電子書籍化記念・番外編〜突然の休日①

季節は秋。社交シーズンが終わり、貴族たちは続々と自らの領地へと戻っていった。

 一方、ティアナは次のシーズンでフランネア帝国における社交界復帰を果たすため、アドルファス宮殿に残っていた。


「できた……! 絶対似合うわ! 早く完成させて着ていただきたい……!」


 ティアナはシーズンオフの間、次のシーズンに向けての準備に早速とりかかり、忙しさに拍車がかかっていた。

 ただし、ティアナが忙しいのは自分の準備のためではなく、他の貴婦人たちの準備のため。

 今日は、やっと憧れの皇后様のためのドレスのデザインが完成したところで、ティアナは完成したデザインをうっとりと眺めていた。


「よかったわね。でもティア、あなたちょっと忙しすぎない? 最近よく眠れていないでしょう?」


 ミリアーナにそう指摘され、ティアナはドキッとした。

 ティアナが忙しいのは、単に彼女自身がプロデュースをつとめる“ティアナモデル”の注文を受けられるだけ受けてほしいとお願いしたからというだけではない。

 でも、その事情についてはまだミリアーナには秘密なので、仕事が忙しすぎるのだと捉えられていても訂正ができずにいた。


「うーん、でも、いいアイディアが浮かぶと、我を忘れて没頭しちゃうのよ……。夜って静かで個人的にも一番心も落ち着く時間で、アイディアも浮かびやすいのよね……」


 ティアナは言い訳するように呟いた。


「それはそうなのかもしれないけれど、何をするにしても体が資本なのよ? 睡眠もしっかりとらないと体を壊してしまうわ」

「そうね。その通りだわ。心配をかけてごめんなさい。気をつけるわ」

「仕事量が多くて時間が足りないのだったら、アンジェリーナ様に言ってみてもいいんじゃない? ティアが言いづらいのだったら私から伝えるわ」

「ミリィ……本当にありがとう。アンジェリーナ様には必要だったら私から伝えるから大丈夫。今日はキリもいいし、このまま寝るから。これからもちゃんと気をつけるわね」


 ティアナモデルの受注に関しては帝都一の仕立て屋“ブランシュ”のオーナーであり、一流のデザイナーでもあるアンジェリーナに一任している。

 ティアナの雇い主でもあり、その道の先輩でもある彼女に任せておけば間違いないと全幅の信頼をおいていた。

 それでも、もはや帝都一の人気デザイナーとなってしまったティアナは誰よりも長い時間働いているといっても過言ではない。

 だが、実は、ティアナの業務量に関してはアンジェリーナによって無理がないように管理されているので、純粋にティアナモデルのプロデュース業だけなら然程忙しくはないはずであった。

 単に、ティアナはある思いを形にするために自由になる時間のほとんどを費やしており、そのためにハードスケジュールになってしまっていたのだ。

 完全に自分のせいなので、忙しさは当然のこととして受け入れている。

 それでも、そんな事情を知らないミリアーナにとってはティアナが馬車馬のように働かされているように見えており、アンジェリーナに対しては思うところがありそうだった。


 そんなやんわりとした攻防が日常的に続いていたが、その日もつい夜更かししていたティアナは、ついに痺れを切らしたミリアーナから宣告された。


「明日は絶対に仕事をしてはダメ!」


 ミリアーナはティアナの体調を常に気遣っていたが、ティアナはそんなミリアーナの気遣いもむなしく夜更かしを繰り返し、その日はついに夜更かしどころか徹夜二日目に突入していた。

 ティアナは、心配からついに怒りが頂点に達したミリアーナによって仕事道具を全て奪われ、強制的にベッドに放り込まれた。


「今、いい感じのアイディアが浮かんでいたところで……あと少しだけ、だめ……?」

「だめ! そんな可愛い顔して見つめられても今の私は絆されませんからね! はい、わかったら大人しく寝る!」


 荒々しい言葉遣いに反して、ミリアーナがティアナに触れる手はとても優しく、労りに満ちていた。

 ティアナも確かに自分に睡眠が足りないことは自覚していたので、素直にミリアーナの指示に従った。

 それほど時間もかけずにすとんと眠りに落ちたティアナを見届け、ミリアーナは心配そうな顔のまま静かにティアナの部屋を後にした。


 翌朝、すっきりと目覚めたティアナはミリアーナの言うことが正しかったことを実感する。自分で思った以上に疲れが溜まっていたようだった。

 だからティアナは、今日は彼女に言われた通り、仕事のことは忘れてゆっくり過ごそうと思ったのだ。……思ったのだが、この機会に何かをしたいけれど、何をしていいのかわからない。


「こういう時のために趣味というものが存在するのね……」


 ティアナが趣味の有用性について真剣に考察を始めたところで、タイミングを見計らったように白い影がひょっこりと姿を現した。


「スノウ……!」


 ティアナが名前を呼んでこっちにおいでと手を差し出すと、ちょこんと白い鳥が人差し指にとまった。

 スノウはティアナの母、マリアにいつも寄り添っている精霊である。マイペースでとても可愛い子なので、ティアナは姿を目にする度に癒されている。

 スノウはマリアの命を受けて主にプロスペリア王国との橋渡し役をしてくれていて、最近は頻繁に姿を目にしていた。今日もその愛らしい脚に手紙をくくりつけて運んできてくれたらしい。


 ミリアーナに言われた通り、ぐっすり眠ったことで体調は万全だ。休みだからといってしたいことも趣味もないし、何をしていいのかわからなくて趣味の有用性についての考察を始めるところだった。

 つまり、時間を持て余していたティアナは、スノウが運んできてくれた手紙を読んで瞳を輝かせた。


「よかった! やるべきことが見つかったわ!」


 ティアナは喜び勇んでプロスペリア王国に向かうことにした。




 ウィルバートの執務室では、ミリアーナが落ち込んだ表情で佇んでいた。


「今日は一日ゆっくり休んでくれればいいと思ったのですが、ティアはプロスペリア王国に向かってしまったようです……」


 ミリアーナは、ティアナが最近プロスペリア王国と頻繁に連絡を取り合っていることを心配していた。


「せっかく帰ってきてくれたのに。でも、お母様もいるし、ティアにとってはプロスペリアのほうが居心地がいいのかな……」


 呟いた声は悲哀に満ちていて、目には涙も浮かんでいた。そんなミリアーナに寄り添うのはウィルバートの側近ランドールである。


「ミリィ。ティアナ嬢に休むよう促したあなたの行動は褒められるべきものだよ。さすが私の恋人だ。それに、あなたが悲しむことにはならないから大丈夫だよ。ティアナ嬢には念のため護衛もつけているから安心して」


 そう言ってランドールは愛しげに涙の滲むミリアーナの目元へ口づけた。

 ミリアーナは恥ずかしそうにしつつも、はにかんた笑みが喜びを隠しきれていない。

 そんな姿もランドールには愛おしく思えて、お互いを見つめ合う二人の間の空気は甘くなるばかりである。


「まさかきみたちがくっつくなんて……」


 恨めしそうな顔をしながらも、ウィルバートはどこか嬉しそうにため息をついた。

 

 ミリアーナとランドールが付き合い始めたのはつい最近で、きっかけはウィルバートも手伝って完成させた小説「神恋」であったのだという。

 小説のお陰でティアナの名誉は取り戻されたし、この二人の他にも「神恋」がきっかけて成就した恋があるのだと聞く。

 肝心のウィルバートの恋は成就するか不透明であるが、小説が多くの幸せを運んだ事実は制作にも携わったウィルバートを大いに慰めた。


「殿下は心配ではないのですか?」


 ミリアーナはランドールに抱きしめられたままの体勢で、恥ずかしそうにしつつも、眉を下げながら伺うようにそう声をかける。

 一見すると不敬にもあたる行為にも思えるが、ウィルバートからすれば腹心の部下たちであるので、気を遣う必要はないと伝えてある。

 

 ミリアーナが言いたいのは、ティアナがフランネア帝国を選ばず、プロスペリア王国へと根を下ろしてしまうことを指しているのだろうと察せられた。


「ティアナ嬢がどのような道を選ぼうと、私は必ず彼女の味方になると決めているから」


 ウィルバートは愛しいティアナを思って優しく微笑んだ。


「さあ、休憩は終わりだ。まだまだやることがたくさんあるからな」

「はい」

「承知しました」


 ミリアーナとランドールは即座に姿勢を整え、臣下の礼をした。

 精悍な表情を携えたウィルバートは、間近に迫った戴冠式を前に、既に君主としての貫禄を身に纏い始めていた。

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