しく顔を引き締めた。

「あなたに魔王となってもらう理由です」


 世界には、いわゆる悪と善のエネルギーがあるらしい。どちらか一方だけでは均衡が崩れ、歪みができる。女神はバランサーとして、時に素質あるものを世界に送り込む。

 悪が強ければ善の勇者を。

 善が強ければ悪の魔王を。

 常に善悪のバランスは変動しており、きっちりとバランスよくなることは無く、時間にすると大体千年に一度くらいの感覚で調整を取るために送り込むということ。


「そして今回は悪に傾けると。でも俺は別に喧嘩が強いみたいな特技は無いですよ?」

 思っていた以上に重大な役割だ。もちろん美人の頼みを断る気はさらさらないし、文句もない。

 だが、そんな力が俺にあるのかは甚だ疑問だ。

「いいえ、ただ強いだけでは選ばれません。他者を動かし、世界に影響を与える、そんな人物でなければできません。そしてその素質を持つ、それがあなただったのです」

 力強く言われるが、俺に素質がある?

 それこそ歴史上の偉人みたいに?

 世界に影響を与えることができる?

 自分がそんなに大それた人間なのだろうか。

 そんな記憶もなければ自信も経験も俺にはない。

「具体的には何をすれば良いですか?」

 まぁ、一度やると言ったからにはやってみせるが。

「あなたなりの悪を貫き、あなたが思うがままに生きてください」

 悪を体現する人物となり世界に影響を与える。こうして言葉にしてみると、難しさがよく分かる。

「それは……、とても難しいですね」

 一番の問題は俺が悪の人間ではないということだ。

 記憶にあるかぎり、俺が悪人と言われた記憶は無い。

 せいぜい、口から生まれた男、閻魔に舌を引っこ抜かれろ、お前の前世は魔王か、と言われた程度だ。

 まったく、少しからかった程度でひどい言われようだ。

「自分みたいな清く正しい善人には難しいですが、女神様の願いを叶えるため、頑張ってみます」

 困難な道のりになることは間違いない。だが美人のため、女神様のために必ずやり遂げると、力強く宣言する。

「……少々聞きたいことがあったのですが、あえて聞きません」

 顔を背けて小声で呟く女神様。聞こえないように小声にしたのだろうが、机を挟んだ目の前なので普通に聞こえた。

 しかし、何が気になったのだろう? 自分にはまったく見当もつかないが、女神と人では見えるものも考えることも違うのだろう。だとしたら女神様の立派な考えに自分が理解できるはずが無い。

 だが、返事をしないのも良くない、賛同しておくか。

「女神様がおっしゃるのなら、こちらも聞き直しません」

「!? と、とりあえず。あなたに適した道具を渡しますね。この水晶に手をかざしてください」

 慌てた女神様に促されるまま水晶に手をかざす。数回点滅すると水晶は部屋を覆うほどの強く、眩い光を放った。

 思わず水晶から手を離して目をかばうと、光が収まるまで待つ。

 光は次第に弱くなり、完全に消えると俺の前には独特な模様を持つ小さな目玉が浮かんでいた。

「初めましてマスター、あなたの補助を努めます。使い魔のアイです。お好きにお呼びください」

 宙に浮かぶ目は、思いの外礼儀正しい挨拶をした。

 ふむ、さすが俺に適性がある使い魔だ。主人に似て礼儀正しい。

 ……と、適当な感想を言ったが、そんなことよりも一つ気になったことがある。

「アイ、って使い魔っていうか使い眼?」

 じゃないのか? こう、語感とかそんな感じがする。

「使い魔のアイです。お好きにお呼びください」

 そこは譲れないのか。なんかプライド高そうだな。

「ならアイ、お前は何ができる?」

「いろいろできます。対象の観察、弱点の看破などが基本ですね、得た情報、意思と視界の共有もできます」

「ほー」

 つまり、サポーター兼アドバイザーみたいな存在。これから異世界に行く身としてはとてもありがたい。

 あと気になるのは。

「俺以外にも見えるの?」

「マスターが許可した相手以外には視認できません」

 少し聞くだけでもかなり有能だ。他人から姿の見えないのは偵察なんかにとても役に立つ。

 情報も集められるらしいが、どの程度なのか 。

 どこかに良い実験台はと、あたりを見渡したが、捜すまでもなく目の前にいた。

「女神のスリーサイズは?」

「へ?」

 女神が反応するよりも早く、俺の命令を聞いたアイは目から光を放ち、女神の身体を足先から頭の先までC Tスキャンのように全身を覆った。

「上から」

「やめてくださぁぁぁぁぁぁぁい!」

 大声でアイの声が遮られた。ふむ、さすがにやりすぎただろうか。

 とはいえ、意思の共有はできるのでスリーサイズもろもろの情報はとっくに分かっている。

「それでは頑張ってください!」

 顔を真っ赤にして怒れる女神は片手を俺にかざし、掌から放たれる光にゆっくりと包まれていく。

 もうお別れか。

 寂しいが、目標を達成するためにも行くしかない。

 本当ならゆっくりと挨拶をしたかったが、既に足元の感覚もなくなってきてるので一言だけ。

「多少サバを読んでいても俺は大丈夫ですよ」

 見た目通りのすごいスリーサイズ、それがどうでもよくなる年齢。これはすごい。

「――!? ……――!」

 光で視界が覆われる最後、何か叫んでいたが、聞こえないまま俺は異世界に旅立った。

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