第25話
プロスペリアの王城に与えられた部屋に帰ったティアナは、状況を再度顧みて、自分がどうして無事でいるのかと不安で押し潰されそうになっていた。
ーー私ってそういえば、お尋ね者なのではなかった?宮殿に護送されるところを逃げてきたのだし……
ウィルバートの出現に心を乱していたので、状況の把握が正常に行われなかったようである。
ーーえ?どうしよう?皇太子殿下は私を捕まえに来たのかしら?もしかしたら私を匿ってくれたメアリーやサミュエルも……?どうしよう!二人を危ない目には遭わせられない!
ひとり心の内で焦って行動を起こそうとしていると、またどこからか声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ。彼は君に会いに来ただけのようだから」
「……誰?」
王城を出る前に聞こえた時と同じ声が聞こえた。今回は先程よりもずっとはっきりと。
しかし、辺りを見回してもやはり誰の姿も見えない。不思議に思って首を傾げていると、「ここだよ」とまた楽しそうな声が聞こえた。
声が聞こえた方向に首を巡らせると、真っ白で柔らかそうな毛に身を包んだキツネのような生き物が三角の耳をピンと立てて、触り心地の良さそうなふわふわの尻尾をゆらゆらと揺らしながら座っていた。
「かわいい……!!!」
思わず、でも驚かせないようにそっと駆け寄ったティアナは、動物が喋ったことや、部屋の中に突然存在を現したことへの疑問はさておき、瞳を最大限まで輝かせながら、取り敢えずお願いすることにした。
「触らせてください!!!」
◆◆◆
「もふもふー!かわいいー!癒されるー!幸せーー!」
その後、「僕を触りたいの?いいけど、それより他に言うことないの?誰?とかなんでここにいるの?とかなんで喋れるの?とか‥‥」と言いながらティアナの迫力に押されて後ずさる白いもふもふと、「とりあえず、とりあえず一回でいいから触らせて?ね?いいでしょう?その素晴らしいもふもふを堪能させてください!!」と、場所や相手が違えばちょっと怪しまれるような言い方で迫るティアナの間でしばし攻防が繰り広げられたが、「じゃあ、ちょっとだけね‥‥」と白いもふもふが折れたことによってティアナの勝利となり、現状に至った。
白いもふもふは諦めた目をして大人しく撫でくられている。
心ゆくまで毛並みを堪能したティアナは、やっと疑問を口にした。
「あなた、名前は?真っ白なもふもふさん。」
「ふう。やっと気が済んだのかな。……僕の名前は君がつけてよ」
「え!いいの!?わかった!責任持ってあなたは私が飼うから安心してね。んー、そうだな。やっぱり雪みたいに真っ白な毛が素敵だから、シュネー!どうかな?」
「シュネーね。うん。僕は今日からシュネーだ。よろしくティアナ」
「うん!よかった。よろしくシュネー。ねぇ、どうしてシュネーは私の名前を知っているの?」
「僕はずっと君と一緒にいたからさ。今日やっと君に僕の声が届いた。僕はこれでもとても喜んでいるんだ」
シュネーは真っ白な毛並みとは対照的な真っ黒な瞳を瞬かせながらそう話した。黒い鼻が髭と一緒にひくひく動いていてかわいい。
「‥‥ねぇ、聞いてる?」
「うん!聞いてる聞いてる!ずっと私と一緒にいたってどういうこと?私は今日初めてシュネーと会ったよ?こんなにかわいい子に会って覚えていないなんてあり得ないもの」
「ティアナは数日前に初めてこの国に来ただろう?だから、当然さ」
「何が当然なの?全然意味がわからないんだけど……でも、その得意げな顔、可愛い!シュネーこっちおいで!だっこさせて!」
「………」
シュネーは賢明にも話をすることを一旦諦め、癒しに飢えていたティアナに目一杯愛でられることにしたのであった。
(まあ、仕方ないよね。僕ってばとってもかっこいいから!思う存分撫でていいぞ!)
意外と本人も満更でもないようであった。
ティアナのもふもふフィーバーが収束し、やっと心が凪いで詳しい話を聞ける心境になった。
目の前に大好物のにんじんをぶら下げられた馬のように暴走してしまって、反省しきりのティアナである。しかし、反省はしているが、後悔は全くしていない。ティアナにとってもふもふは正義であった。
さて、シュネーの話によると、彼は精霊という存在なのだそうだ。プロスペリアの周りを取り囲む森には彼のような精霊が多数住んでいて、プロスペリアの人々とお互い干渉しすぎないようにしながら長い間共存してきたのだという。
その関係が始まったのは、プロスペリア王国の初代女王が精霊と出会い、祝福を受けたことがきっかけだったという。
それ以来精霊が住む森を守る代わりに、精霊が邪悪なものからプロスペリア王国を守る力を授けてくれるようになったのだ。
魔水晶鉱山ができたのもその時期で、精霊が女王の役に立ちたくて作ったのが始まりだったらしい。
精霊は初代女王を大変気に入って大切に思っていたので、女王の寿命が尽きる際に女王を悼み、彼女の血を引く子孫たちにも祝福が受け継がれるようにと、その血に大規模なまじないをかけたのだそうだ。
そのおかげで代々女王直系の、なぜか女児に対してだけ膨大な魔力が備わるようになり、その膨大な魔力を使って代々プロスペリア王国は守られてきたのだ。
だから、その血を引くティアナには生まれながらにして精霊の祝福がある。
精霊の祝福を受けた人間はどんな精霊にも好かれるし、女王直系の子孫であり、女性であるティアナにはさらに膨大な魔力が備わっているのだという内容の話だった。
そこまで聞いて、ティアナは疑問に思う。
「シュネー。でも私、そんな大きな魔力?なんてもっていないよ?」
シュネーはいい質問だ、とばかりにしたり顔をしたように見えた。かわいいがすぎる。
「そこで登場するのが、君たちが『宝玉』と呼んでいるものだよ。」
「んんー?元々魔力をたくさん持っているなら宝玉に備わっている魔力は必要にはならないでしょう?どうしてそこに宝玉が関係してくるの?」
「そう。多くの人間の間では歪曲された事実が真実として語り継がれているようだけれど、本当は逆なんだ。宝玉自体が魔力を保持しているわけではない。宝玉は、ティアナたち女王の血筋に受け継がれる魔力を解放するトリガーの役割を果たすものなんだ。
大きすぎる魔力を発現できる状態で生まれてしまって身を滅ぼすことを危惧した初代女王の精霊が、代々生まれてくる子の魔力が封印されるように重ねてまじないをかけたんだよ。そして、それを解放する鍵として宝玉を生み出したんだ」
「……宝玉にそんな役割が……!知らなかった……」
「当然だよ。このことを知るのはプロスペリア王家の人間と、僕たちのように実体を持つ上位の精霊くらいだ。ちなみに、魔水晶と誤認されている『プロスペリアの宝玉』の正体は、精霊石だよ」
「精霊石……!」
精霊石は精霊が生み出す宝石のようにキラキラと輝く石で、精霊の魂が込められていると言われるものだ。
「伝承が残っているだけで、想像上のものとか、伝説のようなものだと思っていたわ。実物が存在するなんて素敵ね……!」
ティアナは興奮していた。シュネーのもふもふを目の前にした時と比べると若干勢いは落ちるのだが。
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